第48話


週末を終え、再び元気――いや、だらっと通常運転のグレンに会えてほっとしたのもつかの間。リリーフィオーレは再び異様な雰囲気に包まれていた。


「リ、リ、ア、ちゃーん! またきちゃった!」

「アルさん!? まだご連絡していないはずですが……」


元気いっぱいに扉を開けて入ってきたのは、先日登録に来てくれたアルだった。相変わらず人懐っこい笑顔を浮かべている。


「チッ……」


後ろからグレンが発したと思われる舌打ちが聞こえた気がするけれど、とりあえずこの元気いっぱいの大型ワンコをなんとかしないと……。


「あの、アルさん、本当に申し訳ありませんが、まだご希望に添えるマッチングが出来ていないんです。ですので、今日いらして頂いても何も出来ることが無くて……」

「ああ! いいのいいの、今日はそんなことを求めているわけじゃないから」

「え? では……?」

「待っている間観光しているって言ったでしょ? いろいろと巡ってみて、この町について大分理解したつもりなんだけれど、まだもう少し詳しく知りたいことがあってね」

「はあ……」


ポガセルはそこまで大きな国ではないし、アルがこの店にきてから今日にいたるまでおおよそ1週間は経っている。詳しく知るにも十分な時間があったと思うけれど……。


「だから今日は、それを調べに来たんだ」

「調べに? すみません、私がお答え出来ることだったらいいのですが」

「もちろん答えられるよ! だってリリアちゃんのことが知りたいんだから」

「え??????」


よくわからない流れになっている。

その間ずっとアルはニコニコして、カウンターに肘をつきながら私を見つめているし、アル越しに見えるグレンはイライラして、組んだ脚を細かく揺らしながらアルを見つめている。


「この数日、ずっとリリアちゃんのことを考えていたんだよ。もっとお話ししたいな、って思ってね! 先日は僕のことを教えたけれど、僕はリリアちゃんのことを全然教えてもらっていないから。お仕事の邪魔をしたい訳じゃないから、どこか休憩時間とか、僕に時間をくれない?」


そうして瞳をうるうるさせながら「ねえ、ダメかな?」と訊いてくる。


「だ、ダメじゃないですけれど……」

「やった!」


アルは飛び上がりそうな勢いでがばっと上半身を持ち上げると、その勢いのまま私の両手を取ってブンブンと振ってくる。

咄嗟のことで何の反応もできなかったけれど、アルの大きくて力強い手に摑まれて簡単に離すことが出来ない。


「じゃあリリアちゃん、今日のお昼、一緒に食べよ? おいしいお店見つけたんだ~!」


どうしよう。お客さんだからあまり無碍に断ることもできない。


「えっと……」

「昼は俺と食べるから無理だ。今日も、これからも」


いつの間にかグレンが傍に来ていて、アルの手首を摑み、私から離してくれる。


「ああ、従業員さんじゃないか。というか君はリリアちゃんにとって彼氏でもないんだろ? 僕がリリアちゃんと食事に行くのにどうして口をはさんでくるんだ? というか放してよ、この手」


先ほどまでのニコニコした表情は消え、アルも険しい表情でグレンと対峙する。

グレンも摑んだ手を離さない。


「お前に言う必要はない。だが、リリアに近づく変な奴は俺が許さない」

「ふうん、従業員が騎士気取りか。大したことなさそうだけれどもね」


そうしてアルはグレンの手を振りほどき、私に振り返って「リリアちゃん、なんか変な空気にしちゃってごめんね。食事は改めて行こう? また誘いにくるね」と言い、「じゃあな、騎士くん」と手をひらひらさせて店を出て行ってしまった。


再びリリーフィオーレに静寂が訪れる。

まるで嵐のようだった。


「グレン、その、ありがとう。助かったわ」

「あいつはやめとけ」

「……?」

「あと、お前は隙だらけだ。もうすこし距離を取れ」


距離を取れ……って、でもお客さんとそんなに距離とったらおかしいでしょう??

でも、確かにちょっとアルとの距離感を図りかねて今回のようなことが起こってしまった気がする。


「わかったわ。ありがとう」


小言を言われたのに言い返さない私に少しだけ驚いたのか、不機嫌そうな表情が一瞬和らぐ。そして数瞬後。


「礼は唐揚げでいい」


そう告げていつものグレンに戻っていった。

再び目をつぶって日差しの中ソファーに寝そべる彼をみて、思わず笑みが零れる。

そして、先ほどの出来事を思い返す。



――「昼は俺と食べるから無理だ。今日も、これからも」

――「お前に言う必要はない。だが、リリアに近づく変な奴は俺が許さない」


ねえ、グレン?

言葉に込められた意味を、教えてもらってもいい――?

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