第48話 違和感、そして、謎の美少女の正体





 昨日出会い、そして、別れた美少女。

 もう会うことはないんだろうな、と思っていた矢先の再開だったから俺はひどく驚いた。

 いや、本当に何でここにいるんだよコイツ。

 しかも、俺の後ろに立つな。

 普通に怖いわ。


「そんなに驚かなくてもいいんじゃないかな。嬉しい気持ちはわかるけど」


 違います。


「な、何でここに?」

「何で、ってこの街のカードショップはここだけのはずだけど」

「そうだったぁ……」


 そうだよ。

 どういうわけかここ『シトラシティ』にはカードショップが一つしかない。

 そして、美少女もれっきとしたマスターの一人。

 カードショップに来るのが当たり前だよな。

 こればかりは仕方ない。

 ここはいっそのこと気持でも入れ替えるか。


「で、ユーは何しにカードショップへ?」

「ユー、って私のことかな?」

「あっ、うん。そうです。はい」


 やべ、英語を使っちった。

 コイツ相手に気を緩ませたらとんでもないことになってしまう。

 気を付けよう。


「ふふっ。随分と独特な呼び方だね、それ」

「あー、まあ、適当に言っただけだから気にしないでくれ」


 深入りされたらマズイ。

 だからここは情熱パッションで乗り切るぜ。


「で、結局さ。何しに来たんだ?」

「うーん、そうだね。に会いに来た……とかじゃダメかな?」

「お前そんなこと言う奴じゃないだろ!?」


 やっぱりダメだったよ。

 コイツ、本当に口先が上手すぎる。

 俺程度のコミュ力じゃあ太刀打ちできない。


(…………あれ?)


 じゃあ、どうしようか。

 そう悩んでいた俺は、ふとあることが気になった。


(今、コイツ――を言ったか?)


 まさか。


(いや、ありえない! だって、俺は……)


 そうだ。

 この美少女とは昨日のこと。

 しかも、俺の記憶が正しければ自己紹介さえもロクにした覚えもない。

 だとしたら、なぜ。


(空耳……か? いや、そんな空耳あるかよ。だって昨日も……っ!)


 俺の名前は言ってないはずだ。

 そう思い、昨日のことを一つ一つ思い返す。

 だが、その中で『ある会話』を思い出した俺はゆっくりと目を大きく開いた。




 ――まあいいかな




 ――今日は本当に楽しかったよ







 ――ありがとね、







「えっ……あっ……えっ……?」


 無意識の内に、俺の声が小刻みに震える。

 それは。

 そればっかりは、ありえないはずだろ。

 いや、でも、


(コイツ……俺の名前を……『知ってた』?)


 一緒にいた時間は長くはない。

 けども、この美少女の持つ話術のすごさは十分に理解できていた。

 少しでも話をしてしまえば、そこからこの美少女はたくさんの情報をることができる。

 そのすごさは、俺にも分けて欲しい、と思えるくらいにずば抜けてもいる。

 だとしたら。

 一体いつから俺のことを知っていたのだろうか。


(……聞く、べきか?)


 聞いた方が良いよな、と自分に言い聞かせる。

 そんな俺の心を知ってか知らずか。

 美少女はその澄んだ金色の瞳で俺の顔を覗き込んできた。


「どうかした? ちょっと顔色悪そうだけど」

「いや、ちょいと気になることがあって……」

「気になること?」

「あ、あぁ……」


 大したことではないんだと思う。

 でも、自己紹介もしてないヤツからいきなり自分の名前を言われたら怖いでしょ。

 だからといって、ビクビクしてるだけじゃあ何も始まらない。

 こうなったら腹をくくろう。

 気になるんならビビってないで聞きゃあいいんだ。

 俺は骨なしチキンを卒業する。

 そして、今日から俺は、骨ありチキンになる!


「なあ、もしかしてだけどさ」

「うん」




「――俺の名前、知ってたのか?」




「…………」


 意を決して、尋ねる。

 頬に冷たい汗を感じながらも美少女の瞳を真っ向から見つめ返す。

 可愛い、とか思ってしまう俺の下心を何とか抑えつける。

 そうしているうちに、一瞬だけ周りの音が遠くになくなったように思えて。

 けれどもその錯覚は、




「まあね」




 小さな溜め息と共に、美少女がそう答えたことで終わりを告げた。




「知ってた、と言えば知ってた、かな」

「……知ってたんだ」

「そうだね。君、かなりの有名人だったからさ」

「あー……」


 言われてみればそうだわ。

 いつも街中で金稼ぎばかりしててちょっとした有名人になってたんだよな。

 ライセンスとかもそのためにゲットしたようなモノだし。

 今、思い出すとかマジかよ。


(そりゃあ俺の名前も知ってるわけだよ)


 コイツのリサーチ能力なら有名人の一人や二人ぐらい余裕で特定できそうだもんな。

 すげえよ。

 これが噂の特定厨ってヤツか。

 恐ろしいでぇ。

 と、話に僅かな間が空いたところに。

 突如として、この美少女に向かって話しかける勇者が現れた。


「ちょっといいかしら」

「うん?」


 なんと、話しかけたのはメリルだ。

 少し目を細めて、すごみを感じさせる表情をしてはいる。

 しかし。

 その口からは落ち着いた声色が出ていた。


「クロハルのことは知ってるみたいだけど、そういうあなたは誰なの?」

「んー、……何て答えればいいかな?」

「俺に聞くな」


 やめーや。

 自己紹介くらいは普通にやってもいいだろ。

 というかだな。

 さり気なく俺を巻き込もうとするな。

 返しに困るだろうが。


(でも、取り敢えずナイスだメリル!)


 本当に勇者だよアイツ。

 これでやっと美少女の名前を知れるってわけか。

 美少女呼びもこれで最後ってことだな。


「クロハルの名前を知ってるならあなたの名前くらい教えてくれてもいいと思うんだけど」

「それはそうだね。けど――私の名前を聞いたのはクロハルじゃなくて君だよね?」

「えっ? それはどういう……」

「だとしたらわざわざ教える必要はなさそうだな、って思ったんだけどそこら辺はどうなのかな?」

「で、でも!」

「まず、人の名前を聞く時は自分から。私はそう教えて貰ったかな」

「っ!」


 あっ、メリルの顔が真っ赤になった。


「まあ、というのは流石に冗談なんだけどさ」

「っ! あ、あなたねぇ!」

「ふふっ。ゴメンなさい」


 口先でもてあそばれたメリルがついに美少女に向かって頬を怒らせた。

 目尻も吊り上がってるし、こめかみにも青筋が立っている。


(こわ、怖いなぁ)


 鬼の形相を浮かべたメリルは普通に怖い。

 けれども、そんなメリルの表情をコロコロと変えさせる美少女も怖い。

 要するにどっちも怖い。


 だというのに、メリルの相手にしている美少女は全然平気らしい。

 その端整な顔には涼しそうな笑みが浮かんでいた。


「君は素直な人なんだね」

「は、はぁ?」


 いきなり見当違いなことを言われ、メリルの怒りんぼな顔から毒気が抜ける。

 ……これは美少女の方が一枚上手だな。

 チラッと隣を見てみれば、静かに会話を聞いていたアルスもホッと胸を撫で下ろしている。

 コイツはあれだな。

 会話に入れそうになかったから黙ってた口か。

 同士だ。


「まあ、せっかくの機会だから軽く自己紹介でもしておこうか」

「……今更?」

「んん? 何か言ったかな?」

「……何でもない」


 す、すいません。

 変に口を滑らせた俺が悪うございました。

 にっこり笑う美少女の圧に屈して、小さく頭を下げる。

 残念だったな。

 俺の辞書にはプライドのプの字も載ってないぜ!


「では、改めまして、っと」


 美少女が俺の後ろを離れ、軽やかに体をひるがえす。

 人たちの群れを背景に。

 人工の光に照らされてもなお。

 美しくきらめく金髪が美少女に合わせて滑らかに線を描く。

 そうして。







「私の名前はシーラ。シーラ・トゥラテリィです」







 どうぞ、よろしく。


 そう最後に言葉を付け足した謎の美少女――シーラは。

 年頃の少女らしい。

 優しく眩しい笑顔で、にっこりと笑った。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る