17:君と言う存在が。

第76話 俺の痛み。

 およそ2年ぶりか…、連絡もせず、顔も出せず…。

 今立っているこの場所は二度と戻りたくない俺の実家、昔の茜と一緒に遊んでた記憶とあの子がうちに来た時の記憶が思い浮かぶ。あの時、俺はお父さんととある理由で喧嘩をした。その喧嘩は俺が家を出ることで始末をつけたけど、なぜそんなに喧嘩をしたのかすら今は思い出せない。それからずっと一人だったんだ…。


「昔のまま…」


 家の鍵は出る時に置いてきたからドアを開ける方法がなかった。

 ベルを押してお父さんが出るのを待っていたけど、まだ仕事中だから無理なのか。腕時計の針は午後の7時を指して、そろそろ帰ってくる時間だと思ってたのに。どっかでゆっくり待ってみようか…。


「……と言ってもここ何もないよな」


 お父さんと話してみたら、あの時の記憶を思い出すかもしれない。今までずっと真実から目を逸らして、逃げるだけに最善を尽くした俺が…こんなことをするのか…、ちょっと不思議だと思う。


「柊くん…?」


 マップで町のレストランを検索していた時、家から知らない人の声が聞こえた。

 全然知らない人の顔、誰だ…?俺を知ってるから柊くんって呼んだよな…?でも、俺はこの人知らない…。この状況を一体どうすれば…?今50代に見える女性が俺を見て微笑んでいるけど、全く理解できない状況だったから何も言えなかった。


「もう、お父さんと仲直りした?」

「……すみません。誰…ですか?」

「柊くんはお母さんのことも忘れたかな…?」


 お母さん…?お母さんなら…俺が小学生の時にもう…。

 何だろう…?俺の前にいるこの人は誰だ…。


「分かった。まずは入ってくれない…?外は寒いからね」

「はい…」


 不在着信、『茜』9件

 新しいメッセージが届きました。12件


 電話とL○NEがすごく鳴いているけど、無視して家に入った。

 そして静かなこの家は昔のままで何一つ変わらなかった。ソファもテレビもいろんな本が並べていたこの本棚も昔のまま、この場所には俺と茜…そしてあの子がいた。


 あ、名前はカナンだったっけ。


「部屋にあるものはそのままだから入ってみたら…?お母さんはちょっと夕飯作るからね?」

「はい…」


 どうやら…、あの人はお父さんの…。

 まぁ…いいと思う、そんなこと大人の事情だから俺が知る必要はない。


 そして俺の部屋に入ったら、本当に昔のままでちょっとびっくりした。幼い頃のオモチャとか、中学の時代のノートや教科書もそのまま本棚に並んでいる…。懐かしい物ばかり、それを見て知らない涙が落ちるほど…俺は自分の中にいる何かに動揺していた。


「……」


 俺は何を忘れていたんだろう。

 そして俺の部屋に入る前、もう一つの部屋があったことに気づいてしまう。俺の部屋じゃなくて、それは誰か使っていたような…。そう、そこに何かあるかもしれないから…。後ろにある部屋、扉の取っ手を握るのがちょっと怖いけど、俺の勘を信じてその扉を開けてみた。


「……な、何これ」


 電気をつけてその部屋に入った時、右側に置いている写真が俺の目を引いた。その写真は普通に撮った明るい写真ではなく亡くなった人の「遺影写真」…、その写真に写っている顔を…俺は知っている。俺が長い間…頭の中で消したかった人の顔、そう…それは妹の写真。もうこの世にいない、俺のだった…。


 神里カナン…。


 思い出した…。


「……うっ!」


 吐き出しそうな気がして、すぐトイレに向かう。

 震える手と体があの時のことを覚えている…。涙が出るほど、つらい時間だった。その遺影写真を見て、俺は忘れていたあの頃の記憶を全部思い出してしまった。それは思い出してはいけないこと…、俺がずっと逃げたかった記憶を俺の馬鹿馬鹿しい好奇心が…思い出させてくれた。


「どうした…?柊くん、大丈夫…?」

「は、はい…」


 唇が震えている。言葉も上手く出ない…。


「薬要る…?」

「いいえ、大丈夫です。本当に大丈夫です…。あの、聞きたいことがありますけど…」

「うん?」


 食卓の前に座る二人、俺は念の為あの女性に聞いてみた。


「カナンちゃんは…今、どこにいますか?」

「……もしかして、柊くんは知らない…?カナンちゃんもうこの世にないよ…」

「あの…、先部屋の中でカナンちゃんの遺影写真を見ました。何が本当なのかよく分からなくて…。すみません…、変な質問をして」

「分かる。柊くんのお母さんと同じ…だったから忘れたかったかもね?あの頃の柊くんは現実を受け入れなかったから、そのままお父さんと喧嘩をして家を出た。それがお母さんが知っている柊くんの最後の姿」

「やはり、カナンちゃんのお母さんでしたか…」

「うん…。おかえり、柊くん」


 俺の罰は今から始まるのか、目を閉じるとあの頃のカナンが見える。

 俺はこんなにつらいのに、お父さんとお母さんは何も知らないんだよな…。


「はい。ありがとうございます…」


 あなたの娘が俺にやったことを…、やはり分からないんだよな…?

 死ぬほど、つらかったことを…。あなたの娘は幼い頃の俺に絶対やってはいけないことをやらかしたんだ。そして抵抗もせず、俺もあなたの娘にやってはいけないことをやらかした。俺の意思ではなく、それは彼女が言うってことだった…。


 俺はカナンが来たあの日から…ずっと従順な犬になっていた。

 カナンの話なら何でも聞くように、彼女は俺のトラウマを利用する。

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