第64話 昔の二人。−2
「柊くん…まだ寝てる…?」
理由は分からないけど、いつもお兄ちゃんより少し早く起きてしまう。
その度、誰にも見せないお兄ちゃんの寝顔が見られるよ。私は繋いだ手を離さず、お兄ちゃんのそばでじっとしていた。この時間がすごく楽しい…、それにたまにはこっちを向いて寝てるからね…?目の前の寝顔に私は息を止めてしまう。
「はっ…!今何時…?」
「8時だよ…?どうしたの?」
「いや…、お父さんは今日も遅いよな…。茜ちゃんはもう帰るよね?」
「うん…。そろそろ帰る時間だけど、もうちょっと一緒にいてもいい…?」
「うん。居間でテレビでも見る?」
「うん!」
幼い頃から私は家にあんまり帰りたくなかった…。
だからお兄ちゃんのお父さんが帰ってくるまでじっとする。家には帰りたくない…、お母さんは優しくていい人なのに…そんなお母さんは好きなのに…。いつもお父さんに悪口を言われてすぐ殴られるから…それが怖い。止めたかったけど、幼い頃の私には何もできなかった。
もちろん、その話はお兄ちゃんとお兄ちゃんのお父さんには言えなかった。
ただ、隣に高校時代の先輩がいてあの先輩の息子がたまたま私と同じ年頃だったから、紹介してもらっただけ。それから始まった私たちの関係は今まで続いている。そして今日も早く帰ったらお父さんに殴られるよね…と、ソファに座ってこっそり膝を抱えた。私にはお兄ちゃんみたいな兄弟もないから、そばに頼れる人もいないから。
「茜ちゃん、アイス食べる?」
「うん!ありがとう!」
だから…私はお兄ちゃんのことが大好きだった。
優しくて、いつも私に気遣ってくれるから…。アニメを見ながら二人でアイスを食べると、時間って言うのはとても虚しいことだと思ってしまう。ただの小学生がそれを考えてしまうほど、うちの家庭環境が大変になっていた。
「そう言えば、茜ちゃんは普段家で何をする…?」
「私?」
「うん」
「え…、何もしていない…けど?」
「えっ?一人でじっとしてるだけ?」
「部屋で宿題とか…、絵本見るの」
「一人じゃ寂しいよね…?」
うん、とても寂しいよ…。
「あの、寂しくなったらまた来てもいいよ。一緒に遊ぼう!」
「本当に…?」
「うん、僕も茜ちゃんと一緒に遊ぶのか好き!すっごく楽しいからね」
幼い頃はさりげなくお兄ちゃんのことを抱きしめた。恥ずかしい感情より嬉しい感情がもっと大きかったから、そしてそう抱きしめられてもお兄ちゃんは何も言わず、私の頭を撫でてくれる。今もそうやって撫でてくれるからとても好き…。
でも、時間は止まらない…、幸せな一時はあっという間に消えてしまう。
「今日はこれで帰るね!」
「また、遊ぼう!茜ちゃんバイバイ!」
「バイバイ!」
お兄ちゃんがドアを閉じると、先とは違う景色が見えてくる。
なぜあの家にいる時は思い出せないのかな…と、思ってしまうほど、家の帰り道はすごくつらかった。すぐ隣なのに、遠く感じられることまで…。
「……」
そして家に入った時の薄暗い景色が一番嫌いだった。
床に転がっているお酒の瓶といつも怒っているお父さんの声、今日もお母さんとお父さんは口喧嘩をしているように見える。だから居間の方には近づかない…、お父さんに見られたらまた嫌なことを言われるし…、殴られるかもしれない。
「!@$~$-%@*^$$@(@#」
部屋の中に引きこもって、外から聞こえる二人の声に耳を塞ぐ。
「茜ちゃんもいるからもう声下げて!」
「誰に向かって口聞いてんだ!そんなクソガキは知らん!」
「はっ…?今の話は何?それが自分の娘に言うことなの?」
もう、やめて…。
ガラスが割れる音とともにお父さんが階段を上る足音が聞こえて、私の体は震えながらその音にすごく緊張していた。「ドンドン!」と、強制的に扉を開けようとしたお父さんが大きい声で私の名前を呼んだ。でも、扉を叩く時点でもう私は何もできない状態だった。
ただ怖くて布団の中に隠れるだけ…。
「出て来い!茜!」
「やめて!茜ちゃんになにするきっ…!あっ…!」
そして止めようとするお母さんを殴って、床に倒れる音がした。
「お…、お母さん…!」
お母さんまでいなくなったら、私は本当に一人になってしまうかもしれない。
ふと、そう考えた私は開けてはいけないその扉を開けてしまった。すると、こっちを睨むお父さんと床に倒れているお母さんが見えて…どうすればいいのか、当時の私はよく分からなかった。
「茜も俺が負け犬だと思う…?はあ…?」
「何も…、私は何も…」
「なんだ…。その目は俺が怖い…?」
「……怖い」
「お父さんが怖いのか!」
「ごめんなさい…」
胸ぐらを掴まれて…、息苦しい。
「や、やめて…茜ちゃんに手を…出さないで…」
お父さんに殴られて鼻血が出ているお母さんが話した。
あの時、私を床に投げ出してお母さんを殴るお父さんの姿は…まるで化け物みたいに見えていた。それは人間なんかじゃないって…、私の力ではお母さんのことを守ってあげられない…。それでもお母さんは小さい声で私に話してくれた。
———逃げて…茜ちゃん。
お母さんを家に残したまま行きたくなかったのに、小さい私には何もできないからそのままお兄ちゃんの家まで走ってきた。涙を流しながらベルを押したあの時の記憶はとてもつらくて、怖くて、精神と心がすぐにでも崩れそうだった…。
「柊くん…!柊くん…!」
「あ、茜ちゃん…?どうした…?何か忘れた…?」
怖かったから…、目の前のお兄ちゃんを抱きしめた。とても悲しくて、体も痛くて、どうすればいいのか本当に分からなかったから…ただ、私の全てをお兄ちゃんが支えて欲しかった。
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