第6話 もう一人の異世界転移者 (凛兎side)

冷たい。


氷の中に飛び込んだようだった。世界は真っ暗な暗闇で、ぶくぶくと音を立てて身体が沈んでいく。


いいの。これでいいの。


私に生きている意味なんてないのだから。


ただ一つ心残りがあるとすれば、私を助けてくれようとしたあの子を巻き込んでしまったかもしれないということだ。

ごめんなさい、貴方だけは助かると良いのだけど。


やっぱり私は死神なのね。


幼い頃、兄が修学旅行中に両親と三人で出かけたとき、車の事故で両親が死んだのに私だけ生き残った。

私たち兄妹を引き取ってくれた祖父母が火事で亡くなって、私たち兄妹は取り残された。

親戚からきみ悪がれて遠巻きにされたとき、歳の離れた兄は自分がいるから大丈夫だって高校卒業してすぐ働いて、私を養ってくれて、なのに、それなのに、突然病気で死んでしまった。


兄の葬式も挙げられず、私のことを死神と呼んで親戚は遠巻きにして、結局施設に入れられた。

施設で同い年で優しくしてくれた親友も、昨日線路に突き飛ばされて亡くなった。


私に関わった人間がみんな不幸になって死んだ。


親戚の言う死神もあながち間違いでなく、私は本当に死神なのだろう。

このままのうのうと一人で生き続けるなんて出来っこなかった。


もう私には何も無い、生きてる意味は全部自分のせいで無くなった。


なのに、真っ暗な世界に急に灯りが差した。


「ッ…、ゴホゴホッ…!!」


ぜぇぜぇと息をした。水を吐き出して咽せる。視界がぼやけていて頭が回らない。

手をついて少し身体を起き上がらせたが、あまり力が入らない。


誰かに引き上げられた?なんて悪運が良いの?何でいつも私ばかり…。


「っうわ、何でこんなびしょ濡れなんだ…」


頭の上から声が降ってきた。低い男性の声のようだった。

だんだん視界が戻ってきて、最初に映ったのは自分の手と大理石のような艶のある真っ黒な床だった。

床には白いチョークのような質感の線が引かれている。


「おい、大丈夫かよ。ミコ様」


「は…?ミコ……?」


パッと顔を上げると、燃えるような真っ赤な髪と眼をした端正な顔立ちの青年が目に入った。

あまりに近くに居たのでビックリして後ろに飛びのいた。

ごちっと壁に頭をぶつけてハッキリ気がついた。石造りの密室で真っ暗な部屋だった。

あちこちに置かれた蝋燭だけが部屋を明るく照らしている。


「え、ここ、どこよ……、あんただれ…」


「ハジメマシテ。ミコ様、俺はアシェル・シュライク。あんたを召喚した召喚士だ。信じられないだろうがココはあんたが居た世界ではない、異世界だ」


にやにやと嫌らしい笑みを浮かべながらそう答えた男は、長い赤髪を後ろにまとめていて、赤い眼を右側の片方眼帯で隠していた。

服装は中世ヨーロッパのような、ゴシック様式の服でキッチリ着込んでいる。


「にしてもびしょ濡れだな。溺れ死ぬとこだった?水死体が召喚されなくて良かったわ」


男はそう言いながら何処から出したのか全身を覆うような大きなタオルを私に投げて寄越した。

顔に思い切り覆い被さってぶふという声が出た。

私はもぞもぞとタオルから顔を出す。


「っ、異世界って、なんなの……」


「あんたの名前は?」


全然聞いてないし!!!


ムカつきつつも、向こうは先に名乗ったので私も名前くらいは名乗ることにする。


「…凛兎りと…、荒牧凛兎あらまきりとよ」


私が名前を名乗ると男は「こんなに簡単に名乗るなんて!」と笑った。

コッチは真剣に答えているのになんて失礼なヤツなの!


「っはは、正直なやつ。リトだな?俺以外に真名を名乗るなよ?」


「は?シンメイって何よ」


「苗字を含めたフルネームってことだよ」


「はあ?」


一体何の注意なのだろう。意味がわからない。

男がすっと私に手を伸ばすと、タオルをぎゅっとして私を包むとさっと横抱きした。

とっさに暴れようとしてもタオルに包まれているので文字通り手も足も出ない。


「ミコも召喚出来たし、こんな辛気臭い場所からは早く出るに限るな」


「っ、だからミコって何…」


言いかけた時、扉が開いて差し込んだ光に目が眩んだ。

真っ暗な窓がない部屋だったから時間感覚がおかしくなっていたけど、昼間だったらしい。

光にやられた目が慣れると、豪華な廊下が目に入った。

レッドカーペットが敷かれ、壺や絵画が飾ってあり、窓も大きく窓枠がおしゃれだ。

まるでどこかのお屋敷のようだった。


「あんた何者……」


「あんたじゃなくて、アシェル」


男、アシェルは前を見たままそう答える。


「…、アシェル、貴方何者…?」


ここは異世界だと彼は言った。真っ赤な赤い目、赤い髪は確かに私の世界ではあり得なかったこと。

きらきらと光を反射させる綺麗な髪は染めているようには全く見えなかった。

髪からチラチラと覗くピアスの揺れる耳は私と違い尖っている。


「アシェル・シュライク。お前を召喚した召喚士」


「それはさっき聞いたわ」


「…、ここは異世界で、ここは魔族の国、ラプターだ」


「らぷたー?まぞく…?魔族って、悪魔とか?」


私の言葉にアシェルはククッと笑う。


「そうだ。俺は悪魔だ。ラプターは悪魔族が魔族を統治する国、俺は王の2番目の息子、つまり第二王子だ」


「は…!?王子っ…!??」


ぎょっとしながらアシェルを見た。確かに顔は王子みたいに端正だけれど、とても王子には見えない。

というか私の中の王子像はもっと優しくて上品な感じだし。

驚いた私をちらっと見て、アシェルの口元は愉快そうに弧を描いた。


「見えねーって顔してる」


私は思わず顔を逸らす。相手が本当に王子なら不敬だったかもしれない。


「まあ自分でも性に合わねえって思ってるし」


アシェルはそう言いながらとある扉の前で足を止めると、扉を蹴って開けた。乱暴。

扉を開けた先にはメイド服を着た女性が何人か控えていた。

カラフルな髪の色でツノやらなんやら生えていたり、どう見ても人間ではなさそうだった。

その女性たちのほうにアシェルは私を放り投げる。


「キャァッ!??」


タオルに包まれたまま身動き出来ない私をメイドの一人が見事にキャッチした。すごい力持ち。

薄い青髪の髪と目に羊みたいなツノが生えている。


「待たせたな。びしょ濡れだから風呂に入れて着替えさろ。終わったら呼べ」


アシェルがそう言うと女性たちは「かしこまりました」と一斉に答えて頭を下げた。

フンと鼻を鳴らしてから去っていこうとするアシェルに私は叫ぶ。


「ちょ、ちょっと、もっと詳しく説明しなさいよ…!」


アシェルは部屋から出る手前でぴたりと立ち止まるとこちらを少し振り帰った。

そしてまた嫌らしい笑みを浮かべると軽く手を振るのだった。


「またアトでな。サマ」




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