XX

「はい。とても素敵なお店ですね! 私、今まで、一階の本屋しか来たことなかったので、二階のフロアはほとんど来たことなかったんです。景色を変えてみると、こんなにも変わるものなんですね。それに……いえ、何でもありません」


 何か最後に言いかけそうになった葵は、それを言うのをやめた。


「それじゃあ、入って、気に入りそうなものがあったら試着してみるか?」


「もちろん、試着できるのであれば、してみたいですね。私に合うのがありますでしょうか?」


「そうだなぁ。探せばきっと見つかると思うぞ。それに葵だったらどれを着てもきっと似合うと思うぞ。今日の服だって、いつもと雰囲気が違うし、可愛いから」


「——‼」


 葵の顔が再び真っ赤になったと思ったら、頭から湯気が出て、倒れそうになった。


「おっと、大丈夫か? いきなり倒れそうになったからびっくりしたぞ」


 俺は葵の体を支え、しっかりと受け止める。


「あ、はい。大丈夫です」


「そ、そうか? それならいいんだが……」


 心配した俺だが、葵はゆっくりと立ち上がり、ワンピースの下の方をパタパタと叩き落とすと、頬を両手でパンッ、パンッ、と叩いた。


「それじゃあ、行きましょうか? こんなところで立ちすくんでいると、怪しまれますし」


 葵は、スタスタと先に店の奥へと入って行った。


 どうしたんだ、と思った俺は、素直にそのまま葵の後姿を追う事にした。


 店内には、春用の服からこれからシーズンに入る梅雨、夏への服も売っていた。


 葵と一緒に服を見るが、周りの客のほとんどが、女性客ばかりである。


 ま、それは仕方がないよな。だって、ここは女性用の店だし、服なんて女ものばかりだ。


 周囲の目が俺の方を見ているような気がして、変に見られているのではないだろうかと、落ち着いて、一緒に服を選ぶのにも苦労する。


「陣君。この服はどうでしょうか? 生地もいいですし、私の体には合っていると思うのですが、でも、色がちょっといいとは思わないんですよね」


 葵が手にしていたのは、白の服にその上に羽織る薄黄色の服の組み合わせ。薄黄色の服は、ボタンを開けたまま着るスタイルで、想像する俺は、別に大丈夫じゃないかと思う。


「うーん。俺はいいと思うんだけどなぁ。もし、気に入らないんだったら、この服だってどうだ? テレビをたまたま見た時に、今の時期は、この色がいいって言っていたから……」


 手にしたのは、緑色の服で、葵の性格とか、その顔だったらこれがいいと思った。


「緑ですか。なるほど、その組み合わせも良いかもしれませんね。試着してきてもいいでしょうか?」


 葵は、俺の選んだ服を見ながら、うんうん、と頷き、これも着ようと思っているらしい。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る