第57話 嫌な予感なら当てられます





 それぞれの意地を掛けたバトルは、無事に俺の勝利という形で終わりを迎えた。

 負けた緑髪の少年のフィールドが砕け散り、カードはパラパラと落ちていく。

 それと同時に、少年の足元から魔法陣のようなモノが浮かび、頭に向かって上っていく。


(本っ当にすごいよな、アレ)


 さっきまでボロボロだった少年の体が綺麗に治るのを見ながら、デッキを片付ける。

 正直、不安でしょうがなかったけど勝てて良かった。

 ホッと一息ついた所に、アルスとメリルが駆け足でやってきた。


「クロハル!」

「ク、クロハル君!」

「おっす」


 まだフィールドが消えてる最中で、修復が始まっていない。

 だから、今の俺は下着が丸見えでボッロボロのセクシーな姿なんだけど、


「すっごいボロボロだけど大丈夫?」

「多分、大丈夫」

「それにしても随分とやられたわね」

「だな。相手も結構強かったし。流石はシーラのダチって感じだな」

「……そう」


 全然気にしてないやん。

 どうやらこの恰好かっこう立体アクティブバトルの演出だと思っているらしい。

 俺はちょっと悲しくなった。


「あっ、始まったよ!」

「やっとね」

「おっ、本当だ」


 ようやく、待ちに待った立体アクティブバトルの修復が始まった。

 俺の足元にも魔法陣のようなモノが現れて、ゆっくりと上に向かって浮かんでいく。


(……なーんか嫌な予感がするんだよなぁ)


 足から膝へ。

 膝から腰へ。

 薄く光る魔法陣がゆっくりと俺の頭の方に向かっていく。


 そして、







 ――俺の嫌な予感は的中した。







「そ、そんな!」

「嘘……でしょ……?」


 ちょうど俺の腰から腹の辺りへ。

 魔法陣が昇ったところで、あり得ないモノを見たかのように二人の目が大きく開いた。


(やっぱりかぁ……)


 アルスとメリルの驚いた顔を見て、悟る。

 修復が終わったはずの太ももを横から触った俺は、思わず地平線の彼方かなたに遠い目を向けた。


「クロハル君! ふ、服がっ!」

「なんで!? なんで治ってないの!?」


 そう。


 立体アクティブバトルは終わった。

 にも関わらず――俺の服は『治らなかった』のである。


(初めてだなこんなこと)


 服が破れたり、血が流れたり。


 暴風に打たれたり、炎で焼かれたり。


 これらは全部、立体アクティブバトルの演出に過ぎない。

 バトルが終われば、傷付いた体や服も全部が元通りになる。

 それが俺たちにとっての常識だった。

 当たり前だと思っていのだ。


 でも、実際はこの通り。

 演出だと思っていた姿が、演出じゃなかった。

 その光景はアルスとメリルにとんでもない衝撃を与えていた。


 えっ、俺が落ち着ているように見えるって?

 違うんだよ。

 逆に動揺し過ぎててそう見えてるだけです。

 はい。


(あーあ、服どうしよう)


 二人にはわからないかもしれないが、実は体もあちこちが痛かったりする。

 ……もしかして俺、闇のバトルでもしてた?

 うせやん。


「どうして……?」

「クロハル君……服、どうするの?」

「えっ? あ、あぁ、そうだな。……どうしよう?」


 思いのほか、アルスが落ち着いているようで驚いた。

 いや、動揺の仕方が違うだけか。

 で、服ね。

 本当にどうしよう。


 と、思っていたところに、スタスタと二人分の足音が聞こえた。

 やって来たのは、やはり。

 俺が予想した通りの二人だった。


「ふーん、エッチじゃん」

「おい」

「……クロハル、大丈夫か?」

「大丈夫……だと思ってたけど、だいじょばなさそう」

「そ、そうか」


 シーラは相変わらずの平常運転。

 ルードは普通に俺の心配をしてくれた。

 ありがとう、ルード。

 シーラ、お前は顔洗ってこい。


「なあ、ルード」

「なんだ?」

「服、持ってたりしない?」

「今は流石に持っていない。悪いな」

「だよなー」


 うん、知ってた。

 こうなる、ってわかってたら俺も服を持って来たんだけどね。

 ……いや、こんなこと予想できてたまるか!


「アルスは?」

「えっ?」

「アルスは服持ってたりしない?」

「ううん。僕も今は持ってない……」

「そっか」


 アルスにダメ元で聞いてみた。

 けど、やっぱりダメだったよ……。


(……どうしよう)


 流石に、メリルとシーラに聞くわけにはいかんだろう。

 というか、男に服を貸すような女子なんていないやろ。

 持ってるとも思えんし。

 となると、俺に残された手段は一つ。


 それは、この恰好のまま――


「クロハル、ちょっといいかな?」

「んぇ?」


 今日一日を過ごす。

 と、決意しかけた俺にシーラが声を掛けてきた。

 いきなりだったんでちょいと変な声が出た。


 シーラはいつの間にか取り出した棒付きのキャンディを口に入れてから言葉を続けた。


「せっかくだから、これからショッピングにでも行かないかな?」

「えっ? なんで?」


 いまいちシーラの考えが読めない。

 この姿で街中を歩けってこと?

 嫌だよ。

 あと俺、お金持ってないよ?


「服なら私とルードで買ってあげるからさ」

「えっ!?」


 いいんですか!?

 それだったらこの姿を我慢してもショッピングに行くわ。

 正直、この服が破けたせいであと一着しかまともなのがなかったんだよ。

 その提案は素直にありがたい。

 けど、それを隣で聞いたルードは薄く開いた目でジッとシーラを睨んだ。


「なぜ俺まで」

「連帯責任。ディエルとのバトルでこうなっちゃったからね」

「くっ、ディエルめ……」


 たったの一言。

 それだけでルードは睨みつける相手をシーラから倒れている少年に変えた。

 流石っすね。


 恐ろしく早い論破。

 俺でなきゃ見逃しちゃうね。


「っていうかディエルって誰?」

「ん? あぁ、あの子のことだよ。ディエル・クラゥベル。クラちゃん、って呼んであげるといいかな」

「良くねぇよ!!」


 あ、起きた。


「ったく、なんで勝手に俺の名前を……」

「それはクラちゃんが負けたからじゃん」

「う、うるせぇ! 次は負けねーから! あとクラちゃんって呼ぶな!」

「そっか。じゃあ、頑張って」

「ちっ……クラちゃんって呼ぶなし」


 どうやらあの風属性を使った少年の名前は『ディエル・クラゥベル』というらしい。

 見た目通りの性格って言ったところかな。


 目付き悪いし、口も悪い。

 なんだけど、体は小さい。


 そのせいか。

 俺からしたら近所の悪ガキを相手にしてるような感じしかしない。

 実際に悪ガキだったし。


 今度何かされたら俺も「クラちゃん」って呼んでやろう。


「とりあえず行こっか」

「えっ」


 今行くの?

 驚いてシーラに顔を向ける。


 シーラは俺と目をパッチリ合わせると、小さくウィンクしてきたのだった。




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