第12話
ギィ、と錆びついた金具がきしむ音を立てながら開いた扉の向こうには、騒々しい世界が広がっていた。
オイルランプに照らされた店内はぼんやりと薄暗く、ちょっと怪しい雰囲気すらある。
入ってすぐ右手にカウンターがあり、先ほど掲示板から紙を取っていた男性が受付らしい女性と話をしている。ひょっとしてここが魔物の討伐を仲介しているところなのかも?
更に視線を店の奥にやれば、そこはまさにビアホール。テーブル席は大賑わいで所どころからグラスがぶつかりあい、大声で会話する声が飛び交っていた。
「すごい活気だわ……私も一杯飲みたいところだけれど、リリアの歳じゃきっとまだ飲めないわよね」
それにしても――。
クラリスと出会うために酒場を目指したけれど、まさか魔物討伐の斡旋もしているなんて。ここにきているお客さんの様子を見ると、さっき会った感じの悪い剣士のように武器を持っている人がちらほらと。彼らはセンシャルなのかしら? ということは、ここに居れば、魔法使いにも会ってあわよくば魔法を使う場面も見ることができるんじゃない!?
そうと決まればここでクラリスを待ちながら人間観察よ!
コツ、と店の奥に歩みを進めると、あまりにも私の格好がこの場にそぐわないお嬢さま然としているからか、ぴたりと会話が止み、水を打ったような静けさが訪れる。
――チリン。
なんか注目集めちゃっているな。と思った時、カウンターから高いベルの音が鳴り、可愛らしい声が響き渡った。
「一体どうしたの~? すごい静かだけど一応鳴らすよ~。こちら
言い終わるやいなや、ガタガタっとテーブルを鳴らして立ち上がる人が数名。カウンター前で「俺が行く」「いや、俺の方が早かった」なんて争いの声が聞こえてくる。
気づけば酒場にも喧噪が戻っていて、もはや誰も私のことを見ていなかった。
「こんな事になるなら、クラリスに散策用の服を作ってもらうんだったわ……」
帰ったら作ってもらわなくちゃ、と独りごちながら空いていたカウンター席につくと、内側にいたマスターらしき人が振り返る。長身ですらりとした体躯。年のころは元の私と同じくらいかしら。やや紫がかった黒い髪をゆるく編んで前に流している。ふわっと生成りのシャツをラフに着ており、優し気な菫色の瞳をこちらに向け、申し訳なさそうに声をかけてきた。
「お嬢さん、ごめんよ。ここは見ての通り酒場なんだ。だからお嬢さんが飲めるようなものは用意していないんだよ」
確かに未成年がくるような場所じゃないものね。でもしばらくここで過ごさせてもらいたいんだけど――、あら?
「あの、こちらの方が飲んでいるのは何ですか?」
隣の席の人のグラスを見ると、オレンジ色の液体が満たされていた。
「ああ、これは果物を絞っただけのものなんだ。お嬢さんにお出しするようなものじゃないんだよ」
「絞っただけ、ってそれ最高じゃない! 同じのを頂けるかしら?」
元居た世界じゃ、それって果汁100%でジュース界のトップよ?
それにしても、こんな酒場でジュースを作ってもらうなんてどんな人なのかしら? ひょっとして可愛い魔法使いさんかも!
失礼にならないように、そーっと横目でどんな人かを確認する。
全体的に黒っぽい――、んっ……?
「あっ、あなた! さっきの感じ悪い人!!!!!!!」
思わず席を立って指を差してしまう。
そこに居たのは忘れもしない、肩ぶつけおじさん……じゃなくて、酒場の場所を教えてくれなかった目つきの悪い剣士だった。
っていうか目的地が酒場だったんなら、教えてくれてもいいじゃない! よりいっそう感じ悪いわ!!
「はぁ……なんか今日は厄日なのか? こんな世間知らずにからまれるなんて……」
大きな溜め息をつきながらくるりとこちらに向けてきたその表情は、まぎれもなく先ほどの剣士のものだった。
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