第13話




 場所を変え、街の郊外にある喫茶店へ。


 それぞれ珈琲や紅茶、ビスケットなどを頼み、ゆったりと落ち着いた雰囲気の中で話は始まった。


「さて、私はヒヒイロカネ等級冒険者のニニィだ。この子はセレス。友人がギャングの連中から助けて知り合い、それから色々とあったが身元がわからなくてな、今は私の義理の娘と言うことになっている」


「私はラトリアと言います。おそらくご存知ではないでしょうが、召喚士の里からやってまいりました。龍神の巫女……いえ、セレスさんの故郷でもある場所です」


「ほう、やはりそうだったか。詳しい話は追々として、そこの二人は?あなたの護衛、といった所か」


 ニニィの視線がこちらに向く。


 こういう時、戦闘の経験が浅いか無神経であれば平気でいられたのだろうが、下手に経験があるせいで彼女に見つめられただけで嫌な汗が吹き出てくる。


「ミスリル等級冒険者のドーランだ。今はラトリアさんの護衛やってるぜ、よろしくな」

「……私はオルステッド。表向き、フランクラッドの元・近衛兵団長ということになっている」


「表向き……?」


「実際は近衛兵団長のままだ。亜人差別によって地位を追われたというカバーストーリーを付けて、ムジカの動向を探るためにしばらくイヴリースに潜入していた。いわゆるスパイという奴だ」

「うぇ!?そうだったの?!!」

「あら、気付いていなかったのですかドーランさん。あれだけ話してくれたのに」


 ドーランが急に叫び声をあげたものだから、思わず驚いてびくりと彼女から身をそらしてしまった。


 まったく心臓に悪い。それに、これから真面目な話をしようとしているのに、どうにも気が狂う。


「ンフフ……思ったよりは愉快な連中だな」


「あ、いや、面目無い。このあたりはっきりと説明していなかった私が悪かった」

「アタシちゃんと言ってくれないとわかんないからさ〜。急にでっかい声出してごめんな」


 常にぴりぴりと緊張している私と比べて、ドーランは随分と落ち着いている。初対面の相手への距離の詰め方は相変わらずの早さだ。


 見ていてヒヤヒヤするが、意外にもニニィはさほど気にした様子もなく小さな子供でも見ているかのように穏やかな表情でドーランを眺めている。


 彼女の200歳超えという年齢から考えれば、20歳そこらのドーランなんて小さな子供も同然なのだろうが。しかし200歳なんてエルフでも充分すぎるくらいに年寄りの部類だが、本当にそんな年齢なのかと疑うほどに若々しい。


「ニニィさんもだいたいの予想はついたでしょうが、私達は現イヴリース最高指導者のムジカ様を裏切り、あの方の目的を阻止するために出奔してきた者です」

「ムジカ……あぁ、オラクルでセレスを攫いに来た連中の。だが、そこのエルフは兎も角、二人は何故裏切った?連中の仲間が変化したあの怪物、私でもあんなものに複数集られれば手に余る。どう考えても数人そこらでは勝算が無いだろう」


 彼女は珈琲に口をつけて一息挟むと、先程とは打って変わって鋭い視線をラトリアへと向ける。ここからが本番と言うことらしい。


「そもそも、私はあのムジカとやらが何をしようとしているのか掴みきれていない。セレスを攫おうとした事から、件の『龍神』に関係していると考えたが、どれほど龍神が強大な力を持つ存在だとしてもまさか龍神の力を手に入れる事が目的だとは言わないだろう。龍神の力を使ってやろうとしている何か、更に先があるはずだ」


「ええそうですね。貴女の仰る通り、龍神そのものは目的ではありません。あの方の目的は、龍神の力を利用してマギステアの龍脈を完全に支配する事にあります」


「龍脈……亜人種を怪物に変化させるろくでもない代物だな。私の知っている事はそれぐらいだがねえ」


「今はそれだけで抑えられている、というのが現状です。本来の力はもっと恐ろしい、あらゆる生物の生き死にに直結するような、正に神の如き力なのですから」


 ニニィの瞳がきゅっと細くなった。

 ラトリアからこちらに視線が向けられ、頼みますと言うように小さく頭を下げられる。


 彼女の考えを察した私は周囲の席についている人々に重ならず、このテーブルを囲む5人だけを包むように魔法による防音結界を展開した。


「端的に言いますと、龍脈、あれは先代の龍神の死骸です。それも単なる死骸ではなく、死を願う呪いが込められた呪物。ムジカ様、いえ、カジム様はあの呪いを今代の龍神の力によって完全なものとし、召喚士以外の全ての人間を滅ぼす事が目的。……あくまで里のご老人達から聞いた内容を繋ぎ合わせただけのものですが、始まりはカジム様と勇者の出会いからでした」


 そうして、ラトリアが話し始めたのは、この場で彼女以外誰も知らなかった、遥か昔の話だった。






 かつて、世界中に国がたった一つしかなく、デュレシア大陸の全てがフランクラッド王国に支配されていた頃の話。まだ、召喚士が世界中にあふれていて、珍しい存在では無かったころ。


 国の頂点こそ基人族ヒュームだったものの、それぞれの種族の力関係は均衡を保ち、互いに牽制し合うことで平和が保たれていた。



 中でも、均衡を保つ上で特に重要な役割を持っていた者がそれぞれの種族に一人ずつ。


 獣人族スロゥプには、魔物達の魂と深く繋がり、その身を強大な魔物へと転じさせて力の数々を思うがままに振るうことの出来る『聖獣』を召喚する究極召喚の力を持った者が。


 洞人族ドワーフには、無限の力を持った人型の不滅のゴーレム、『ホムンクルス』を召喚する究極召喚の力を持った者が。


 基人族ヒュームには、人の姿を持った調和の神である『勇者』を召喚する究極召喚の力を持った者が。


 そして、森人族エルフには、龍の姿を姿を持った混沌の神である『龍神』を召喚する究極召喚の力を持った者が。


 どれをとっても、一つの種族を絶滅させる程度なら有り余るほどの力。互いにその脅威を知っているからこそ、限られた資源の奪い合いや武力による衝突は滅多に起きることは無かった。



 そんな時代に、カジム・ニグ・デアロウーサはフランクラッド王家に仕えるとある貴族の嫡男として生を受けた。当時、フランクラッドにおけるエルフの代表と言っても過言ではない権力を持っていた大貴族。


 父はエルフ。

 母はヒューム。


 召喚士であった父の面影を色濃く受け継いだ彼は、父と同じく召喚士としての力を持って生まれた。なかなか子宝に恵まれない中で遂に産まれた男児という事で、カジムは大切に育てられた。彼自身、元来の穏やかな性格もあって、すくすくと成長した彼は貴族の跡取りとして申し分ない好青年に。賢く、そして暖かな思いやりの心を持っていた彼は領民からの信頼も厚く、将来は安泰かと思われていた。



 彼の、力が目覚めるまでは。



 ある時、当時『龍神』の究極召喚を持っていた召喚士が亡くなった。死因が何であったかは不明だが、その死が引き金となって、カジムに『龍神』の究極召喚の力が宿ったのだ。


 龍神は恐ろしき混沌の神。

 力が宿った印である痣が彼の右手に浮かび、国は大いに荒れた。



 元々、貴族として大きな権力を持っていた家だ。


 その嫡男が究極召喚の力までも手に入れたとなると、実質的な権力は彼が最も大きいのではないかと騒がれるのに、そう時間はかからなかった。中にはフランクラッドの王座を簒奪するのではないかという噂まで流れる始末。


 勿論、そんな事をしても意味がないことを理解していたカジムに、王座を簒奪する気なんて全く無かった。それに、それ以上に大切な事が彼には控えていたから。


 成人一歩手前であった彼は、許嫁との結婚を控えていた。

 相手は同じくエルフの貴族の女性。許嫁とは言うが、幼い頃から家族同士の付き合いで顔を合わせていた二人はとても仲が良く、そんな様子を見て両家の当主が決めた事であるため、半ば恋愛結婚のようなもの。


 大切な幼馴染との結婚以上に重要な事なんてあるはずも無い。


 だが、そんな彼の幸せを引き裂くように、またしても悲劇が彼に降りかかる。



 彼に、『勇者』の究極召喚の力までもが宿ってしまったのだ。


 原因は龍神の時と同様に、勇者の究極召喚を持っていた者が死亡したため。世界でも随一の召喚士としての才を持つ彼のもとに、勇者の究極召喚が受け継がれるべきヒューム血が半分流れているその身体に、勇者の究極召喚は彼こそが持つべきものであると選び、宿ってしまった。


 先代が死亡した原因は国内での小競り合いにあった。

 エルフを代表する貴族の嫡男が龍神の究極召喚を得てしまったことから、ヒュームとエルフの間で余計な手出しをする者が現れたのだ。


 召喚士とは究極召喚を持たずとも、魔物の力を自在に操る強きもの。力に訴えようとする者の鎮圧に向かう者、素早く動かせる武力として、召喚士は率先して危険の前に立つ。だが、どれだけの力を持っていようと同じ人、時には殺されることもある。


 そして、死んだ。




 『龍神』と『勇者』。

 2つの究極召喚を一人の人間が手にするなど前代未聞。


 しかも、ハーフとはいえエルフの代表とも言える男の手にそれが渡ってしまったが為に、ヒュームは実質的に『勇者』の力を失ってしまったのだ。


 均衡は、崩れた。

 力を失ったヒュームは、もはや他の種族には並び立てない。

 それだけでなく、2つの究極召喚を手にしたエルフを、スロゥプとドワーフは恐れた。



 権力を安定させるために、貴族たちの間では連日話し合いが行われた。それに伴ってカジムの婚姻は取りやめとなり、種族間の権力バランスを取るために彼の正妻として王の娘、つまりヒュームの女性があてがわれる事となる。


 元々正妻となるはずだったカジムの幼馴染は側室として迎えられる事になった。もちろん、カジムもその幼馴染も反対だったが、国の崩壊がかかっている以上、反対したところで意味などない事は明白だった。



 だが、悲劇の連鎖は止まらない。



 功を焦ったのか、恐怖からだったのか、当時のマギステアに位置する地域を治めていた貴族の一人が、彼に刺客を放ったのだ。


 カジムが死ねば、再び2つの究極召喚は再分配され、4種族に均衡が戻るはずだと。


 しかし、結果として刺客はカジムを殺害するに至らず、彼を守ろうとした婚約者を誤って殺害してしまった。


 カジムが誰よりも大切に想っていた女性。

 彼女を殺された事で、彼は壊れてしまった。


 怒り、恨み、呪い、哀しみ。ありとあらゆる感情が彼の中でどろどろと混ざり合い、遂に化け物を産み出す。


 彼の怒りの矛先は、召喚士以外の全ての人類へと向けられた。



 周囲の静止を振り切り強行した勇者の究極召喚。

 当時のフランクラッド王国を崩壊へと導き、マギステア聖国が産まれる切っ掛けとなった戦争が始まった。


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