第10話 新しい命。

宮ノ前 桜が夜中に陣痛を訴えてセオに連れられて医者が来た。

医者は透かさなければ白髪と思ってしまう薄い金と水色の髪色をしていてプラセと名乗った。

「今年の連中は優秀なんだな、私が呼ばれる回数が激減した」と言いながら東の京の生徒達に挨拶をする。


ワオの「医師、赤ちゃん産まれちゃいますよ」と言った言葉で「おっと、じゃあな」と言って宮ノ前 桜の部屋に行きながら桔梗を抱く草加 岬を見て「よく育ってる。元気な子だな。気になる事は言ってくれ」と言う。


草加 岬はお辞儀をして「宮ノ前さんをよろしくお願いします」と言った。



だが問題はそこではない。

今が6月に入って二週目。スタークの侵攻も二周目だと言う事だった。


宮ノ前 桜の不参加は痛いが、さらにセオとワオが宮ノ前 桜にかかりきりで母である草加 岬が戦線を離れて娘の桔梗を世話する事は少なからず戦力低下の問題になる。


男女平等などと言ってもやはり決定的なところで男女には差が生まれる。


日本にいる頃は男女平等だなんだのとテレビの向こうでスーツ姿の女性議員達が騒いでいたのを見て板橋 京子も自信の将来を夢想してバリバリと働く姿をイメージした事もあったが、やはり突き詰めていけばこうなる。

だが、コルポファに来て思ったのはこれは嫌な話なんかではないし損だの得だのでもない。


今逆に父である玉ノ井 勇太が「男女平等!俺が桔梗の面倒を見るから岬が戦いに行ってこいよ」と草加 岬を送り出そうモノなら戦力ダウンは果てしない。どうしても腕力面、体力面で玉ノ井 勇太には戦ってもらいたい。そして桔梗の事を思えば懐いている母親との方が上手くいく。


戦いに草加 岬が出て大怪我をして、その間桔梗がずっと泣いていたなんてなれば酷い話だ。


男女平等は男女平等にそれぞれの得意分野で活躍をする。その一言に尽きると思っていた。

男の仕事がしたい女も女の仕事をしたい男も居ていい。

だがここではスタークは待ってくれないし遠慮なんてしない。


「山場は過ぎても二周目で大変だから皆は寝てろって」

「そうそう、スタークが来たら起こすよ」

そう言ったのはムードメーカーの大塚 直人と豊島 一樹で、2人は学校の垣根を超越した仲になっていた。


「俺絶対大塚さんと帰ったらナンパしに行く!」

そう豪語する豊島 一樹に荒川さくら高校の女子達が「じゃあ写メ撮ってSNSで拡散しよーっと」「負け戦なーう!」「ハッシュタグは#目も当てられない!」と言って笑う。


「酷え。雇用機会均等法とかいらないから恋愛機会均等法とかくれ!」

そう嘆く豊島 一樹に「残念だったねー」と女子が言う流れは皆を明るくしていた。


桔梗…そう名づけたのは玉ノ井 勇太が出したリストから草加 岬が選んだモノだった。

最初は漢字がわからないと言っていたが三ノ輪 彦一郎がちゃんと漢字を書ける教師だったので桔梗となる。

恐らく帰郷から来ている。

遠く帰れない表世界を意識して名付けられた名。


そうなると梶原 祐一と宮ノ前 桜の子供は何と言う名になるのだろうか?

板橋 京子がそう思っていると独特の悪臭がしてきた。


「お出ましだ。出るぞ!」

玉ノ井 勇太は我先に行動を始める。

他のメンバーも遅れていない。

2ヶ月の経験で東の京もキチンと装備の確認をして身に纏っていく。


陣痛で苦しそうに宮ノ前 桜が「…来たよ。行って来なって」と梶原 祐一に声をかける。

梶原 祐一は「おう。立ち会い出産だったのにな」と残念そうに言って立ちあがる。


「元気な子を産んでおくから帰っておいでよ。帰ってきたら梶原はパパだよ」

「お前…日本に帰ったらお前だって梶原だってのに…」

宮ノ前 桜に梶原と言われた梶原 祐一が肩を落としながらツッコむと痛みを忘れた顔で「…そうなの?」と聞く宮ノ前 桜。


「はぁ?」

「帰ったら私なんてどうでもよくなるかと思った」

宮ノ前 桜は裏世界に居る間だけの関係だと思っていたようで日本に帰った後はシングルマザーになると思っていた。

これには「…お前なぁ」と怒気を混ぜながら言う梶原 祐一。


「1人で歯を食いしばって赤ちゃん育てながら生きてくつもりだったんだけどな…。じゃあ死なないでよね」

この言葉に機嫌を直した梶原 祐一が「当たり前だろ?」と言って笑う。


「キチンと桜だから相手になって貰ったんだよ」

「へぇ…?まあいいや。行ってきて」

宮ノ前 桜は照れくささを隠すように素っ気なく言い、それを見て満足そうな梶原は「遅れた!すぐ出る!」と言いながら外に出て、皆から「立ち会い出産しないの?」とからかわれる。


パチンコを構えた梶原 祐一は「男は外で稼いでナンボだろ?ですよね三ノ輪先生」と年長者の三ノ輪 彦一郎に聞くと、三ノ輪 彦一郎は嬉しそうに「そうですね。世の中は変わっていっても僕はその考えが好きですよ」と言って梶原 祐一の背中を押すと、梶原 祐一は嬉しそうに「うっす!」と返事をした。



外から聞こえる号令の声。

連携の声。

電撃弾が発動する時の破裂音。

そんな音が聞こえる中、宮ノ前 桜は陣痛によって引き起こされる痛みに苦しんでいた。


勿論出産経験はないから日本がどうだかはわからない。

だがどうしても全てにおいて「日本なら」と考える。

勿論プラセがダメだと言うわけではない。


セオやワオは「頂上人の医師なら赤ちゃんは大丈夫です!」と言うし、話に聞いた亜達の出産は後進国の医療を髣髴させる内容で本当に医療だけは良いものを取り揃えてくれていると思えた。


だが日本なら子供の状態をもっと良く知れて、先に男女を知れてと数多くの恩恵があったと思うし、今もこんなに苦しまないのかも知れない。


そう思っているとプラセが「コルポファで産むのは嫌か?」と聞いてきた。


「え?」

「草加だったか?アイツも同じ顔して不安を口にしてたからな。大丈夫だ。姫様からも何があっても表世界の命を絶やすなとのご命令だよ」


この言葉に、日本ならと思ってしまった事、目の前のプラセに失礼な事をしたと自分を恥じた宮ノ前 桜は「よろしくお願いします」と言ってプラセの指示通りに呼吸を整えて力む。


そうしてようやく赤ん坊は生まれた。男の子だった。

親バカなのだろう。生まれた赤ん坊を見て父親である梶原 祐一の面影を探して「梶原…あんたパパだよ」と言った時、梶原 祐一の言った「桜だから相手になって貰ったんだよ」と言った言葉と真剣な表情を思い出して宮ノ前 桜は「私なんかの旦那でも良いなんてね…」と呟いていた。


宮ノ前 桜が今日から戦うママかと思っていると下が騒がしい。

勝利の余韻や赤ん坊のお祝いではない事は宮ノ前 桜にはわかった。

プラセが「様子が変だな、見てくる」と言って下に様子を見に行くと、すぐにセオとワオを呼んでお湯の用意をさせる。


「負傷者だ!手術するからセオは湯を用意しろ!ワオは門番に清潔な布と薬を用意させろ!」

そんな声が聞こえた時、宮ノ前 桜には嫌な予感があった。

何となくだが梶原 祐一が負傷した気がしてしまった。


宮ノ前 桜は「やだな…、赤ちゃん見せてないのに…」と呟いた時、出産の疲労からくる強烈な睡魔には勝てずに眠り落ちてしまった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る