第47話
「なるほど……となると、魔法を使うきっかけになるのは、“誰かに何かをしてあげたい”という強い思いからなんですね」
ギルの魔法起源講座は非常に興味深いものだった。
曰く、今では物語として語り継がれているらしい。
ある所に、病気がちな母親と幼い子供だけの家庭があった。
母は体調が悪い中、子供のために農作業や内職をして賃金を得て、何とかその命を繋いでいた。
だがある夜――その日はしんしんと雪が降り続いており、母親も体調を崩して寝込んでいる夜に、冬を越すために用意していた薪が尽きてしまい、最後の薪に着いた火も今まさに消えようとしていた。
身体を温める毛布は毛が抜け落ち、所どころ擦り切れているもの。
暖炉の火が消えてしまうと母親の命の灯も消えてしまいそうだった。
子は、強く願った。自分の事はどうでもいい。どうか、薪の火が消えないように。母の命が、続くように、と。
するとどうしたことかそこから薪が小さくなることはなく、火もその大きさをずっと保って朝を迎えたのである。それからその一冬を終えて春が来るまで、暖炉の火は消えなかったという。
「ああ。具体的にいつ頃に使えるようになったか、ということについては文献が残っていないらしい。この子供の様に、幼い頃は純粋な気持ちで“誰かに何かをしたい”という想いを抱くことが多い。だから、魔法の発言は基本的に幼少期に起こることが多いんだ」
「確かに……。大人になると、欲を抜きにしたそういう願望はなかなか抱くことが難しいかもしれないですね」
――となると、私がまた魔法を使えるようになるには、ハードルが高いかもしれない。正直、欲まみれだから。欲を完遂するために、ここまで様々な選択をしてきた。それに、純粋な気持ちを抱けるほど仲を深めた友人や家族もいない。
ままならないものね。
でもまあきっと長い人生。この世界の事を知りつつ、魔法が使えるようになるために頑張っていけばいいわね。
考えを巡らせて顔色をころころと変える私を不思議そうに見つめていたギルが、ところで――と発する。
「リリアは、その、グレンとどういう関係なんだ? 母上は何か知っているようだったが、俺には教えてくれなかった」
少し言いにくそうに目を伏せたギルのまつ毛が、瞳に影を落とす。
「……実は私、仕事を始めたんです。城下町でセンシャル達に仕事を紹介する斡旋所を。本当は一人で全部やるつもりだったんですが、お父様が許して下さらなくて……。そこで用心棒として、たまたま知り合ったグレンさんにご協力いただくことになったんです。だから、私と彼はただの雇用主と従業員の関係ですわ」
「そう、だったのか」
きっと私が仕事を始めたことはお父様の口から伝わっているだろうが、まさかグレンが従業員として仕事を共にしているとは思わなかったのだろう。
「グレンは……まあ、ちょっと色々ややこしい関係でな。まさかリリアと近しい場にいるとは思ってもいなかったから、あの日もびっくりしたんだ」
「ええ、私もまさかギルさまと面識があるとは思いもよらず……」
あの日、それからそれ以降も、二人がどういう関係なのかは聞いていない。きっと色々あるんだろうし、それぞれが自分から言ってくれるタイミングで訊きたいと思っている。
「でも……ちょっと心配だな」
「え?」
「だって、店にグレンと二人ってことだろう?」
「ええ、まあ……。でもほぼ寝ていますけれどもね?」
「あいつらしい」
ギルが、切なく笑った。こんな表情を見るのは三度目だ。
一度目はあの婚約破棄の時。
二度目は舞踏会の時。
そして、今回。
彼をこんな顔にさせてしまう関係とはいったい何なんだろう。
二人の関係は正直すごい気になる。
でもその気持ちに蓋をしてきたのに、ギルの表情によって、その固く閉じられた蓋がずらされようとしていた。
「リリア、またこうして時間を作って貰えるか? 久しぶりにゆっくり誰の邪魔も入らずに話せて楽しかった。もちろん、リリアが嫌じゃなければだが」
「嫌だなんて……。ギルさまがよろしければ、ぜひ」
彼がまた切ない笑顔を見せないように、思わず快諾してしまった。
ギルは、私の答えを聞いて、子供のような無邪気な笑顔を見せていた。
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