第二章 暇つぶしをいたしましょう
第10話
あれから十日あまりが経過した。
意識を取り戻したお母さまはお父さまから事の詳細を聞いて体調も無事に回復。
ギルから何の便りもないということは、何の問題も起こっていないということだろう。
そして私はというと―――
「う~~~~~~、暇だわ」
毎朝出社するために満員電車に乗る生活から突然解放されて、更にふかふかのベッドまで与えられてしまったので、お正月もびっくりな怠惰な生活を送っている。
朝は時間を気にせず自然に目が覚めるまで寝て、起きたらぼーっとしている間にクラリスが魔法で着替えさせてくれる。そして椅子に腰かけていれば何をいわずとも食事が供されるという、まさに夢のような生活。
でも、最初こそ良かったものの、これが毎日となると段々元の生活が恋しくなってきていた。
「週休二日じゃなくて週休四日くらいにして欲しいって思ってたけれど、こう休みが続くのもつまらないわね」
自分の中に眠るという魔力を生かして、私も魔法を使えるようになりたいと思ったけれど、力の使い方が全くわからない。クラリスに聞いても「感覚です」としか教えてくれないし。どうやら皆、幼い頃に何等かのきっかけで魔力の使い方をマスターして、それ以降は感覚で使えるようになってしまうらしい。
「自転車の乗り方みたいなものなのかなぁ」
小さい時にバランス感覚の取り方を覚えてしまったら、それ以降はしばらく乗らなくなってしまっても身体が乗り方を覚えてしまっている、きっとあんな感じ。
クラリスによれば、リリアも自由に魔法が使えてたらしい。身体、というより精神的な部分の影響が大きいのかもしれない。
と、なれば。
まずはこの世界をもう少し知って、魔法を使う人たちの様子を沢山みれば私も自由に魔法が使えるようになれるかも? そうと決まれば話は早いわ。
「クラリス! 町に行きましょう!」
◆
ここ数日、お父さまの蔵書やクラリスから仕入れた情報によると、私が今いる国は【ポガセル】というらしい。王城を中心としてまずは貴族たちのタウンハウスが並んでおり、そこから更に輪を広げたところに城下町が広がっている。
ポガセルは特に交通の要に位置しているらしく、町では活発に他国との交流が行われていて多くの人が集まっているらしい。
ガタゴト、と馬車で揺られながら私はワクワクしていた。
「ねえクラリス、町はどれくらい大きいの? やっぱり色々なジョブの人が集まってくるのかしら?」
「お嬢様、じょぶ、とは何でしょう?」
「ああ、ごめんなさい、職業、と言えば伝わるのかしら。剣士とか、弓使いとか、ヒーラーとか!」
「きっと“センシャル”の方々のことですね。私も詳しくは存じ上げないのですが、おそらくお嬢さまがおっしゃるような方々もいらっしゃいますよ」
うわ~……! 本当に剣と魔法の世界なんだ!
でも、待って? そういう人たちがいるってことは、いわゆる魔物や魔王的な存在もいるってこと? それはちょっと怖くない……?
私の不安そうな表情をみて察したのか、クラリスが言葉を続ける。
「センシャルの方々が出てきたのは、今から5年ほど前に突如として現れた魔王を倒すためでした。あの時は、このポガセルでも残念ながら多くの血が流れました。ですが、センシャルの方々のご活躍で魔王は斃れ、我々はこうして平穏な日々を送れるようになったのです」
そんなことがあったのね……。ていうか【聖女と12人の騎士】、設定ちょっと重くない? 大丈夫? これ公式?
「魔王はいなくなりました。ですが、野に放たれていた魔物たちはそのまま残り続けています。放たれた生態系を絶やすのはそう簡単な話ではありませんから。ですので、今なおセンシャルの方々は存在し続け、魔物を討伐してくださっています。城下町の外に出れば、いつ魔物に出会ってもおかしくないですからね。そんな外周に行かれることは万が一にもないと思いますが、お嬢さまも十分お気をつけくださいね?」
まさか乙女ゲの世界に魔物が存在するとは。
でももう魔王は斃されているっていうし! 魔物っていってもきっとぷにぷにしたスライムとかよね? パーティー組んで経験値稼ぎしてレベルアップして……! た、楽しそう……!
私の百面相にクラリスはとても不安そうな溜め息をついたところで馬車の揺れがぴたりと止まる。どうやら城下町との境目についたらしい。
「さ! いくわよ!」
扉が開くや否や飛び出す私の後ろで、クラリスが頭をかかえたような気がした。
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