第36話


「なっ、なんであなたがここにいるのよ⁉」

「それはこっちのセリフだ。なんでお前がこんなところに……」


そこにいたのは、いつも店で顔を突き合わせているグレン――なんだけれど、身に纏っているものが違うから、纏う空気も別物で。

黙っていればきっと令嬢たちの熱い視線を集めるだろう。それ位、センシャルのグレンではなく、立派などこかのご子息のグレンになっていた。さらりと風を受けてゆれる長い前髪も、気だるげに開かれた蒼翠色の瞳も、すべてが“様”になっている。

なんだろう、いつもとあまりに違うから、思わず目をそらしてしまう。


「私は……ちょっと野暮用というか……。頼まれて来たのよ」


何となくギルの名前を出したくなくて、歯切れの悪い返事になってしまった。


「……あぁ、なるほど。やっぱりどこかで聞いた名前だと思ったが、お前、ギルの婚約者だろ」

「⁉ な、なんで知ってるの⁉」


なんでただのセンシャルのグレンが、私の名前を? それに、婚約者ということも? まあ、皇太子の婚約者だから知られててもおかしくは、ない……? いや、でも、全然そういうことに興味がなさそうなグレンがどうして知っているの?

突然の問いかけに、思考がうまくまとまらない。


「そ、それよりあなたこそどうしてここに?」

「俺も野暮用だな。まあ長居するつもりもない。来た事実さえあればいいんだ」

「……?」


野暮用? 来た事実? どういうこと?

再び思考の渦に巻き込まれそうになったとき、「リリア、ここにいたのか」と声をかけられた。


「ギル――」


振り返ると、そこには目を見開いたギルがいて。


「なんで、お前が……」

「久しぶりだな、ギル。俺だって知りたいさ。この期に及んで呼び出すとはな。どうせ良い話じゃない」


季節外れの冷たい風が、吹きすさんだ。

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