『3』

 その昔、白鷺城と呼ばれる城に学校遠足で訪れたことはある。とにかく広く、石垣が聳え立つその様は、まるで城塞と呼んでも過言ではない。



 しかし、この最果城はいささか小さい。人の届かない大きさではあるものの、資料や実際に見た石垣には遥かに及ばず、剥き出しの部分でもある天守閣は言わば2階建ての物件でもあり、ちょっと豪華な戸建とも言える。それでも城には変わりはないのだが。



「NPCは門番に1人だけ…。1階には炊事場と、武器庫、厠、風呂、城勤めが寝る場所。2階は資料室、寝室、あとは…この殿の間くらいか」


「豪華な戸建だね〜、でも家臣はいないから殿の間も使わなさそう」


「残り半年しかないからな。まぁ、引越し前の部屋の視察だと思えば意外とワクワクするけれど…うん?あれは、霊脈玉か…?」



 殿の間中央に霊脈玉と言われる球体が浮かぶ。これは俗に言う、迷宮攻略などでボス戦の前に回復の泉やら、女神像やら、セーブスポットやら…つまりお助けポイントだ。



「ここで体力満タンにできるのか?もう少し早くやっとけば、目白町じゃなくてここを拠点に任務とかこなせたのか〜」


「宿代はかからないし、創作系の職業なら霊力使いきったら回復できるし、なかなかに便利だけどね」



 このゲームにおけるHPは生命力、MPは霊力という名称で設定されていて、それぞれ職業ごとで伸びが違い、技能の発動や、その他創作にも使う。そういう意味で霊脈玉は瞬時に回復できるため意外と重宝されているものだ。迷宮では霊脈玉を目の前にして創作系の職業の者が霊力切れるまで料理の作成や調合を行ってからボス部屋に入るのだ。



「ここに来るまでに霊力消費したし、とりあえず回復しておくか…。ーーーーーー七海!!」



 突然、霊脈玉から溢れる光。それは部屋中に広がり2人を包み込む。手を伸ばすが届かず光りの中へと消えていく。



 光溢れる世界が晴れると先ほどの殿の間に戻ってくる。周りはいつも通りであったが、七海の姿はそこにはなかった。その代わり座っている老年の男性。



「…お前は誰だ?」


「お前とは大きく出たな小僧。儂はーーー鳴神大戦記を作った生みの親、二神藤吉郎である」


「二神藤吉郎…ってこの前死んだはずじゃ」


「バカもん、確かに現実世界の儂は死んだ。が、こうして目の前におる。まぁ、元から癌も患っておったから死ぬのはわかっていたことだ。だからこそ仮想現実に意識丸ごと移したってわけよ。…それでも、儂が生きている間にあの鬼畜難度のコンテンツでボスを単独クリアする奴がいるとは思わなんだが」


「世間話をする気はない。それで…七海はどこにいる」


「あーそう睨むな。…ここはお前達がやっているゲーム世界から隔絶された世界。大元の鳴神大戦記ではあるものの、それとはまた違う世界。もう一つの現実ってわけだ。時期に娘も来るだろうがな」



 そう聞くと九十九は少しだけ安堵する。まさか死んだはずの社長が仮想空間に意識を飛ばして生きているなんてつゆにも思わない。



「先に言っておく…儂はとんでもないことをしてしまった。儂の完成させた意識の移住、これは意識を完全に仮想現実内へと移すことができる、まぁ言わば第二の人生だな。それは幸か不幸かお前さんを巻き込んでしまったわけだ。さっき触れた霊脈玉…あれは仮想現実へのピースと言えばわかりやすいだろうが、お前さんが現実世界で着けているヘッドギアから意識を抽出し、この世界へと意識を飛ばすことができる。つまりーーーこの世界から出ることはまだ叶わない」


「ーーー!なんだよそれ、じゃあ現実世界の俺たちは二神藤吉郎が死んだのと同じ状況じゃないか!」



 怒りが沸々と湧いてくる。腰の短刀に手を伸ばし稲妻の如き速さで二神に突き刺す。ーーーが、刃は届かずその場に留まる。



「落ち着けと言っても聞かんだろうが、一旦落ち着け。お前さんの身柄…いや身体は現実世界には確かにあるが、死んだなんてことはない。先も言ったが、世界から出ることはまだ叶わないとはつまり、解決策はある」


「それは…?」



 一つ深呼吸をして落ち着きを取り戻す。少し身を離し、武器を腰に刺し直す。



「この世界は鳴神大戦記を元に作成した世界。戻るためには本来のサービス終了に合わせて作ろうと思っていた深淵城攻略戦…あれをやってもらうことになる。それをクリアすることで晴れて元の世界に戻れる」


「本当に戻れるのか?都合が良すぎないか…?」


「そうだろうが、そういう風に作っているのだ。…これも保険のつもりだったのだが、儂はこの世界で余生を過ごすために精神をこっちに移した。しかし…本当に終わりにしても良いとなった時に精神を元に戻すようにしようとしたのだ。儂の場合は身体が死んでしまっておるため、戻っても意味はないのだがな。つまり、これは儂の自殺装置とでも考えてくれれば構わん。だがーーーこれを生きている者が達成すればどうなるのか…単純明快、元の身体に戻れるってわけだ」


「じゃあ今から討伐に…」


「まぁ焦るな小僧。ここは仮想現実、精神が来たとはいえ己が死ねばどうなるか…つまり精神の死、お前さんは戻ることは出来なくなるわけだ」


「……」



 口籠る九十九。それでも二神はさらに話を続ける。



「確かに単独でボスを暗殺したお前さんの実力は認めよう、よくここまでゲームを楽しんでくれたと。だが、そこは儂もクリエイターだ、暗殺なんて終わり方は気に食わんとな。だから今回は少しだけ城主も強固にした…というより元に戻した。次は暗殺という決着ではなく攻城戦で決着をつけてもらおうとな。はぁ、アイツらめ…儂が病床で伏せっておるときにプログラムを書き換えよって、結果的に暗殺されるようになってしまったんだが…」



 と、愚痴をこぼす二神だったが、続いて九十九が感じていた決定的な弱点について語る。



「まずは仲間を集めろ。攻城戦を長引かせ、結果的にお前さんを送り込むことに成功したのは、沢山の仲間…八百万だったかの力によるものが大きい。単独では強いかもしれんが、それだけでは勝てないのはわかっておるだろう。…この世界は仮想現実だが、高度に成長したAIによって様々なNPC…というよりは本物の人間と差異ないように出来ている。まるで本当にキャラメイクしたような、そんなキャラたちがな。もちろんNPC同士で結婚して子供を授かることもある」


「…わかった。急いでも仕方ないということも。はぁ…、俺の肉体が死ぬ前に終わらせてやるよ」


「それについてもじゃが、気にする必要はない。お前さんがこの世界で100年や200年かけてクリアしても現実世界の1秒たりとも動くことはない。ここは隔絶された仮想現実、精神世界で成したことだ。それで、儂がいうのもなんだが…」



 ポリポリと頭を掻く二神、少しばかり言いづらそうにしてはいるが、ちょっとだけはにかんで応える。



「この鳴神大戦記というゲームを楽しんでくれ。まぁ、ボスに干渉できればたやすいのじゃろうが、それはできないみたいでな。儂は一般人としてお前の行く末を見守ってやろう。ちなみに七海ちゃんにも同じように話はしている。あっちは九十九が決めたことに従うと言っておったがの」


「七海も腹を括ったってわけか…よし、わかった。肩肘張ったが、このゲーム世界を楽しむことにするよ。まぁ、ぶっちゃけクリアするまで終わらない、元の世界に影響は無いって言うならこんな面白そうなことは体験できないからな」



 決意は固まる。この世界を楽しもうと。死なないように立ち回ろうと。重い話だったが、この鳴神大戦記の本当のエンドコンテンツをクリアできるのは俺たちだけだ。これは現実世界の誰にも味合うことのない経験だ。そう思うと幾分か気持ちも晴れやかになってくる。



「さて…そろそろ戻るぞ。まずは身支度として城の設備や人員、町の発展に努めるといいじゃろ。では…また会おう、五条九十九よ」



 そう言い残すと世界はまた光に包まれ、一瞬にして同じ場所へと戻ってくることになったのだった。

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