第11話
冒険者酒場の戸をくぐると、先程までの緊張した空気は何処へやら、時間が夕暮れ時と言うこともあって仕事終わりの冒険者達で大変賑わっていた。
しかし、マギステアの冒険者酒場とは趣がだいぶ違う。
あちらの建物の内装はもっと庶民的な、素朴な雰囲気の漂う落ち着いたデザインだったのだが、こちらの内装はリゾート感溢れる造りになっていた。
一つ一つのテーブルに飾られた生花とアロマキャンドルに、低めの天井から吊り下がる丸みを帯びたペンダントライト。
どこかヤシの木の実を彷彿とさせるような形のペンダントライトからはほのかなオレンジの光が広がり、暖かな雰囲気を演出している。
「(酒場というか、リゾート風の内装って感じがするな)」
だが、流石にここは冒険者が集まる場所。
食事中の冒険者達の話に耳をすませてみれば、物騒な会話が聞こえてくる。
「そういやぁユミトモンテの方ででっけえドラゴンが暴れてるらしいぜ」
「また例のあれだろ?炎と水の2属性を操るドラゴンって。この間は樹海の民のエルフ達が似たようなのに襲われてたし」
「ああ、ワシもその件では救援に向かったが酷いもんじゃった。老人から乳飲み子まで、逃げ遅れたやつはみんな喰い荒らされちょった。肝心のドラゴンも竜鉄等級の連中が10人近く集まってやっと倒せたんだからもう滅茶苦茶よの」
「爺さんアレと戦ったのかよ……」
「あんな化け物、二度とごめんじゃよ」
「近頃起きるらしい戦争でイヴリースは生物兵器を投入するらしいぞ。フランクラッドはどちらとも隣接してるし、大変なことにならないと良いんだが」
「生物兵器って、何考えてんだあの国。マギステアは大丈夫なんだろうな。なんだかんだ、あの国があったから人種間の睨み合いも硬直してたところはあるし」
「マギステアは怖いが、無くなったらそれはそれで一気に世界情勢が動くからなあ。六大聖天がまさかイヴリースの連中にやられるとは思えないがなあ」
聞こえてくる会話の中で特に気になったのは、自分と似たようなタイプのドラゴンが各地で暴れているという噂と、マギステアとイヴリースの戦争についての噂。
イヴリースが投入しようとしている生物兵器の話を耳にして、その正体が何であるかはすぐに予想がついた。
結論から言えば、別段特別なものは戦争に使うつもりは無いのだろう。亜人をマギステアの土地に長期間置き続けるという事自体、とてつもない脅威になるのだから。
彼等はフランクラッドまで危険に晒されないかと危惧している様子だが、その恐れはおおいにある事も予想された。
オラクルで戦った、あの聖獣もどきと言われていた怪物。あれに襲う対象をいちいち選ばせるような判断力があるとは思えない。戦線から離脱したものが数匹フランクラッドに飛んでいったりなんて事はかなりの確率で起こりうる。
人があれに対処することになれば、ニニィのような圧倒的な強者が居ない限り被害は膨大になるに違いない。
そして、もう一つ。
自分と似たようなドラゴンについては、定かではないが近いものについて聞き覚えがあった。
『ムジカ様は確かに、あれは紛い物だと。ブラフの為の偽物を創り出したと』
聖獣もどきへと変化したエルフの男が、酷く狼狽した様子で言っていた言葉だ。
彼の言っていたことが真実ならば、僕もまたそのブラフのために創り出された偽物の一体なのだろう。たまたま僕は心を持った状態で産まれたが、本来であれば他のドラゴンと同様に各地で暴れ回っていたに違い無い。
「(しかし、ブラフとは何なんだ? 本物の龍神が存在したとして、強大な力を持っているのなら見つかったところで易易とやられはしないだろうに。どうしてマギステアの注意を分散させる必要があったんだ……?)」
「セシルさん、どうかしましたか?」
少し、思考に集中しすぎたらしい。
不安そうな表情をしたウィニアさんが僕の顔を覗き込んでいた。
いつの間にか眉間に皺も寄っていたのか、顔に強張ったような感覚があった。
「あ、いえ。少々考え事をしていただけで」
「そうでしたか。なんだか怖い顔をしていたので、心配になりました」
「まあ……近頃のドラゴンの事件について気になって」
「確かに、そうですねぇ。特にセシルさんは」
彼女は僕の正体を知っていたからか、納得したような表情になってそう言った。それに、彼女としても、僕と似たような特徴を持つドラゴンが暴れていると言うのは気になるところだったのだろう。
「さ、こっちの部屋に入ってくれ」
酒場の飲食エリアの空いた席にでも座るのかと思っていたが、カティアさんは我が物顔で受付カウンターの奥へと進み、そして作業スペースの奥にある扉を開いた。
どういう事なのかと困惑する僕の手をウィニアさんが引っ張り、部屋の中央にテーブルを挟んで並べられていたソファへと座らされる。
「ええと、これはどういう」
「うむ、そうだな、セシル……だっけか? キミは私が何者かは知らなかったな」
並んでソファに座ったこちらと向かい合うように、反対側のソファにどかっと腰を下ろした彼女。
彼女はゆったりと足を組み、首から下がっていたペンダントをこちらに見せる。
「カティア・ヘルムート。レインツィア冒険者酒場の管理を本部から預かっている。まあ気軽にカティアさんとでも呼んでくれ」
「つまり、ここで一番偉い、人……?」
「ハハハ!そうだな、そういう事になる。先程は見苦しいものを見せて悪かったなあ。色んな人間が集まるからちょいちょいああいう馬鹿が出るんだが、悪いタイミングにぶつかったもんだ」
「あ、いえ、なんと言うか災難でしたね。って、ヘルムート……って」
ふと、ラバルトが前に言っていたことが頭に浮かんだ。
確か彼が亜人を助ける理由は、自身の正義感とそれと妻の為、だったか。
同じ苗字。偶然だとは思うが、それが引っ掛かって思わず問い掛けた。
「あの、カティアさん。ラバルト・ヘルムートって名前に、聞き覚えはありませんか?」
「え、そりゃあウチの旦那の名前だけど……もしかして、会ったことある?」
「マギステアで亜人の救助活動を行ってる方ですよね、以前お世話になりました」
十中八九偶然だろうと思っていたのだが、なんと当てずっぽう極まりないこの予想は的中していたらしい。
驚いた様子の彼女にラバルトの活動の事を話せば、彼女はうんうんと頷く。
「そうか、そんな事が。まああの馬鹿の事だから、世話になったのはあいつの方だろうが」
「はは……そんな事ないですよ」
なんだかんだ、彼の大雑把な明るさには振り回されつつも暖かみを感じていた。
ニニィなんかは特に、人と会話する事もほとんど無かったようだから、彼のおかげで対人での苦手感情はいくらか和らいだのではないだろうか。
「しかしまあ、あいつもよくやるよ。私なんかとっくに諦めているんだがな」
「? 何を、ですか?」
「聞いていないのかい? いや、そう人に話す内容でも無いか。ざっと話すとだな、奴と初めて会ったのは私が東の大陸で奴隷にされていた頃でな、奴に私は助けられた訳なんだが、私と同じく奴隷にされた弟と生き別れになってしまっていてね、あれから随分と経つが奴はまだその弟を探してくれている。困った亜人を助けていれば、そのうち弟にも行きつくはずだってね」
「なるほど、それでラバルトさんは人助けを……って、どれっ……ぃ!??奴隷って、まさか、ほんとにあったのか……」
昔は奴隷だったなんていう爆弾発言が彼女の口から飛び出し、驚きのあまり言葉に詰まった。
確かに、オラクルの街では亜人を誘拐していたギャングが居たりと、何かと犯罪の対象に狙われやすい立場である事は察していたが、まさか本当に奴隷なんてものが存在しようとは思ってもいなかったのだ。
「ん?おかしな奴だな。亜人にとってはこの上なく危険なマギステアに居たのだから、亜人奴隷についても当然知っているものだと思っていたのだが」
「えっ!?……あー、いや、ハハハ。あまり人と関わってこなかったせいか、なにぶん世間に疎くてですね」
自身の失言に思わず冷や汗が吹き出てくる。
そういえば、ヒトの姿になったとはいえ、外見は元通りの普通の人間ではなくエルフのそれにだいぶ近くなっていたのを忘れていた。
エルフが一人であの過激な亜人排斥主義の国であるマギステアを旅していただけでも怪しさ満点なのに、さらに世間での亜人の立場についてもまったくの無知ともなれば、こう怪訝な視線を向けられるのも当然だ。
「あ、あはは。いやーカティアさん、なんかこの人、ずっと一人で森に籠もりきりだったらしくて、同じエルフなんですけどだーいぶズレた感性してるんですよ〜。ね!セシルさん!」
「え、あ、ええ!そう、ですね?そうかもです」
「うん?まあ、ウィニアがそう言うならそうなんだろうな。とりあえず、お前さんが懐くやつに悪い人間はいないとも」
咄嗟のウィニアさんからの助け舟でどうにか事なきを得たが、若干の怪しさは残ってしまった。ウィニアさんの方をちらりと見れば、苦笑いと共に足をゆるく抓られた。ちょっとだけ痛い。
やはり、どうにも自分は隠し事やら嘘をつくのが下手糞だ。このあたり、もう少し器用に出来るようになれば楽なのだが。
「はは……まあ、ラバルトさんには色々とお世話になりました。盗賊との戦いから、魔物の生態を利用した対処法まで。私は表面的な知識ばかりでしたので、経験に裏付けられた戦いのイロハを学べて有難かったです」
「イロハ……?というのはよくわからないが、まああいつが助けになったのなら何よりだ。しかし見事に戦闘関連の知識ばかりだな。あいつめ……やはりどこへ行っても脳筋なのは変わらないな」
そう言って苦笑いする彼女。
彼女はゆったりとした動きで近くの小物入れから紙を取り出すと、それにペンでなにやら書き込んでいく。よく見るとその紙はどうやら冒険者の登録用紙のようで、僕の冒険者登録を今ここでしてくれるらしい。
「この欄に名前を書いてくれ。登録はそれで済む。ああ、あと一応聞いておくが、犯罪歴は無いよな?」
「ええ、犯罪歴は無いです」
そうは言いつつ、一瞬、はじめて盗賊を殺害した時の事と、オラクルの街でセレスを誘拐しようとしたギャングを皆殺しにしたことをふと思い出して、頭から血の気が引いた。
彼女から借りたペンで紙に自分の名前を書き込みながら、思わず聞いてしまう。
「あの、盗賊とかギャングって……殺しても大丈夫でしたよね」
「ん?ああ、そこらへんのは大丈夫だ。ああいう連中は人として扱われない事になってるからな。魔物と対して変わらないよ」
「そうでしたか。はあ……良かった」
一応、人を殺しておいて何をとは自分でも思ったのだが、ほっとしてため息が出た。
「これで……宜しくお願いします」
「うむ。じゃあここに手を置いて」
名前を書いた紙を彼女に渡すと、彼女はそれをしげしげと眺めた後に、紙の下部に描かれていた魔法陣を指差した。前にニニィに見せてもらった魔法陣となんとなく似ていて、少し懐かしく思う。
言われたとおりに魔法陣の上に手をぴたりと乗せれば僅かに温かいような感覚があり、紙全体がほんのりと青く輝いた。
「よぉし、これで完了だ。ほい、これがキミの冒険者タグね」
「あ、どうも」
懐から最下位の等級である『鉄』のタグが取り出され、ぽんと手のひらに乗せられた。布の紐で首から下げられるようになっている。
これで僕も冒険者なのだと、ニニィやラバルトの事を思い出すと感慨深い。
首からタグを下げるとチャリンと小気味よい金属の音がした。
「ふふふ、これでセシルさんは私の後輩と言うわけですねえ」
「ウィニアさん……!」
隣からも似たような金属音がして視線を向ければ、にっこりと微笑んだ彼女が銀色のタグをこちらに見せていた。
色こそ『鉄』のタグと似ているが、あれは『銀』等級のタグだ。冒険者としてここに居たのはそう長い間ではないと聞いていたが、何だかんだ鉄から銅、銀と等級を上げているあたり割と活躍していたのかもしれない。
「ウィニアもちゃんと持ってきてたか。ああそうだ、預かっていた武器もちゃんと置いてあるから後で持っていくといい」
「あ、そういえばそうでした!ありがとうございます!」
「ふふ、どうも。今日は流石に依頼も受けられんだろうし、部屋は空いているのがあるから泊まっていくといい」
「「えっ、良いんですか?!」」
カティアさんからの唐突な厚意に、思わず自分とウィニアさんの声が重なる。まさか泊まる部屋まで用意してもらえるとは思ってもいなかった。
確かに今、自分は無一文だが何と有り難いことか。
金目のものと言ってもニニィからの貰い物ばかりで売ることなんて出来ないし、そのあたり困っていたから助かった。
「しかしこう色々として貰ってばかりだと気が引けてきますね……」
「へへへ……確かにそうですね」
小さく笑いながら彼女と顔を見合わせる。
その時、ふと彼女の腕に付けられていたアクセサリーに目が行った。
「あ、それ……」
おそらく、以前渡した抜け殻を加工して作ったのだろうブレスレットがきらきらと輝いていた。ずいぶんと仕事が早いものだと思ったが、それを見てふと思いつく。
「そうだ、これってどうですかね。お礼、に、なるんでしょうか……?」
まだ余っていた抜け殻。
分厚くて藍色の、虹色に光を反射させる鱗のようなもの。
正直、こんなものがお金になるのか気になったが、いちおう巨大なドラゴンから取れた素材ではある。冒険者とは、こういった魔物の素材を集めたりするのではないのだろうか。
「え、どうなんでしょう。私達にとってはすごい宝物ですけど……」
ウィニアさんも、僕が取り出した抜け殻を眺めつつ、なんとなく微妙な様子である。
だが、カティアさんはそれを見た瞬間に目の色を変えて僕の手からそれをひょいと取り上げた。それに驚いたウィニアさんも、隣でびくりと跳ね上がる。
「こ、これ……イドラ・ヴァーグの鱗?抜け殻?だよな?」
「え、ええ、はい」
「まさか、もう数十年は見つかってない魔物の素材だぞ………どこで見つけた!?」
「央海の島、で」
彼女の勢いに気圧されつつも何とか答えていく。
見つけた場所については、実際に取れた場所自体に間違いは無いからまあ良いだろう。
「ほお、凄いなあ。抜け殻だから鱗やら皮より価値は下がるが、随分と長い間見つかってなかったから貴重なものなのには間違いないぞ」
「良ければ、それ差し上げます」
「良いのか!?じゃあありがたく貰うとしよう」
ホクホクとした笑顔でその抜け殻を懐にしまう彼女を見て、ほっと胸を撫で下ろす。人が貰って喜ぶものを持っていてよかった。
「(だけど、自分の身体から作られたもので喜ばれるっていうのも中々に複雑な気分だな……魔物だから仕方ないけど)」
「ふふふ、良いものを貰ったところで、そうだ!お前たちは何か予定があってここまで来たのかな?わかる範囲でなら、ここからのルートを教えてやることも出来んでないぞ」
「ああ、それなら。実は知り合いを訪ねてフランクラッドに来たのですが、知り合いが住んでいる村の名前がわからなくて。確か、稲作が盛んで、少し前にモノハウンドの群れによる襲撃があって大変だったとか聞いたのですけれども」
ランド少年に、妹のイリスが住んでいる村。
随分と遠回りになってしまったが、やっとここまで帰ってきた。
あいにく村の名前がわからなかった為、自分がその村について覚えていて、話しても不自然でない範囲内で彼女にその村の特徴を伝える。
稲作が盛んな村で、モノハウンドの群れによる襲撃が最近あったという情報でかなり絞れると思ったのだが。
「む、それならおそらくは………ラタの村、だと思うのだが。しかし、これは……ううん」
僕がそう伝えると、どこの村であるかには思い至ったようだが、難しい表情になって黙りこくってしまった。
「正直、行くのはお勧めできないな」
「それは……何故」
紅樹の民の村で話を聞いたときから燻っていた不安の火種から、もくもくと黒い煙が立ち昇り、胸の中心を埋め尽くしていく。
不安の煙を振り払おうとした手をがしりと掴むように、彼女の口から言葉が紡がれる、
「あの村はな、この間、盗賊団に襲われて壊滅したんだ」
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