第17話
「『死ねずのニニィ』……!」
「おや、キミは知ってたのか。私、あんまりその二つ名好きじゃないんだけどねえ」
男はニニィの姿を見て、彼女から距離を取るように後退りし始めた。
ニニィが悪い意味で有名だと言うのは、チェアーノの馬車の停留所で起きた件で知ってはいたが、彼もそんな彼女の事を
「どうする? 引くなら見逃してあげても良いけど、戦うって言うのなら容赦なくやるつもりだよ。こっちの若いのは立ち向かってきたけどねえ」
ニニィは持ち上げていた聖堂騎士の男から刀を引き抜くと、路地の端にゴミでも捨てるように転がした。
彼等が着ているあの鎧だって、それなりに高い防御力を持っているだろうに、羊羹でも切るみたいに当然のように斬ってしまうのだから彼女は恐ろしい。今のところまともに本気を見せてくれた事も無く、底が見えないとはまさにこの事だ。
一方、もう一人の聖堂騎士は、ニニィのその言葉を受けて潔く剣を鞘に戻した。
「……わかった。あんたの温情に感謝してここは引かせて頂く。だが、次は容赦しない」
「ふぅん? 一人じゃ勝てないから仲間でも集めてくるつもりかい。雑魚がいくら束になったところで、私には変わらないけどねえ」
「………よほど、自信があると見える」
男はニニィの挑発にぴくりと動きを固めたが、再び剣を抜き放つ事は無かった。荒々しい口調とは裏腹に、しっかりとした自制心も、年長者としての余裕も感じられる。ニニィのような怪物的な強さでは無かったが、経験に裏付けられた強さは本物だった。
男は路地に捨てられたもう一人の騎士の身体を素早く持ち上げると、逃げるようにその場から消えていった。こちらからまた追い掛けて殺す訳でもないのに、最後の最後まで警戒心を解くことなく研ぎ澄ましていた精神はある意味称賛に値するだろう。
子供を殺そうとしていた事は、許せないが。
「さてと……その子か、追い掛けられてたのは」
「きれいな、おねえさん……」
彼らが何処かへと行ったことを確認すると、ニニィはこちらへと歩み寄ってきて、少女と視線を合わせるようにしゃがみ込んだ。彼女が指を一振りすれば、彼女にかかっていた返り血もすっかり消えて、いつもの綺麗な彼女に戻る。
獣人族の少女もニニィのような目が覚めるような美人を見るのは初めてなのか、憧れの入り混じった視線で彼女を見上げている。
とりあえず、僕もいつものようにニニィの肩に登れば、彼女はさらにニコニコと花が咲いたような笑顔を見せてくれた。
「かみさまと、きれいなおねえさん!」
「キミ、神様になんかなったのかい?」
『よくわかんないけど、なんか神様だと思われてるみたいで』
「ンフフ、らしくないねぇ。ンフフフ、キミが神様なんて、くくくっ♪」
『そ、そんなに笑うことぉ?』
あんまりにも彼女が笑うものだから、思わずため息が出てしまう。
だけど、ころころと鈴を転がすような声で笑う彼女を見ていると、同時になんだか全て許せてしまうようで僕も思わず笑顔になった。
「おおい大丈夫か! って、ニニィ、セシル!?」
そうして3人で笑い合っていると、路地の向こうからボロボロになったラバルトが走ってくるのが見えた。彼を見るとニニィは薄笑いを浮かべ、いつものように目を薄めながら彼を眺めて言う。
「さあて、彼には色々と吐いて貰おうか」
『御手柔らかにね』
「勿論だとも」
ニニィはそう言って、ニヤリと笑う。
怒った美人の顔は怖いと言うが、笑顔も時にはこんなに怖く感じるものなのだなと、僕はしみじみ思った。
「ふぅん、じゃあ予定外だった訳だ」
「いや本当……面目無い」
聖堂騎士団との戦いから少し経ったあと。
僕らは『オラクル』行きの馬車に乗って移動していた。
意外にも聖堂騎士団による追手は現れず拍子抜けしていたのだが、ラバルトの話を聞いている内になんとなく今の状況が見えてきた。そもそも、ラバルトにとって今回の件はまったくの予定外だったのだ。
昨日、聖堂騎士団がこの街を訪れた理由は、獣人族の討伐ではなく、違法に人身売買を行っている組織がこの街に逃げてきているとの報告を受けた事が原因であったらしい。
そうして送り込まれてきた聖堂騎士団の騎士達により、人身売買を行っていた組織は壊滅。その場で組織のメンバーは全員、他の地域における活動や規模についての情報を吐かせるために拷問され、殺されたのだという。
まあ、国の治安維持部隊というだけあり、国民を守るために確かに働いている。話が通じない連中だと聞いていたから、そこは少し意外ではあった。
だが、その組織が扱っていた人間が問題だった。
その組織はマギステア聖国内のみでなく、世界各地で活動している大きな犯罪組織だ。故に、マギステア聖国での活動も移動の為の経由地ぐらいの考えだったのだろう。
彼らが誘拐してきた人々の中には、獣人族をはじめとした亜人もいたのだ。
聖堂騎士団の仕事は国の治安維持。だが、その中にはマギステア聖国における亜人の殲滅もある。それは、誘拐による被害者といえど、同じだった。
「だから、俺が飛び込んでいったんだ。あのままじゃあ、全員殺されちまうって。結局、助かったのはその子だけだったんだがな……」
元々は四人ほどの獣人族の人々がいたのだという。
昨日、僕らと別れたラバルトは聖堂騎士団による人身売買組織の殲滅の場を見届けたのだが、そこで獣人族の人々を発見。聖堂騎士団に殺される前に彼らを救い出して街を脱出する予定だったのだが、流石に一人で聖堂騎士団の騎士達を相手にそれは不可能であり。三人の獣人族の人達は殺されてしまったのだと言う。
「悔しいよ。本当に。『マギ』の思想はいい加減もうわかってたんだ。宗教なら仕方ねえ、直せるようなもんじゃねえって。だけどよ、犯罪に巻き込まれてこの国に連れてこられただけの人達まで、殺す必要はねえだろうよ」
「そうだな。それには私も同意するよ。融通の効かない危険思想ほど厄介なものはない。彼らにも理由はあるんだろうが、許容することは出来ないね」
ひとまず生き残った彼女に部屋を用意して隠れてもらい、自分は旅の冒険者として一夜を過ごし、今日の朝にすぐこの街を出る予定だったのだが、聖堂騎士団に動きを嗅ぎつかれた事により失敗。
ニニィと僕がたまたま追われているところに遭遇しなければ、二人は死んでいたかもしれない。ラバルトなら一人でも切り抜けられた可能性はなくもないが、この獣人族の少女は確実に死んでいただろう。
「そういえば、この子なんて名前なんだい?」
「え? ああ、名前、まだ聞いてなかったなあ」
「かみさま、ふにふに」
『これ、かみさま扱いなの? おもちゃなの?』
「かみさまかわいい」
狐耳の獣人族の少女は馬車に乗っている内に多少元気が湧いてきたのか、今は僕の羽やら尻尾やらを触って遊んでいる。僕をいじっているだけで元気になってくれるのなら本望だが、ただ少し見た目の割には幼すぎるような雰囲気に言葉にするのが難しい不安も感じていた。
一応今は彼女の耳や尻尾もニニィの魔法によって幻影がかけられ、見た目は基人族と変わりなくなっている事から、周りから不審がられることは無いのだが。
『この子、自分の名前とかわかってるのかな』
「どうだろうねえ。言葉は理解しているようだけど、あまり良い教育を受けられる環境にいなかった可能性はある」
「かみさまかわいい。でも、かみさまつよい」
『僕、そんなに強くないよ』
「かみさまおこる、ぜんぶきえる」
『そんな物騒なことしないよ!?』
ほんわかした雰囲気を纏いつつ、やたらと物騒な単語を吐き出す幼女に冷や汗をかかされながら、旅は続いていく。
次の街はガラス工芸の街『オラクル』。マギステア聖国の北側に位置し、隣国の『フランクラッド王国』に続く窓口でもある。
この数日間、大変な事や悲しい事もあった。
だけど故郷に帰るまでのこの旅で、これからどんな事があるだろうかと、柄にもなく心の奥底で少しわくわくしている自分がいた。
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