第9話 幼馴染を誘う
「本日はお時間をいただきありがとうございました。また会う機会があったら、次は中学生時代の後輩として先輩と語り合いたいです」
「そうね。その時は一緒にお酒でも飲んで語り合いましょう」
「了解です。それでは、失礼します!」
宮守さんは綾乃さんと俺に一回ずつ頭を下げ、去っていった。
後輩とお喋りできてご満悦そうな綾乃さんに、俺は言う。
「宮守さん、良い人だったな。純粋にアイドルが好きな感じで」
「あの娘は昔からアイドルに憧れてたからね。それにしてもアイドルが大好きなあの娘が雑誌ライターになって、アイドルに興味なかった私がアイドルになるなんて、皮肉なもんね」
「綾乃さんはアイドル好きじゃないのか?」
「べつに好きでも嫌いでもないわ」
素っ気なく言い放ち、また食べ物の店を眺める綾乃さん。
食いしん坊の彼女はまだ食べ足りないようで、ハンバーガー屋に目をつけて俺の手を引く。
庶民にはお馴染みであるハンバーガー屋の揚げたてポテトを齧り、その美味しさに唸る綾乃さん。
「ん~! やっぱり揚げたてのポテトは最高よね! お酒で一気に流し込みたいわ!」
「確かに美味いよな。冷めて萎びたのはアレだけど」
「だから即行でお腹に詰めるのよ。お酒とかコーラ、あとエナジードリンクで流し込むのがオススメね」
「最高に不健康そうな食べ方だな」
綾乃さんはアイドルなのに食事に気を使わなすぎる。
それでいて肌は綺麗でお腹も引き締まっているから不思議だった。
ポテトとハンバーガーを食べ終わった俺たちは、そろそろ帰宅することにした。今日は宮守さんという良いライターに会えたし、綾乃さんと一緒に美味しいものを食べたし、充実したデートだった。
来た時と同じくバイクに二人乗りして、夕暮れに染まる街並みを眺めながら帰宅した。
次の日、登校した俺は幼馴染たちとコンタクトをとる決意を胸に秘めていた。雪路は何の問題もないだろう。今までもちょくちょく話し合っていた仲だ。俺が頼めば綾乃さんと会ってくれるはず。
問題は暮葉のほうで、これは個人的な予想だが、彼女は恐らく俺の話に乗ってくれないと思う。中学生から疎遠になった俺たちの間には、まだ距離があった。とはいえ一応は話しかけてみよう。
昼休みになり、俺は意を決して教室を出る。
隣のクラスである二年B組を覗いて雪路がいないか確かめる。
……いた。なにやら一人の女子と会話している。あの娘は確か生徒会の書記だったような。お尻まで伸ばした超ロングの黒髪が特徴的な大人しそうな娘で、雪路が話すたびに少しおどおどした様子で頷いている。
「
「はい。副会長さんも頑張ってください!」
「ああ、それではな」
雪路は書記の女子と話を終え、教室の前にいる俺に気づく。
「お前がこちらの教室に出向くのは珍しいな」
「話があるんだ。綾乃さんに関係することで」
「なるほど、聞こうか」
綾乃さんが会いたがっているので近々遊びに来ないかと雪路に伝える。
話を聞き終えた雪路は眼鏡を指で押し上げて言った。
「すまん、最近は生徒会の仕事が忙しくてな。放課後も休日も時間がないんだ」
「マジか……そういや、さっき書記さんと話してたのは仕事の件についてか?」
「その通りだ。来月に体育祭があるだろう? 当日にとある新種目が開かれるんだ。副会長の俺や書記の胡桃もその種目の準備に忙しい」
「なるほどなぁ。お前もなかなか頑張ってるんだな」
「ふっ、いつもダラダラしているのはお前だけということだ」
ニヒルに笑う雪路に俺は苦笑いをする。
実に耳が痛い言葉だ。みんな高校生活を謳歌しているのに、俺は何をするわけでもなく惰性で日々を過ごしている。
「春希も何か打ち込めるものを見つけるといい」
「……考えてみるわ」
「そうしろ。これから昼飯だが、お前も一緒にどうだ?」
「いや、今日は遠慮しとく。昼休みのうちに会っておきたい相手がいるんだ」
「ああ、暮葉か」
どうして分かるんだよ。
何もかもお見通しの秀才眼鏡が若干怖かった。
雪路と別れ、B組の隣のA組に顔を出す。
暮葉の姿を探すが、教室内のどこにもいない。ドア付近にいた女子に暮葉の所在を聞くと、昼休みが始まった瞬間に教室を出ていったらしい。
「困ったな……暮葉がいそうなところは……」
アルビノの暮葉はどこにいても目立つ。
視線を浴びないために人気のない場所……図書館にいるかもしれない。
廊下を進んで図書館に行けば、暮葉がいる気配はなかった。
まだ生徒たちは昼食を楽しんでいる時間だから、人が少ない時間帯の図書館に行けば会えると思ったのにな。
「図書館より人が少ない場所となると……」
一つ思い当たる場所があったので、そちらに向かってみる。
一階に降りて下駄箱の横に位置する部屋の前に立った。
白いドアのプレートには『保健室』と記されている。
俺はスライド式のドアに手をかけ、ゆっくりと開いた。
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