第68話 手に入らないもの。−2
その後、会長に怒られた俺たちは教室の中で先の話を続けた。
「加藤、ちょっとやりすぎ…」
「はあ…?お前は人がよすぎ…、あんなやつ無視すればいいんだ」
確かに、あんなやつは無視した方がいいかもしれない。でも、俺があいつを無視しても事態は丸く収まらないからな…。森岡は諦めないし、どうしてそこまでこだわるのかも分からない。もう諦める時だと思うけど、それでも欲しいって言うのか…。
「忘れた方がいいよ。柊はいつも悩むことが多いから…」
「ありがとう。俺の代わりに怒ってくれて」
「あんなやつ大嫌いだからさ、いつも自分のことばかり考えてるじゃん」
「このまま自分の人生生きて欲しいのに、先のことで余計に気になる」
「そうだよな」
執着をするのは怖い、そして自分のことが否定された時の気持ちを俺はなぜか知っていた。いつも優しい顔をして笑ってくれたり話をかけてくれたりしても…、結局、人の裏に隠している本性を見抜かないと、騙されるだけなんだ…。
どうして俺がこんなことを思い出してるんだ…?
ちょっと不安な予感がした。
「柊くん…?」
「うん…?」
「今日、あの先輩と喧嘩したって…」
「大丈夫…。もう何もしないはずだから…」
「うん…」
帰り道、下駄箱の前で俺は机の中に置いてきたスマホを思い出す。
「あ、茜。俺、教室にスマホ置いてきたからちょっと取ってくるね」
「一緒に行く!」
「いいよ。ここで待ってて」
「うん…。分かった!」
そのまま教室に戻る柊と下駄箱の前でスマホを見ている茜。
急いで走る柊の姿をちゃんと確認した後、壁の後ろに隠れていた翔琉が姿を現す。その足音に茜がすぐ振り向いたけど、そこにいたのは悔しんでいる顔で自分を見つめる翔琉だった。
「……」
翔琉から目を逸らして柊に電話をかけると、どんどん茜の方に近づいてくる翔琉が話を始めた。
「あのさ、茜ちゃん…」
「は、はい…?」
「俺のこと、嫌だったのか…?」
「……あの、よく分かりません…。せ、先輩は…いい人だと思います」
「だから答えて、俺のこと嫌なのか?」
後ろに隠したスマホの音量を下げてじっとする茜。
「私は…あの、昔からずっと柊先輩のことが好きだったんです…。べ、別に森岡先輩のことが嫌いわけ…」
「じゃあ、どうして俺に笑ってくれたんだ。どうして…、そんなに優しく話してくれたんだよ…!」
「あの…、私は別にそんなことしてない…です」
「茜ちゃんが俺のことを好きだと思ってた。でも、二人に裏切られた…。信じていた柊も茜ちゃんもただ口だけ…だったんだ」
悔しくて、悔しくて…、何もできない自分に翔琉は怒っていた。
そのやり方が間違っていたとしても、彼はそれ以外の方法を知らなかった。いつも周りの柊と海に比較されて、周りの人たちに「なぜ、森岡はあの二人と一緒にいるんだ?」「神里と加藤はイケメンだから分かるけど、森岡はちょっと…」「あの二人とはやはりレベルが違うよな…?真ん中の人は誰だ?友達?」と、よく言われていた。
「……先輩、あの怖いんです…」
「なんで、あの二人はカッコいいで、俺は怖いなんだ?」
どんどん茜に近づく翔琉は、彼女を後ろの下駄箱に押し付ける。
そして「ドン!」と、1階でその音が響くほど、強い力で下駄箱を叩く翔琉。少しの静寂と人けのない1階、緊張した茜はそのまま目を閉じていた。震えている体をどうにかしたかったけど、またあの時のように体は思い通りに動いてくれなかった。
「あ、あの…」
「なんでだ…。あの二人しか持っていないのは一体なんなんだ…。羨ましかった…ずっと、ずっと…」
あの二人のような人生を翔琉は欲しがっていた。
彼の目に映った海はいつも彼女がそばにいてさりげなくキスとかセックスをするイメージ。そして柊は周りの人に毎回告白されても全部断る変な人、それでも周りには柊のことを好きって言う人が多かった。カッコいいのに、柊は女に興味はなかった。
「おい!森岡!」
どうしてお前らは全部持っているんだ…?
俺たちは友達なのに不公平だ。お前らと友達になっていつも言われるあの言葉「ブス」って…結局、俺のことだったんだ…。もう知っていたはずなのに、実際目の前に広がる現実を見ると…、泣き出すほど羨ましかった。俺にもそんなチャンスを…、どうしてお前らだけそんなにキラキラしてるんだ。どうしてお前らだけがそんなに…、俺たちは何が違うんだ…?そのカッコいい外見のせいか、それ以外に何があるんだ。
俯いている茜を見つめながら、翔琉は悔しんでいた。
「退け!何してるんだ。お前!」
「……柊くん、先輩が…いきなり…」
「……もういい、どうでもいいんだ。俺が悪かった…」
そう言ってから家に帰る森岡、俺はその後ろ姿を見て最後の一言を残した。
「……森岡、いい加減に諦めろ」
「……うん、分かった」
戻ってきた時にはもう森岡が諦めたように見えていた。
何があったのかは分からないけど、一応泣いている茜と一緒に家に帰った。多分、森岡が感じた感情は「嫉妬」だよな…。俺も少しなら知っている。たまにクラスメイトとか、知らない女子が俺と加藤にこう話したことを覚えていた。
俺たち3人が廊下を歩くと「あの人は二人と似合わない、レベルが違う」って…、その度、俺と加藤は「人のことを外見だけで判断するんじゃない」って答えてあげた。でも、本人が俺たちに感じるその感情まで答えてあげる自信はなかった。
それを一番よく知っているのが、森岡本人だから…。
どれだけ欲しがっても手に入らないもの…か…。
電話から聞こえたあの話で、俺は森岡がどんな風に考えていたのかを分かってしまう。自分にはいない「外見」に囚われていつもそうやって比較してたんだ…。俺たちと本人のことを…。何でもないこの仮面に、そこまで気にするなんて…。
嫉妬って醜いものだ。
俺は思い出せない記憶の中でその感覚だけはしっかり覚えていた。
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