第2話
第五聖国ウルド・バーンズと、爆砕のドーラン、オルステッドの戦いが始まってから、少し経った頃。
ムジカ達は転移の魔法陣に乗って、暖かな緑にあふれた里へとやってきた。ここもまた、マギステアの土地であるが、外部からは隔絶された環境にある。
「ふふふ、懐かしの
巨大な木の根や土地の起伏と一体化した丸みのある家々や、クリスタルが浮かぶメインストリート。道行く獣人族や洞人族、森人族達はみな古めかしい魔導師のような格好をしている。さらに、子供と遊ぶ鳥の魔物に、畑の世話をするのは苔むした木のゴーレム。
その場所では、人々は
「美しき召喚士の里。世界で最も強固な古代魔法によって護られた奇跡の土地。穢れなど知らぬ、本物の亜人だけが暮らす我らが楽園よの」
「まこと、その通りでございますな
イヴリースの指導者、ムジカ・ニグ・デアロウーサとは仮の姿。イヴリースの片田舎の産まれと言うのも、彼がエルフの若者であると言うのも、全て作り物の嘘。
彼の本来の姿は、この召喚士の里を率いる大召喚士カジム・ニグ・デアロウーサ。イヴリースの指導者になったのには、目的の為にその立場が必要だったからと、それだけの理由に過ぎない。
ムジカの言葉に、モリア老はそう呟く。
もう一人、処刑用の斧を背負ったドワーフの男は無言でただ里を眺めるばかり。
だが、3人の雰囲気はピリピリとしたものから変化していた。
「カジム様、お帰りなさいませ!」
「カジムさま、かえってきた!」
「みんな、カジム様がお帰りになったぞ!」
転移門から現れた三人に気付いた者が大きく声を上げ、里にいた者たちが集まってくる。里のメインストリートを歩き始めたカジム達に里の人々は深く頭をさげ、そしてその帰りを喜んでいた。
カジムもまた笑顔でそれに応え、道を歩き続けたムジカたち三人はやがて天を衝く大木の根本につくられた大きな建物へと辿り着く。
召喚士の里の長の家だ。本来であればカジムが住んでいる家だが、今は別の者が管理していた。
「お帰りなさいませ、カジム様」
「帰ったぞ、ラトリア。よく我が家を守ってくれたな」
建物に入った彼らを出迎えるのは妙齢の女性のエルフ。
カジムの家の使用人である彼女もまた、複雑な模様が刺繍されたローブに全身を包み、古い時代の魔導師らしい格好をしていた。
「以前頼んでいた事は済んでいるな?」
「はい、カジム様。今代の龍神の巫女を逃した守り人二人は捕え、長老達の会議の結果、処刑されました。そして、二人の遺体を素材に巫女の代替品を作りました」
「そうか、よくやった。あれは一度限りしか使えぬものだが、龍神の居場所がわかった為にそれでも大丈夫になった。今は龍神を確保しに私の手の者が向かっている。奴らは集めた中でも指折りの腕利きだ。失敗はまず無いと考えていい」
ラトリアに案内され、三人は休憩室の椅子に腰掛けた。
3人の前のテーブルの上には、彼女が用意してきた菓子と茶が並べられ、ゆったりとした雰囲気の中で話は進んでいく。
ラトリアもまたカジムに促されて椅子につくと、カジムは彼女に視線を向けて話し出した。
「さて、ラトリア。イヴリースで集めていた者達には既に話したのだが、私はこの一ヶ月以内に全軍を率いてマギステアに攻め入ることに決めた」
「戦争が、始まるのですね」
「戦争。確かにそうだが、正義は我らにある。奪われた力を取り戻す、聖戦だ」
「しかしカジム様、いまやカジム様の二つの究極召喚は両方が失われ、龍神を進化させる秘法しか残っていないはずです。それも、龍神を直接召喚することは出来ず、龍脈の力に頼った進化のみの不安定な力。それで、マギステアに勝つことが出来るのでしょうか」
「それについては安心するがいい。モリア老」
カジムはモリアに視線を向けると、エルフの老人モリアはゆったりとした口調で話し始めた。
「マギステアの一大戦力である聖獣マアトは、アルヴィ殿がその命を犠牲に討伐しました。更に、戦力もイヴリースの多数の亜人を手にした事で潤沢です。他の国ならばいざしらず、マギステアの地で負けることはまず無いでしょうなあ」
「多数の、亜人を……」
イヴリースで手に入れた戦力。
その意味をラトリアは察し、一瞬その表情が強張った。
カジム達は、マギステアの地に聖堂騎士団が処理しきれないほどの多数の亜人を放ち、そして大量の聖獣もどきを作ろうとしているのだ。
理性を持たない彼らは苦痛すら知らず、本能のおもむくままに周囲の生物を喰い殺す。その上、共食いだけはせずに、時には同じ聖獣もどき同士で協力して獲物を襲うのだから恐ろしいことこの上ない。
だが、それ以上に聖獣もどきになると言うことが、死よりも辛い苦痛だということを理解した上で、戦力としてイヴリースの人々を使用すると言い切ったカジム達をラトリアは恐ろしく感じたのだ。
だが、彼女はそれを口に出すことは無いし、意見することも何もない。あくまで彼女はこの家の使用人であり、カジムに意見することなど許されるはずも無いのだから。
「そうですか。では、ご武運を御祈りしております。捕えた龍神の管理については私達、里の者にお任せ下さい」
「うむ、頼んだ。龍神は数日もすればこちらに送られる。巫女の時のような失敗は無いよう、管理を行う人選には気を付けるのだ」
彼の言葉に、ラトリアは冷や汗を流しながら深々と頭を下げた。
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