第128話 この場所に来た理由がある


 もしも『鬼丸』を作ったのが其角きかくさんなら——。


「そう思いたいが、こしらえは作れんぞ」


拵えっていうのは刀の鞘やつかなどのことだ。


「でも、何年もかけてなら作れるんじゃないかな」


「ふふ、そうだな。誰かが私のつのを入れてくれるなら、な」


 そうか。


『鬼丸』が完成するには、其角さんのつのが柄に入っていなくてはならない。そうなるとやはり別の誰かが『鬼丸』を作るのだろう。


 そして其角さんのつのを使うということは、彼がつのを無くすか、老衰しているか——つまり生命を失っているということを指す。


「ごめんなさい。変なことを言っちゃった」


「いや、かまわぬ。私は一志かずしの元に『鬼丸』が届く日を楽しみにしているのだ」


 僕が『鬼丸』を手にした事で、結果的には雪牙丸せつがまるを倒したのだから、やはり『鬼丸』の製作については其角さんは否定しない。


「刀鍛冶のそばに来たのはな、私のつのを託す為だ。いつか『鬼丸』が出来る日まで、私の角を預ける為に刀匠の元で暮らそうと思ったのだ」


 其角さんは僕の手元にある『鬼丸』を眺めながらしみじみとする。まあ、『鬼丸』がしゃべるのを聞いたら、きっとがっかりするだろうな。宝クジ買おうとしてた刀なんだよ。




「それで、ここはどこなんだ?」


 曲垣まがき君が部屋を見回しながら尋ねる。確かに小屋の中からではどんな場所なのかわからない。


「鬼ヶ島からそう遠くない、備前びぜんという所だ」


「ビゼン?」


 僕が首を傾げると、曲垣君がまた冷たい目で見てくる。だって知らない物は知らないんだからしょうがないじゃない?


「岡山の辺りだ」


「ああー、なるほど」


「岡山は知っているのか?」


「し、知ってるよ!」


 それに鬼ヶ島があった場所は穏やかな海に囲まれていた。多分、瀬戸内海だ。ならば「そう遠くない」に該当する。


「備前というなら刀匠がいるというのもわかる気がする。刀の名産地だ」


 曲垣君は一人でうんうんと頷いている。


 そこへ美羽みうが口を挟んだ。


「其角様、鬼ヶ島はどうなったの?」


 美羽は僕が鬼ヶ島から帰還した時に巻き込まれるようについてきたのだった。正確には美紅みくの姿だったけど。


 きっとこれまでも気にかけていたに違いない。


 其角さんは美羽に向き直ると、軽く頷いた。


「安心せよ。あの時封じたままだ。もはや何人なんぴとたりともあの島に入ることは叶わぬ」


 そう言って美羽を安心させるように微笑んだ。美羽もそっと目を閉じてため息をついた。


 あの島に眠る人々も邪魔されることなく安らぎにつくだろう。




 つづく

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