第5話 学校にて
朝の日差しの眩しさで目が覚めた。
隣のベッドを見ると綾乃さんの姿はない。キッチンのほうで鼻歌が聴こえたので、俺はあくびをしながら身体を起こし、キッチンに向かった。
「おはようハルくん。もう少しで朝ごはんできるから待ってなさい」
俺よりも早く起きた綾乃さんは朝食を作ってくれていた。
慣れた手つきで卵の殻を割り、ボウルに入れて溶きほぐす。熱されたフライパンに卵が注がれると、ジュージューと気持ちのいい音が鳴った。
彼女が朝ごはんを作ってくれる日を迎えられるなんて感激だ。
てきぱきと料理を作った綾乃さんが食器を乗せたトレーを持ってテーブルに向かった。
「さあ、どうぞ」
「いただきます」
卵焼きと味噌汁、ご飯という和風の朝食をいただく。
卵焼きを齧るとふわふわで甘く、味噌汁を飲むと出汁や味噌の濃い味に舌が喜ぶ。美味すぎて箸が進み、すぐに食べ終えてしまった。
「ごちそうさまでした」
「おそまつさま。遅刻しないように、さっさと準備しなさいね」
綾乃さんはそう言うと、俺の分の食器まで片付けてくれる。
彼女というよりお母さんみたいだ……なんて言ったら怒られそう。
綾乃さんの背中にお礼の言葉を投げかけ、学校に行くための準備をした。
玄関で綾乃さんに見送られた俺は、エレベーターを使ってマンションの外に出る。学校までの距離は少し遠めなので、そのうちチャリを実家から持ってくる予定だ。しばらくは徒歩で我慢しよう。
学校に到着して教室に入ると、いつものように俺の席の隣で雑談する女子二人が見えた。未だに綾乃さんの活動休止がショックなのか、藤原さんが柳さんに泣きついている。
「うぇーん、またテレビや雑誌であやのんの顔が見たいよぉ」
「好きなだけ泣くといいよ。私が慰めてあげるから」
柳さんが藤原さんを抱きしめて背中を撫でる。
……柳さんって性格いいな。
クールな容姿なのに言動は穏やかで、男女別け隔てなく優しいからクラスでも人気がある。
藤原さんも快活で明るい正統派の美少女だし、そんな二人の触れ合いを近い距離で見ることができる俺は恵まれているな。
席に座り、小説を取り出して読む。
藤原さんと柳さんの声をBGMにしつつ、朝の読書を楽しんだ。
授業は何事もなく終わり、放課後。
鞄を持った俺は教室を出る。すると隣のクラスから見慣れた男が現れて、俺に声をかけてきた。
「春希、少しいいか?」
「何か用か、副会長殿」
我が校の生徒会のインテリ副会長であり俺の幼馴染でもある
「ここで話すと誰かに聴かれるかもしれん。人気のない場所に行くぞ」
「なんだ、告白でもしてくれるのか?」
「バカを言うな、俺に彼女がいることは知っているだろう」
そうなのだ、雪路には彼女がいるのだ。しかも校内でトップクラスに美人だと称される先輩だ。雪路自身も端正な顔をしているのでお似合いのカップルだと持て囃されている。
とりあえず話を聞くために人気の少ない校舎裏に出る。
雪路は眼鏡のズレを指で整えると、単刀直入な言葉を投げかけてきた。
「どうやら綾乃さんが戻ってきたようだな」
「どうして知ってるんだ」
「昨日の帰り道でお前の親父さんの車を見てな。その前で走行していたバイクの主が綾乃さんじゃないかと思ったんだ」
マンションに向かう最中を雪路に見られていたようだ。
長年の幼馴染相手に隠すことでもないので素直に頷く。
雪路は綾乃さんが帰ってきたことを知ってクールな表情を少しだけ緩めた。
「懐かしいな……綾乃さんが帰ってくるのは五年ぶりか」
「そうだな。お前がガキ大将やってた頃に町を出ていったからな」
「俺の黒歴史を掘り返すな。思い出すと恥ずかしくなる」
雪路は今でこそ理知的なインテリ眼鏡だが、小学生の頃は喧嘩っ早いガキ大将だった。昔の俺と雪路は頻繁に喧嘩をして綾乃さんに宥められたものだ。今ではさすがに拳で殴り合うような喧嘩なんてしないが。
「アイドル活動を休止したと聞いて心配だったが、すでにお前と会っているなら問題ないだろう」
「随分と俺を信用してくれてるんだな」
「べつにお前を信用しているわけではない。綾乃さんが拠り所にしていた男と再会できたことに安心しているんだ」
ツンデレみたいな台詞を言う雪路。
雪路は冗談を言うようなタイプじゃない。本当に俺はどうでもよく綾乃さんの安寧について安心しているのだろう。
しばらく雪路と昔のことを語り合う。
思えば、こうやって幼馴染と長く会話するのは久しぶりだった。
生徒会の副会長を務めるようになった雪路は会長のフォローや雑務で忙しく、俺は逆にやることもなく放課後は家でダラけていて、なかなか一緒に話す機会がなかった。
雪路はそろそろ生徒会の仕事に取り掛かるらしく、最後に校舎の二階――二年の教室があるほうを見上げて呟く。
「綾乃さんが帰ってきたことを知ったら、
「……そうだな」
もう一人の幼馴染の顔を思い浮かべ、少しだけ寂しさを覚えた。
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