6 新たな依頼

「ほら、ユウキ。そっちに一匹行ったわよ」

「わっ、ちょっと待って。まだ矢の再装填リロードが間に合ってない」

 セレスは自分で何とかしろと言いたげに、そっぽを向いて次の獲物に取り掛かる。俺は手にしていたクロスボウを投げ捨て、腰からサブ装備である短剣を引き抜いた。

〈頼んだぞ、魔眼〉

 眼の前の視界が一瞬、歪んで突進してくるヌートリアに似た魔物の表面に網目状の黒い靄が現れた。

 俺はその継ぎ目に当たる部分の最も濃い箇所を目がけて、短剣を突き立てた。

 ランベールと遭った翌日。一日を経て気を取り直したセレスと共に、今日は珍しく狩りの依頼だ。

 といっても相手は危険度Eランクの魔物。討伐というより害獣駆除の意味合いが強い。それでも一体一体は大したことがなくても数が集まるとそれなりに厄介だ。

 広範囲に散らすと面倒なので、今回はセレスも殲滅に加わっている。

 そんな俺の心強い助けが、先程使った相手の弱点を見極める魔眼の力。

 以前は自分に魔眼を掛けるという荒技でしか使えなかったが、一度無理矢理に経験したせいか、何度も練習を繰り返すうちに、念じるだけで使えるようになった。頭の痛みも前ほどは激しくない。

 自分が対象だからだろうか、効果は一時間持続しその間は掛け直すことができないという魔眼の制約も関係ないようだ。任意に掛けたり解いたりできる。

 もっとも他人に掛ける魔眼と違って発動している間は常に疲労が蓄積していくので、使い放題というわけにはいかない。

 それともう一つ、〈視える〉のは弱点だけでないことがわかった。

「セレス、こっちに魔素マナの流れがある。たぶん、その丘の向こうにいるわ。数は五匹ほど」

 俺は足許から視線を上げて、セレスにそう伝えた。

「はぁ、それってホント、便利よねぇ。フィオナが知ったら絶対寄越せって言うわよ」

 そうなのだ。この魔眼は魔力の痕跡を映すものらしい。弱点が視えるのもその応用ということだろう。

 従って、魔物が辿った道筋や障害物越しに隠れている魔物を発見できて、斥候をするには役立つことこの上ない。

 一応、セレスには魔眼ということは伏せて、探知系スキルとして話してある。

「そんなことより私が風下からセレスの方に追い込むから、あとは宜しく」

「まあ、この役割分担ならしょうがないわね。コースを外れた分はユウキが処理するのよ」

 俺は頷いて、所定の位置に向かう。

 その背中越しに、我が子の成長を見守る母親のような眼差しで満足げに微笑むセレスを辺りの草木だけが見ていた。


「こんにちはー」

 俺は元気よく声を上げながら、木製のドアを潜る。初めは見た目に合わせて意識的に行っていたのだが、いつの間にか自然と振る舞えるようになってしまった。

 その俺の後ろからセレスがやや控えめに続く。

「何だ、お前達か。相変わらず騒々しいな」

 五十坪ほどの店内。その突き当りのカウンター奥から現れた髭面の中年男性が呆れたようにそう口にした。

 ここはクーベルタン市にある武具防具屋の一軒で、彼はこの店の主人だ。

 その風貌からドワーフを見たことのない俺は最初会った時、彼こそそうに違いないと勘違いしてしまったが、これでれっきとしたヒト族だ。実に紛らわしい。

 品揃えや価格は他店と大差ないが、修繕の腕が良いということでセレスが懇意にしていたことから、今では俺も足繁く通う常連客の一人だ。

「それで調子はどうだ?」

 俺が背中から外したクロスボウを受け取りながら、店の親父が訊ねる。

「悪くはないけど、ちょっと右に逸れるみたい」

「ふん。生意気を言いよって。どうせ腕のせいだろうと言いたいところだが、確かに替え弓に捻じれが出ているな。調整してくるから少し待っていろ」

 そう言うと、店の奥に引っ込んでしまう。

 俺は調整が済んでクロスボウが戻って来るまでの間、掘り出し物がないか店の中を見て廻る。向こうではセレスも似たようなことをしていた。

「そういえばここにも銃は無かったんだよな」

 壁に掛けられた各種の剣や弓を眺めながら、俺は小声で独語する。

 この世界にも銃があると聞いて、もしやと思い、領都中の武具屋を探して見たのだが、そんな時代錯誤の武器は売れっこない、とどこも扱っていなかった。

 王都の武具屋ならもしかしたら置いているかも知れない、と言われたが、やはり確実を期すなら隣国のドワーフの都市に行くのが一番だろう。向かうとしてももう少し経験を積んでからの話だが。

 しばらくすると、調整し終わったクロスボウを手に店の親父が再び現れる。

「ほれ、済んだぞ。これで外すようならお前さんの腕が悪いということだ。まあ、わざと不良品を売りつけたと思われるのは心外だから、今回の調整代は只にしておいてやる。次からはしっかり取るがな」

 そもそも冒険者の装備一式──量産品だが物は良いと言われたクロスボウと矢筒、予備の武器である鋼の短剣、後衛を務めるならとお勧めされたハードレザーの鎧に、水薬ポーションや道具類を納めるベルトポーチなど──は全部ここで買い揃えたのだから、それくらいしてくれても罰は当たらないと思う。

 おかげで数ヶ月は物見遊山できると思っていた手持ちの資金は、今や底を突きかけている。受けられるのは細々としたものばかりとはいえ、こうなっては冒険者ギルドの依頼だけが頼みの綱だ。

 ちなみに兜は無しだ。これには次のような理由がある。

 主に魔物を相手にする冒険者は一対多数になる場面が多い。目の前の敵だけでなく周囲全体に気を配らなければならないから、視界や聴覚を悪くする兜や面頬は避けられる傾向にあると言う。また、顔を売ることで名声を得ようという意識も少なからず働いているようだ。

 俺の場合は魔眼を使いやすくするためだけどね。

 逆に領軍では複数で敵を取り囲む戦術を基本としているから、味方の誤爆を防ぐ意味でも全身を隙間なく覆う防具が好まれる。そういえば後衛職の回復役も皆、兜を被っていたっけ。

 そんなことを思い出していると、髭面の店主が今度はセレスに声を掛けた。

「そっちの腰の物はどうだ? ついでに見てやるぞ」

 セレスが愛剣を剣帯から外し、鞘ごと親父に預ける。

「相変わらず見事な出来だな。さすがは昨今の若手では一番と評判のドリルの作。いつみても惚れ惚れするわ」

 ドワーフらしく何だか穴が掘れそうな名前の人が出て来たが、恐らく偶然だろう。

 剣を鞘から引き抜き、頭上にかざしたり横から覗き込んだりしてひと通り眺め廻すと、これなら何もする必要はない、とセレスに返却する。

〈もしかして鑑賞したかっただけなんじゃ……?〉

 セレスが苦笑いを噛み殺しているところを見ると、どうやらそうみたいだ。

 ゴホンとわざとらしく咳払いをして胡麻化しているがバレバレだよ、親父さん。

 まあ、好きな物に心を奪われるのは万国ならぬ万世界共通に違いない。


 武具防具屋で必要な用事を済ませた俺達は、その足で依頼の達成報告のため冒険者ギルドへと向かう。

「そういえば前から疑問に思っていたんだけど、ギルドへの報告って依頼を完遂した証拠はいらないの? 例えば討伐した魔物の一部を持ち帰るとか」

 基本的に売却できる魔物素材は荷物の容量が許す限り持ち帰るが、今回のように使い道のない獲物の場合はすべて現場で処分してしまう。これでは本当に依頼を達成したか、確認しようがないと思うのだが──。

「御心配には及びませんよ。無事、依頼が達成されていればわかりますから」

 そう答えたのは受付に坐るギルド職員のお姉さんだ。

「依頼主から文句クレームの出ないことが何よりの証明になります。それにこの仕事は信頼関係抜きには成り立ちませんからね。原則として冒険者の皆さんの報告は信用していますよ。それでも万一、報告に疑問が生じればギルドが別の冒険者を雇って調査します。それで虚偽の報告が発覚した場合、掛かった費用は全額負担の上、冒険者登録を剥奪されて追放というのが相場です。なので、わざわざ嘘の達成報告をして依頼料を騙し取るくらいなら、素直に失敗を申告した方が遥かにプラスですね」

「そうそう。だから余程特殊な事情、例えば一度に駆除できなくて討伐した数に応じて報酬が支払われるとか、そんな場合でなければ証拠を持ち帰ることはないわね」

 セレスもそう言った。信頼関係があってこその職業だから、物証を必要としない反面、それを揺るがす事態には採算を度外視しても徹底的に究明するという姿勢のようだ。

 そんな話をしながらひと通りの報告を終えて報酬を受け取った俺達に、受付のお姉さんがカウンターから取り出した真新しい依頼書を見せて、言った。

「セレスさん達に指名依頼が入ってますよ。こちらになります。ギルドの難易度査定では紅鉄級以上となっていますね。もちろん、セレスさんがいれば問題ありません。お引き受けになりますか?」

 俺達に指名依頼? ビスターク商会の圧力のせいで普通の依頼ですら満足に受けられないのに、その大店を敵に回してまで俺達を指名してくる酔狂な依頼人は誰だろうと雇い主の欄を見ると、予想通りと言うか、他に考えられないと言うか、やはりメルダース商会だった。

 新興勢力である彼等にとって、既成の権威との衝突は避けられないということだろうか?

 内容は商会が所有する鉱山の調査。数日前から抗夫が行方不明となる出来事が何件かあり、その原因を調べて欲しいというものだった。

「どう思う?」

 俺はセレスに意見を求めた。彼女は首を少し傾げて口を開く。

「鉱山の探索か……正直言って狭い場所は私の得意フィールドではないし、今のユウキの装備では少々荷が重いかも知れない。ただ、迷宮や遺跡の探索は冒険者である限り避けては通れない途だし、そのための小手調べとして経験しておくのは悪くないと思うわ。いずれにしても決めるのはユウキよ。それを判断するのも冒険者として必須の技能。私はリーダーであるあなたの決定に従うだけ」

 セレスがリーダーは俺だと告げたことに受付のお姉さんは目を丸くしているが、あくまで成長のための一時的なことだと思うので、気付かなかったふりをする。

「うーん。依頼は原因の調査なんですよね? 解決ではなくて?」

「え、ええ。依頼書ではそのようになっていますね」

 だったら原因が判明した段階で、自分達の手に負えそうになければ引き返しても構わないわけだ。そう考えて、俺は覚悟を決めた。

「わかりました。引き受けます」

 こうして俺はセレスと共に初のダンジョン探索に挑むこととなった。

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