Giggle Grin Reapers

亜阿相界

ep1 鼠は貴女のすぐ側に

第1話 死神ときどきチャリンコチェイサー

※おことわり この物語はフィクションです。登場する人物、団体、名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。なお、東京の一部地名などを意図的に取り上げていますが、あくまでフィクションとしてお楽しみいただけると幸いです。


 私の人生、これで終わりなのかな。

 体中の肉という肉を剥ぎ取られる感覚。頭の先からつま先まで等しく襲いかかる、えぐるような痛み。文字通り、骨の髄までしゃぶり尽くされてしまう。

 どこかで皮が破れた気がする。一瞬走った痛みが連続する。腕や脚を振って振り払おうとしたって、穴だらけの体はもう自由が効かない。

 ああ、なんであんなことをいってしまったんだろう。今まで口答えなんかしたことなかったのに。なんで。なんで。あんなことしなければ、わたしこんなことされないですんだのかな。

 指先も、手のひらも、何もかも埋め尽くされた。目がうごかせない。視界が赤い。疲れてるのかな。嫌だ、いたい、やめて。死にたくない。ねえやめて、いたいっていってるのきこえないの、ああこえもでないや痛いあついい痛いいたいさむいあついさむいいたいあつい


 まだいきなきゃ


        *****


 槻山つきやまノエルという名前に、ママチャリなんて似合わない。そんな呑気なことを思っていた五分前の自分を恨みたい。ノエルは命がけでママチャリのペダルを踏み込む。

 トンカラトントンカラトン――

「この私を虚仮こけにするなんて……今に見てなさい!」

 猛スピードで多町大通りを駆け抜ける2台の自転車。前方を走る、二人の少女が乗った漆黒のママチャリ。真剣な表情で自転車のペダルを蹴り続ける黒髪ボブの少女。髪にはマゼンタ色で存在感を表すハート型のヘアピン。白と黒のカジュアルなジャンパーを羽織っている。

 そして、後部の荷台に座って黒髪ボブの胴にぎゅっとしがみついた、小柄な白髪ロングの少女。そのどこか不安そうな表情が、状況が如何に切羽詰まっているかを物語っていた。金糸雀カナリア色の清楚なワンピースは、その艶やかな表面で陽の光を反射させる。ノエルを男とすれば駆け落ちとも見て取れる光景であったが、彼女らを追いかけるのは頑固親父でもシスコン兄でもない、『怪異』であった。

 ミイラの如き侍の乗るオンボロ自転車。日本刀を背負い、猛スピードで追走する。コンクリートジャングルの中で異彩を放つ逃走劇が、四月の神田で絶賛繰り広げられていた。

 トンカラトントンカラトン――

「何よあの飯テロ妖怪、豚の唐揚げなんてどこでも売ってるわけじゃないことわかってるのかしら⁉︎」

『命狙われてる時にいうことがそれかてめェ‼︎』

「まああたし鶏の方が好きだけど」

『ンな呑気だなてめェさっさと漕げ‼︎』

 緊張感のない会話。この危機的状態においてなかなか聞くことができない。そして白髪の少女は、ノエルの『独り言』にハテナマークを浮かべていた。

 ハイスピード、というには用いる車両を間違っている2台の暴走自転車は、信号無視もなんのその、街路を走り抜けてゆく。

「D! もっとスピード出ないの⁉ このままじゃ追いつかれるわよ⁉」

『ンな無茶言うンじゃねェよ唐揚げ野郎‼︎ こちとら試運転すらしてねェんだよバーロー!』

「唐揚げはアイツよ‼ この私を煮るなり焼くなり揚げるなりなんて随分と調子のいいことを言うじゃない‼」

『そこまで言ってねェだろ自意識過剰‼』

 前方、ノエルとDが必死で漕ぐ自転車は路上の乗用車を器用に躱しながらその車体を進める。

 オカルトであるDが自転車に憑依する。くだんのオカルトが現れた直後、咄嗟にDが働いた苦肉の策である。これでも尋常でないスピードで追跡者を撒こうとしているが、それすらその場凌ぎに過ぎず、彼の本領を発揮できない今、戦況はだんだんと悪化していた。

 一方のオカルトは執念深く目の前の漆黒の自転車を追いかける。

 前方の自転車が走った軌跡をなぞるように猛追する。時折邪魔な障害物があれば、背負った日本刀で薙ぎ払う。それでも減速することなく進むそれは、正に人間離れした業であった。

「あの豚の唐揚げ! 絶許! 絶許!」

『文句言ってる暇あンなら足を動かせ足を‼』

 はたから見れば独り言を叫ぶ少女が自転車を猛スピードで漕ぐという、なんとも不可思議な光景である。

「――っ、車‼︎」

 交差点に出た直後、死角から飛び込んでくる一台のワゴン車。勿論、ドライバーがそのスピードを咄嗟に落とすことなど出来ず。

 自転車が浮いた。

 正しくはノエルが渾身のウィリーをし、Dがそれを補助する形で自転車を軽く浮かせた、である。後方の少女は、ひゃうっ、と小さな悲鳴をあげて咄嗟に目を瞑る。かの少年とエイリアンの友情映画ほど感動的ではなかったが、それでも咄嗟の行動にしては超人的な行動であった。ワゴン車を飛び越えた愛機を豪快に着地させ、体制を立て直す。

 すると、後方からの大きな鉄の音。それは刀の音と聞き取れた。

 じゃきん――

 突然の轟音に白髪の少女が振り返る。そこには、まるで地層のように断面がずれたワゴン車があった。直後、その間を割るように例のオカルトが直進する。

靖国やすくにに出たら仕留める‼︎」

『この嬢ちゃんがいるンじゃ因子使えねェぞ、いけるか?』

「斬られなきゃいいだけよ。任せなさい、躱して捕まえるのと戦うのは違うから!」

 ノエルの太腿は限界に近づいていた。五分に及ぶ直線距離八百メートル全速力のカーチェイス。それでも命がかかっているのだ。ぱんぱんに引き攣った自身の太腿に鞭を打ち、これでもかとペダルを蹴り続ける。

 トンカラトントンカラトン――

「ああもううっさいわね! 気が狂う!」

 正しくは気が散るでは、と突っ込もうとしたDの言葉が入り込む余地はなかったらしかった。

 痺れを切らしたノエルは、大通り――靖国通りに出た途端に車体を華麗にドリフトさせ、追跡者と対峙する。正しい使い方をしていれば鳴らないような音を立てたママチャリを少女に託し、未だ自転車にまたがるオカルトを睨みつける。対する相手も背負った刀に右手をかけ、勢いよく抜き出す。

 相手にとって不足なし。不敵に笑い、ノエルは大きく左腕を振りかざし――

「神田地区軍だ! 今すぐこの場から離れろ!」

 背後から聞こえた声に、その見せ場をことごとく掻っ攫われるのであった。

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