6 旅立ち
結果的に鉱山で俺達を襲わせた黒幕は、やはりテオドールで間違いないということが判明した。
目的は無論、目の前で仲間の俺が嬲り殺しに遭う場面を見せつけることでセレスの心を折って冒険者を諦めさせるよう意図したもの。それを手土産としてランベールに取り入るのが当初の目論見だったらしい。
奴の目にはランベールの命を受けたカリスト・ビスタークのやり方は生温く映っていたようだ。その真の理由を知らずにいたために。
普通なら幾ら黄金級の冒険者が一緒とはいえ、五十人もの武装集団相手に無事生還を果たすなど考えないだろう。
その有り得ないことが起きたせいで、焦った奴は自ら墓穴を掘る羽目になったわけだ。
もっとも何もしなくとも以前より贈賄についての調査は密かに進められていたようだが。
収賄側のモントーレ議長を始めとする三人の審議員には厳しい処罰が下されるそうで、他の三名も止めることなく追従した点で責任は免れないとのこと。
近日中に審議員は総入れ替えになる模様だ。
当然ながら俺への嫌疑は晴れて無罪放免。鉱山でゴロツキ共を返り討ちにしたことも正当防衛が認められ、お咎め無しとなった。
これら一連の出来事は商会の利益を隠れ蓑にしたアンブロシアという邪教集団に洗脳されたが故の末路だった。最後に見たテオドールのあの様子では到底有意義な情報は引き出せそうにない。
そして、肝心の俺達はその後どうなったかというと──。
どこまでも澄んで拡がる青空の下、そうした光景とは不釣り合いな剣戟の音が辺りに鳴り響く。
その発生源は、言うまでもなく我が相棒にして黄金級の冒険者の肩書きを持つセレスからだった。現在、彼女は群れで襲って来たハイエナもどきな魔物を絶賛撃退中。
俺はといえば、背後に依頼主を庇いながらセレスの間合いの外にいる魔物を一匹ずつクロスボウで仕留めていく。
危険度Aランクの魔物相手にも引けを取らないセレスの前では、如何な群れであろうと街道を行く旅人を襲うくらいが関の山のハイエナ風情では所詮敵とはならず、程なくして僅かな生き残りが這う這うの体で逃げ出すのに必死の有様だった。今回は討伐が目的ではないので、後を追うようなことはしない。
「いやぁー、助かりました。さすがは黄金級冒険者が率いるパーティー。あの忌々しい魔物共をあっさりと蹴散らすとは。私が用意した依頼料ではせいぜい紅鉄級の冒険者を警護に雇うのに精一杯と思っておりましたが、よくぞ引き受けてくださいました」
「いえ、私達としても同じ目的地へ向かうところでしたので、馬車に同乗させていただいた上、依頼料までいただけるのですから願ってもないことです」
魔物を迎え撃つため、街道脇に停めていた馬車に再び乗り込みながら、依頼主である商人とそんな会話を交わす。
俺とセレスは今、領都を出てドワーフ達が中心となった国、ハンマーフェローへと向かっている途中だ。旅程としては大体、五日から六日ほどの予定。
その後はルタ王国に戻って王都に行くことになるだろうから、再度クーベルタン市を訪れるとしても恐らく半年か一年は先の話に違いない。
つまり、セレスが次に実家に帰れるのもそれくらい長くかかるということ。
俺は隣で愛剣の手入れをするセレスに、思わず訊ねた。
「ねえ、本当に領都を飛び出して来ちゃって良かったの?」
「何よ、今更ね。二人で決めたことでしょ。確かに妹達には泣きつかれて大変だったけど、あの子達も来年には王都の寄宿学院に通うことになるでしょうから、そうしたら毎日会えると言って納得させたわ。それにランベール兄様への誤解も解けたことだし、思い残しはないわね」
そうなのだ。何のことはない、ランベールが執拗にセレスを冒険者から引退させようとしていたのは、妹を危ない目に遭わせたくないという彼の重度なシスコンっぷりが原因に他ならなかった。
「思い出すなぁ。セレスの母君が亡くなって初めて腹違いの妹がいると聞かされた時、我が家へ引き取るよう強弁に主張したのはランベールだったものな。一人になった実の娘を放って置くのかと、それはもうすごい剣幕で父上に詰め寄ったのを今でも憶えているよ」
テオドールを退場させた後、ギュスターヴが懐かしそうに当時の想い出を語った。
セレスはセレスで何か気付いた点があるようだ。
「……今のギュスターヴ兄様のお話を聞いて、私も思い出したことがあります。私が領主家に引き取られて間もない頃、淋しくてずっと泣いていたら、ある日ふと窓の外に誰かの気配を感じて。近寄ってみたところ、水滴で曇った窓硝子に花やら動物やらの落書きがしてあったのです。それからは毎日、代わる代わる色んな絵がいつの間にか描かれるようになって、それを見るのが楽しみになったおかげで、淋しさを紛らわすことができました。ずっと妖精の仕業と信じていたけど、今思えばあれはランベール兄様だったのですね?」
そう訊かれてもランベールは終始無言のままだった。まるでイタズラの見つかった少年がバツの悪さを隠しているようにも見える。
「巷では弟が次期領主の座を狙っているとの噂もあるそうだね。それについてはどうなんだい?」
ギュスターヴが茶目っ気たっぷりにそう訊ねた。
「恐れ多いことに他なりません。私は己の分というものを弁えているつもりです。確かに実務についてはそれなりに自信がある。しかしながら、私に人の上に立つ器量はありません。そのような役割は兄上のような方にこそ相応しい。私は私の立場を全うするだけのこと」
ランベールが気負いのない様子でそう答えた。恐らく、それは彼の本心に違いあるまい。
「私はそうは思わないんだがねぇ。私に務まるのならお前にだってやれるだろうに」
「兄上は御自身の才覚を謙遜しておられる」
「まあ、そういうことにしておこうか。それならセレスはどうなるんだい? 妹はいつまでも自分が見守っていないと、外を歩くこともできないか弱い存在だと?」
それは、と言ったきり、ランベールは口籠る。彼にも過保護という自覚はあったみたいだ。
「ランベール兄様。兄様が私を心配してくださる気持ちはよくわかりました。ですが、私はもう泣いてばかりいたあの頃とは違います。自分の進む道は己で切り拓く覚悟でいます。例えその結果、傷つき、どこかで倒れるようなことがあっても後悔はしません。それは私が望んだこと、私が欲した未来なのです」
セレスはランベールを真正面に見据えながら、そう話した。
その視線に一瞬ランベールはたじろいだかに思えたが、尚も彼はこう答えた。
「……それでも私は反対だ」
結局、その後兄妹で何度か話し合った末、過度の干渉は控えるとの確約をランベールから得たらしい。その内容までセレスは詳しく教えてくれなかったけど、実際、以降はビスターク商会の圧力がピタリと止んだことから、約束は守られているようだ。
従って領都に留まっていても冒険者を続けることは可能だった。しかし、俺達は迷わず新天地を目指すことにした。
俺の場合はドワーフの鍛冶師に遭って銃を手に入れたかったことが主たる理由だが、セレスはやはり俺を心配しての同行だろう。
俺がいつかセレスと肩を並べるような冒険者になれたら、その時は袂を分かつことになるかも知れないが、それまでは有り難く彼女の心遣いに甘えるつもりだ。
なお、保険に関してはちゃっかりとビスターク商会が商品化していた。そこそこ評判になっているようだ。無論、俺に不平や不満はない。
「ユウキこそ、良かったの? ランベール兄様の申し出を断って。折角、私達、姉妹になれるチャンスだったのに」
忘れようとしていた悪夢をセレスが面白半分に蒸し返したことで、俺は回想から再び現実へと引き戻される。
セレスの言う通り、あの一件からしばらく経った頃、何の予告も無しに突然宿屋にランベールが例の豪奢な馬車で乗り付けて、どういうわけか俺は求婚されたのだ。恐らくあれは求婚と呼んで差し支えなかったと思う。
「幸いにして私は家督を継ぐ立場にはない。よって妻が平民であってもさほど問題はなかろう。場合によっては他家の貴族の娘を娶ることになるやも知れぬが、その際でも正妻の立場は保証しよう。それならば文句はあるまい」
女性蔑視の傾向はこの世界において彼だけが特段そうというわけではなく、やや狭量で独善的な面があり、何を考えているのかさっぱり掴めない上、妹のためなら職権や立場を乱用することも厭わない極度のシスコンでもあるが、悪い人ではないのだろう。
いや、たぶん、きっと……そうに違いない。
さて、嫌な記憶はすっぱりと忘れて、目の前のことに意識を集中しよう。
「ユウキはハンマーフェローに着いたら、何をしたい? 鍛冶師のことは別として」
「そうだな……」
俺はあれこれ考える。
「まずは美味しいものをいっぱい食べて、それから珍しい場所を沢山見て廻りたいかな」
「何よ、それ。そんな目的で他国を訪ねる人なんていないわよ」
〈そうなんだ。元の世界じゃ観光は当たり前の理由なんだけどな〉
旅をするのも命懸けなこの世界では、そんなお気楽な目的は通用しないらしい。
「じゃあ、そう言うセレスは何を?」
「私? 私はそうねぇ……やっぱり冒険かな」
その意味を把握するのに一拍遅れて、俺は吹き出した。
「アハハ、何だかセレスらしいや」
「ちょっと、今一瞬、呆れたでしょ」
さあ、どうだろう、とか、胡麻化されないわよ、とか、そんな感じでセレスとじゃれ合っていると、ふと背後から誰かの声を聞いたような気がした。
振り返ってみるが、無論そこには誰もいない。
気のせいかと思い直した俺の頬を一陣の風が撫でて通り過ぎた。
──………………して。
《クーベルタン市編 完》
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