巨乳JCや浮浪少女と怪獣退治なハーレム生活!!~猿梨学園伝奇部~

スミス中尉

第1話『伝奇部へようこそ!』(前編)

 強い力を持つ者にはみな貪婪な食欲があると考えられる。

 だから、”外空間”の怪物たちの欲望は我々にとって極めて畏怖すべきもので、

 それは羊が自分の肉に対して人間が持つ欲望を恐れること以上の恐怖であるはずだ。


 ――トマス・カーナッキ


 ◆◆◆


「だからさぁ、下水道にガソリン流して火を点けちゃえば手っ取り早いと思うんだよね」

 春の穏やかな日差しが差し込む室内で、鎌口紗絵は物騒な言葉を発した。

 彼女のいる場所は典型的な小狭いオフィスの応接室だ。部屋の最奥、窓際に佇む書斎机には「伝奇部 部長」の文字と共に紗絵の名が記されたネームプレートが設置されていたが、今そこには誰の姿も無い。

 部屋の中央には小さな応接テーブルと、それを挟むような形で黒革のソファーが設置されている。

 テーブルの上にはグロテスクな怪物の写真が表示されたタブレットが転がっており、ソファーには紗絵を含む四人の男女が腰かけていた。

 そのうちの一人、鈴村双葉は紗絵に対して痛烈な言葉を浴びせた。

「貴女バカなの? そんなことしたら先日の公園での騒ぎを繰り返す事になるわ」

 彼女はちょうど対面する位置に座る紗絵を睨みつけた後、厚めの眼鏡レンズ越しにタブレットへ視線を伸ばす。すると誰も手を触れていないにも関わらず、液晶上には複数のウインドウが表示された。

「大体、まだアイツが下水道に居るという確証も無いわ。あれ以来、全く反応が無いもの」

 画面上には地図や地下と思しき空間の写真が表示されていく、しかし画像上に彼らの興味を惹くものは写っていなかったようだ。

「でもさー、他に隠れる場所なんて無いでしょう? 伊吹ちゃんも穴に戻っていくところ見たんだよね?」

 紗絵は向かって右側、ちょうど双葉の隣にいる少女に尋ねる。彼女はブルーのデニム地ジャケットを肩にかけ、だらしない姿勢でソファーにふんぞり返っていた。

「見たけど、今どこにいるかなんて分からないよ。この街には隠れる場所なんていくらでもあるんだから」

 伊吹はそう言いながら目を閉じた。いつも鼻にかけているアンダーフレームの青い眼鏡は外されて、彼女が呼吸する度に黒いタンクトップに覆われた双丘の上で揺れている。

 ファンタジー小説に登場するエルフのような長い耳も、力を失ったように垂れさがりつつあった。どうやら完全に昼寝に移るつもりらしい。

「そうだよねぇ、山に猿梨湖にジオフロント跡……最悪、封鎖区画や膿海うみに逃げ込んでるかも。これじゃ探しようがないよ……」

 紗絵は伊吹の態度を気にすることも無くそう答えると、すぐ傍に腰かける学ランを纏った少年に目を受けた。

「ねぇキョウくん、一体どうすればいいと思う?」

 縋るような言葉を吐かれ、キョウは思わず視線をタブレットの方へ逸らした。

 液晶画面には相変わらず、赤黒い体色を持つ不気味な怪物が表示されている。怪物の周りには破壊されたコンクリートの残骸が散乱し、無惨に身体をよじって息絶えている死体も映っていた。。

 その画像を見ながら、キョウはこの”伝奇部”に入るきっかけとなった。あの悍ましい事件の事を思い出していた。



 ◆◆◆


「ついてねぇ、本当についてねぇ……」 

 時は四月半ば。桜のシーズンは終わりつつあったものの、公園に植えられた木々には若葉が生い茂り、生垣には春らしい花々が咲き乱れている。そんなのどかな光景の中、キョウは木製のベンチの陰に隠れるような形で腰を下ろし、息を潜めて注意深くあたりを伺っていた。

 まるで子供がかくれんぼをしているような状態だが、彼は至って真剣だった。何故なら五分ほど前から、この公園は地獄絵図と化していたからだ。

 すぐ傍の芝生では大型犬ほどもある巨大ネズミが走り回り、逃げようとする男子生徒の背中にかじりつこうとしていた。長い脚を持つ蜘蛛だか蟹だか分からない生き物が頭にしがみつき、悲鳴を上げながら遊歩道を這いまわる女性もいた。先ほどまで露店でケバブを売っていた店主は、防犯用の散弾銃を構えて発砲している。発射された散弾は、逃げ惑う親子へ飛び掛かかろうとした大型類人猿の腹部へ風穴を開け、付近にあった観光掲示板に弾痕を穿つ。

 掲示板にはこう書かれていた「大自然の恵み豊かな地・猿梨市北部エリアへようこそ!」と。

 何が自然の恵みだ、とキョウは思う。この学園都市・猿梨市の自然を象徴する存在、それは風光明媚な風景や天然資源などではなく、”怪獣”と呼ばれる異形生命体だ。

 公園の中は、どこからか湧き出てきたその怪獣たちに占拠されつつあった。


 猿梨市は東西南北と中央、五つのエリアに分割されており、各エリアがそれぞれの特色を有している。

 北部エリアは観光と居住に特化した区域だ。普通科の校舎も存在するが、エリアの窓口である北部モノレール駅前に並んだ旅行者向けの商店や、市街地のはずれにある湖、猿梨湖の風光明媚な景色こそが最大の特色だった。

 今キョウが居る公園も駅のすぐ近くにあり、市外からの観光客を迎える為の西洋風庭園が整備されている。

 要は観光の中心地、行政を担う中枢エリアほどではないが、警察機能を担う風紀委員が常駐し、比較的安全が保障された場所のはずだった。

 だが、先程から「風紀」の腕章をつけた生徒の姿はまったく見かけていない。避難誘導や怪獣の駆除も行われている様子はなかった。

 時折、何者かが怪獣に応戦していると思しき発砲音は聞こえていたものの、その音はとても軽い。居たとしても小口径の拳銃しか持っていないようだ。人間相手には十分な武装だが、強固な表皮や骨格を持つ怪獣どもには明らかに力不足だ。たとえ手傷を負わせたとしても、かえって凶暴性を刺激しかねない。


 キョウは学ランの肩にかけていた旅行鞄を降ろしてチャックを開くと、中から私物の大型自動拳銃を取り出した。弾倉には狩猟用のマグナム実包が7発詰まっている。予備の弾倉は一つ。

 とても重装備とは言えないが、この状況ではあるだけマシと割り切った。

 彼は既に脱出ルートの目星をつけていた。どんな騒動が起こっているにせよ、ここは駅のすぐ近く。こうした事態が珍しくない猿梨市の主要施設付近には例外なくシェルターが設置されている。

 そこまで行けば安全……とまではいかなくとも、流石に風紀やその他行政の手を借りて避難できるだろう。

 方針を固めたキョウはベンチの陰から顔を上げ、これから突破しなければならないであろう公園の出口までのルートを確認しようとした。


 その時、けたたましい銃声が響き、キョウの眼前のベンチがまるで爆発したかの如く木片を散乱させた。

「やめろ撃つな! 俺は人間だ!!」

 不意の事態に、キョウは思わず尻もちを突きながら叫ぶ。その声が聞こえたのかあるいは弾が切れたのか、銃声はすぐに停止した。

 見上げると銃弾に襲われたベンチは蜂の巣になり、生垣に咲いたツツジは無惨に花弁を散らしていた。もし射線が少しでも逸れていればキョウの肉体もズタズタにされていただろう。

 「ごめーん、間違っちゃった! 大丈夫だったー?」

 一応は謝罪の言葉なのであろう、修羅場に似つかわしくない呑気な女性の声が響く。

 キョウは思わず撃ち返してやろうかと銃を握りしめたものの、理性で殺意を堪える。この状況で人間同士争っている場合ではない。

 彼はもう一度撃たれないよう、ベンチの陰から慎重に首を伸ばし、その声を発した銃撃者の姿を確認した。


 そこに立っていたのはキョウと同年代……15歳程度の女子生徒だった。

 さらりとした長髪を藍色のリボンでまとめたポニーテール、快活そうな顔つきと銀縁の眼鏡が目を引く。

 服装はYシャツとオレンジのスクールベスト、水色のスカートという学校指定の制服姿だが、左肩の後ろに白い筒のようなものを背負っている。

 そして腕にはその日常的な服装には似つかわしくないアサルトライフルを携え、腰にはバナナマガジンが装填されたミリタリーポーチを巻いていた。

 ライフルの銃口からはまだ硝煙が白い糸を引いている。彼女が先ほどの銃撃者であることは間違いないようだ。


 少女はキョウの顔を見つけるやいなや、人懐っこそうな笑顔を浮かべて小走りで近づいてきた。制服越しでも形が分かるほど大きな胸が揺れるのが見え、キョウは思わず怒りを忘れて視線を逸らす。

「あ、無事みたいだね!良かったぁ、また風紀の人たちに怒られちゃうかと思ったよ」

 その言葉で彼女の肩に風紀委員の腕章が巻かれていない事に気付く。”また”ということは前に人を撃ったことがあるのか、不穏な疑問が浮かびかけたが、今は状況を尋ねる事を優先する事にした。

 「撃つならちゃんと相手をよく見てからにしてくれよ……それより何が起こってるんだ。あのバケモノどもはどこから湧いて出てきたんだ? 」

「分かんない。私もさっき風紀から緊急通報を受けて来たばかりだから、むしろこっちが聞きたいくらいだよ」

 殺伐とした状況にも関わらず、彼女はのんびりとした口調で答えた。

「五分くらい前からいきなり奴らの群れが公園の中に雪崩れ込んできて、あっという間にご覧のありさまだ」

 キョウは周りを見渡しながら答える。先程応戦していたケバブ屋前に店主の姿はなく、血でぬかるんだ地面に散弾銃が転がっていた。恐らく近くに転がっている腕が彼のものだろう。

「せめて風紀の連中が居てくれれば被害も減ったんだろうが……あいつら一体、何やってるんだ?」

「なんでも南部エリアで麻薬密売業者の一斉摘発をやってたらしくて、こっちの人員が足りないんだって。だから私が呼ばれたの」

 多発する怪獣災害は風紀委員の手だけでは対処しきれず、一般生徒が対処している事もあるとは聞いていたが、こんな呑気そうな女の子が戦っているとは。キョウは学園の未来に色々な意味で不安を覚えた。

「間が悪いな……じゃあ、しばらく救援は期待出来ないってことなのか?」

「うん、治安維持委員が動いてくれれば話は別だろうけど……」

「それはないだろうな」

「だろうねぇ」

 キョウが断言すると、少女も苦笑しながら同意した。

 風紀委員が警察ならば治安維持委員はその上位、軍隊に相当する戦力を持つ。しかし彼らが容易に動くことはない。文民統制の維持が目的というのが表向きの理由だが、実際のところは怪獣狩りごときで兵力を裂きたくないというのが本音だ。面倒ごとは全て風紀や民間人に任せてしまえ、というのが彼らの基本姿勢だった。そして市民はそんな彼らのやり方に慣れきってしまっている。

「自分の身は自分で守る。それしかないよ」

 少女はそう言うとポーチから予備マガジンを取り出して再装填し、公園入口の方向を指さした。

「ここから駅までに見かけた怪獣はあらかた仕留めたと思う。逃げるなら早めに行った方がいいよ」

「お前はどうするつもりだ、まだ公園には怪獣がウヨウヨいるぞ?」

「もちろん退治しに行くよ。それが我が部の仕事だからね」

 彼女はこれ見よがしに大きな胸を叩いて見せる。いかにも自信ありげな態度だったが、キョウにはそれが危うく感じられた。

 このまま行っていいものか、という考えが彼の足を止める。キョウは遊歩道の方向を覗き見た。先ほど怪獣に集られていた女性が、身体をねじらせ血の泡を吐きながら絶命しているのが見えた。

 別に知り合いというわけではない、むしろ自分の命を奪いかけた相手とはいえ、言葉を交わした女の子がああなるかもしれない、と考えると心が痛んだ。

「……一人で行くなんて無茶だ。だったら俺も手伝わせてくれ」

 少し逡巡したのち、キョウは手にした拳銃を掲げて見せた。

「一応、こいつの扱いには慣れてる。後方支援くらいなら出来ると思うが」

「えー、本当かなぁ。間違って私を撃っちゃったりしない?」

「間違って俺を撃ちかけたのはお前のほうだろ」

 忘れかけていた怒りがふっと再燃し、自然と声音が低くなる。それを察したのか彼女は誤魔化すような笑みを浮かべた。

「あはは、そうだったね。ゴメンゴメン……じゃ、手伝ってもらっちゃっていいかな?」

 少女は銃を小脇に抱え、左手を差し出しながら言った。どうやら提案を遠慮するような考えはないらしい。

「私は”伝奇部”部長の鎌口紗絵、あなたは?」

 デンキとは、一体何をする部活なんだ、と疑問を感じながらもキョウは本名を答える。

「皆からはキョウって呼ばれてた。そんなことよりさっさと仕事を始めようぜ」

 彼は握手には応えず、拳銃を構えながらそう続けた。気恥ずかしかったというのもあるが、先ほど自分を撃ちかけた相手に対してそこまで気を許す気には、まだなれなかった。 

 

 ◆◆◆


 約十分後、キョウは自分が同行する必要はなかったのではないかという考えを抱き始めていた。

 慣れている、と自負するだけあって紗絵の怪獣狩りは手際よかった。

 猪が変異したと思しき奇形の獣が襲ってくると眉間に弾丸を撃ち込んで素早く仕留めてしまうし、巨大な吸血コウモリが飛び掛かかってきてもフルオート射撃を浴びせて翼をもぎ取ってしまう。

 多少トリガーハッピーな面はあるが狙い自体は正確だ。何度か避難者が居る方向に銃口を向けた事はあったものの、先ほどのように誤射することまではしなかった。


 一方、キョウは慣れない怪獣との戦いに苦戦していた。やつらは地上を歩くだけではなく、空を飛んだり木の枝の上を徘徊していたりと、行動パターンが多彩でどこにいるか判断が付きづらい。

 人を相手にする方がまだマシだ……そんな事を考えていると、溶けたゴムのような白い粘液が足首に絡みついた。

 それは猛烈な力でキョウの脚を引っ張って彼を転ばせようとする。かろうじて左手で街路樹を掴み、踏ん張りながら粘液が伸びている方を見ると、茂みの中から巨大な芋虫のごとき怪物が首を出した。

 怪物の体色は全身真っ黒で、ところどころ毒々しい赤の斑点がついている。髑髏を思わせる形状の頭部にはギラリと光る大きな複眼、そして一対の大きな牙があり、その間からは件の粘液が漏れていた。

 キョウは慌てて銃口を向けようとしたが、凄まじい力で脚を引かれて狙いが逸れた。

「くそおっ!!」

 叫びながら引金を弾く。強烈な反動と共に銃口が火を噴いたが、マグナム弾はあらぬ方向へ飛んでいった。

 脚を振り回して抵抗を試みたものの、無駄だった。粘液は瞬時に凝固して強靭な繊維へと変異しつつある。

 芋虫はそれを巻き取りながら、しきりに自慢の牙を開閉させていた。まるでこれから引き寄せた獲物を噛み砕く為の予行演習のようだ。

 切れないならいっそ引き寄せられて至近距離で銃を連射すれば……という考えが脳裏に浮かぶ。しかし、奴に噛みつかれる前に仕留められる自信はなかった。

 「ちょっと待ってて! 今それ斬るから!」

 逡巡していると、あまり緊張感の無い叫びと共に紗絵が割り込んできた。

 彼女は背中に備えていた白い筒状の物体を掴み、左手でバトンのように振り回す。

 すると眼前に黄緑色の閃光が奔り、脚が自由になった。少し遅れて、彼女の持つ筒から伸びた光線が繊維を切断したのだと気付く。

「な……なんだそりゃ! ビームサーベルか!?」 

 キョウは驚きの声を漏らす。彼女が持つそれは、SF映画に出てきそうな光線剣にほかならなかった。

「ふふーん、これが私の秘密兵器、鎌口セイバーだよ。カッコイイでしょ?」

 紗絵はまるでサイリウムのように光刃を輝かせたままセイバーを振ってみせる。

 なんだそのマヌケな名前は、と思う暇もなく、今度は芋虫が突進を仕掛けてきた。

「言ってる場合か!」

 キョウは叫びながら引金を弾く。脚が自由になったので先程と違い正確な射撃だ。

 一発、二発、そして三発目に発射されたマグナム弾が複眼に突き刺さると、芋虫は痙攣を起こして動きを止めた。

 はぁ、とキョウは息を漏らす。危うく殺されるところだったという恐怖心が遅れてやってきて、思わず手が震える。

「へー、メギムシを仕留めるなんて凄いじゃない!その調子で頑張ってね!」

 一方、紗絵はそう言いながら既に次の獲物を探し始めていた。

 賞賛されたとはいえ、まるで初めてのおつかいを終えた息子を褒めるような口調だ。恐怖心こそ和らいだものの、同時に情けなさが湧いてくる。

「これじゃ足を引っ張ってるだけじゃないか……」

 キョウは彼女に聞こえないような声音で呟きながら、立ち上がった。


 結局、彼ひとりで対処できた怪獣は、先ほど遊歩道で女性を襲っていた怪物、蜘蛛のようにも蟹のようにも見える不気味な甲殻類だけだった。

 体高は1メートルほどあったが脚は細く動作も緩慢で、不意討ちで体にしがみつかれでもしなければ脅威にはならないだろう。

「うわー……ナガグモかぁ。私嫌いなんだよねそれ。キョウくんお願い!」

 紗絵の嫌そうな言葉を聞くまでもなく、キョウは落ち着いて引金を弾いていた。轟音と共に放たれたマグナム弾がキチン質の殻を打ち砕き、ナガグモは白い体液を撒き散らしながら息絶えた。 

 気が付くと、先ほどまで公園内を占拠していた怪獣たちは殆どが姿を消していた。一般市民の避難も完了したのか、動いているものはほとんど見当たらない。

 路上に飛び散った血痕や死体、芝生の上で断末魔のうめきを発している獣たちの存在を除けば、公園は普段の平穏さを取り戻しつつあった。

「もうあらかた追い払ったのか? 思ったよりあっけなく片付いたな」

「変だなぁ。こんなに簡単に済むとは思えないんだけど」

 安堵の言葉を発するキョウに対し、紗絵は納得出来ないといった声音でつぶやく。

「いくら凶暴とはいえ奴らも動物だ、銃声にビビって逃げたんじゃないか?」 

「そうかな……そもそもどうして、こんな一気に地上へ湧き出してきたんだろう?」

 紗絵は先ほど仕留めた大コウモリの死体をライフルの銃口でつつきながら思索を巡らせている。しかし、キョウにとっては眼前の脅威がいなくなった以上、関係の無い事だ。

「じゃ手伝いは済んだし、俺はもう行くよ。世話になったな」

 ベンチの陰へ置きっぱなしになっていた旅行鞄を肩にかけながら声をかける。

「うん、いざとなったら盾にでもするつもりだったけど思ったより役立ったよ。ありがと」

 紗絵は邪悪な目論見をこともなげに明かしながら続けた。

「最近は怪獣被害も多いし、うちの部も人手不足なんだ。キョウくんも伝奇部入ってみない?」

「遠慮しておくよ。また誤射されたんじゃたまらないしな」

 キョウは今だ足首に絡みついたメギムシの繊維を意識する。誤射も怖いが、毎日あんな目に遭っていては命がいくつあっても足りない。

「もー、それは言わないでよ!君なら即戦力としてやっていけそうなのになぁ」

 にべもなく勧誘を断られて紗絵は頬を膨らませていたが、もう彼女に構っている理由は無かった。

 キョウは「じゃあ」と別れの言葉を発すると、拳銃をカバンにしまって立ち去ろうとした。


 その時、ぶん、という羽虫が舞うようなという音と共に、直径30センチほどの球体が舞い降りてきた。

 キョウは新手の怪獣かと身構える。しかしよく見ると球体はプラスチック製の人工物で、表面には網目状の穴が開いている。まるで灰色の水切りボウルを二つ重ね合わせたような形状だ。

 内部では同軸反転ローターが回っていたが、その駆動音は意外なほど小さい。ドローンの一種なのだろうが、よほど高性能な静音機能を備えているらしい。

「紗絵、やっと見つけたわ。どうしていつもインカムを忘れていくのよ」

 二人の目の前で滞空を始めたドローンは女性の声でしゃべり始めた。どうやらスピーカーも内蔵されているようだ。

「ごめん双葉ちゃん、校舎の方に置いてたから取りに行けなかったんだ」

「だから昨日持ち帰りなさいって言ったでしょう……ところでそこの男は誰?」

 ドローンは冷静そうな女性の声を発しつつ、球体の下部に備えられたカメラアイでキョウを捉える。

「さっきまで怪獣退治を手伝ってもらってたキョウくんって言うんだ……あっ、紹介するね。さっきから話してるのは伝奇部・副部長の鈴村双葉ちゃん、ここに飛んでるのはうちのドローンのノニエンくんだよ」

 紹介すると言われても、目の前に居ない相手にどう挨拶すればいいのか。キョウはとりあえずノニエンくんに向けてお辞儀をしてみた。

「貴女、またよその生徒を巻き込んだの? 前にも巻き込んだ子が怪獣に食われて風紀に睨まられたじゃない」

 そういえばそんなことを言っていたな、と思い出す。前にやらかしたことが誤射では無かったことを喜ぶべきか、或いは呆れるべきなのか。

 考えていると、双葉と呼ばれている声はキョウにも矛先を向けた。

「だいたい貴方も安請け合いしないで。どうせ紗絵の胸にでも釣られたんでしょうけど、その子マトモじゃないわよ。深く関わったら命の保証は出来ないわ」

「えー、言い方ひどくない!? まるで私、死神みたいじゃん! 」

 紗絵が不平の言葉を発する。キョウも自身がナンパ男扱いされた事に苛立ったが、ドローン越しの相手と言い合いをする気にはならなかった。

「ああ、もう関わる気はないよ。もう手伝いは終わった。ごらんの通り、怪獣どもはあらかた追い払ったしな」

「うんうん、ぱぱーっと片付けちゃったから、あとは風紀に報告するだけだよ!」

 彼の発言に紗絵も同意する。しかし、双葉が発したのは意外な言葉だった。

「いえ、終ってないわ。むしろここからが本番だと思う」

「……どういうことだ、さっきの怪獣は”前座”だったとでも言うのか?」

 双葉は「ええ」と答える。

「1時間前、下水道に仕掛けたセンサーが異常な振動を察知したわ。その震源は少しずつ北上して北部エリアの方に迫って来ている」

「震源が移動している……つまり、地震とかではなく何か巨大な物体が移動しているということか」

 推測を口にしながら、キョウはすぐに恐ろしい考えに思い至った。

「まさか、大型の怪獣が……!?」

「でしょうね。サイズ的に考えて、地下鉄かバスでも走っているというのなら話は別だけど」

 ジワリとした冷や汗がキョウの顔を流れる。猿梨市に地下鉄はないし、地下には道路も走っていないはずだ。つまり、その怪獣は少なくとも大型車両ほどのサイズがあるということか。

「じゃあ、小型怪獣の群れはそいつに追い立てられて地上に逃げだしてきたんだね。だからすぐ居なくなっちゃったんだ! 」

 一方、紗絵は先ほどまで変わらぬ口調のままで、ぽん、と手を打った。謎が解けたせいなのか顔には満面の笑みが浮かんでいるが、どう考えても喜んでいられる状況ではない。

「マズいだろそれは! すぐに風紀に知らせないと……そいつは今どこに居るんだ!?」

「既に通報しているわよ。だけど小型怪獣の件であっちは大パニックになってる。いつ情報が伝わるかは分からないわ。それに……」

 双葉が言葉を続けようとした瞬間、ずしんという地響きと共に足下が揺れた。

「もう手遅れよ。奴は北部モノレール駅の真下に”いた”わ」

 振り向くと、先ほどまでキョウが歩き出そうとしていた方向に、猛烈な土煙が吹き上がるのが見えた。


(後編へ続く)

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