第10話




 盗賊達の掃討が済み、馬車は『オラクル』への中継地点となる街『ラパストレ』と向けて再び進み始めていた。


 盗賊達はニニィが言っていた通りに皆殺しとなったが、こちら側の被害は軽微で、軽い怪我をした者が数人出たくらいであった。

 普段、冒険者ではない一般人を乗せているときに盗賊に襲われると、女性や子供が誘拐されたり死者が出たりなんて事もあるらしいが、今回は戦闘のプロが集まっていたことで無事に済んだと言うことらしい。


 僕の殺人も、誰かの救いになったのならば良いこと、なのだろう。


「すごいなアンタ! 変なやつだってちょいと怖かったけどよお、アンタの魔法は半端無いし、ペットのソイツもすげえ訓練してるんだな!」

「ああ、そうだねえ。あと彼は『ソイツ』じゃあなくて『セシル』っていう立派な名前がある。魔法も、会話できるくらいの賢さがあるから使いこなせてるのさ」


 ところで、僕とニニィの座っている席に一緒に座っているこの大男。少し前までは随分と怯えていたのだが、一瞬で盗賊共を蒸発させたニニィの魔法を見て、年齢やら魔物との会話やら、全てどうでも良くなったらしい。

 今はテンション高めにこちらに話しかけてきている。生憎、ニニィは返事をするのが少々面倒くさかったのか、話の内容の訂正以外は適当にあしらっているが。


「へへへ、まさか。賢いたぁ言え、流石にそんな事はなあ」


 男の方はというと、少し疑いながらも先程からこちらへとチラチラと視線を向けてきており、どうやら恐怖よりも興味のほうが勝ったようである。

 ならば、応えてあげるのが礼儀というものだろう。

 せっかくニニィに対して偏見の目なしに会話をしてくれそうな人になりそうなのだ。ニニィからしたら余計なお節介だろうが、僕は仲良くなっておきたい。


「ええっと、『セシル』くん、だっけ?」


 大男の身体からゆらりと魔力が立ち上る。声での会話は不可能であるから、魔力を使用してこちら側との会話を試みているのだ。


『こんにちは』

「………えっ、えっ?」

『セシルです。魔物ですけど、訳合って今はそこの、『ニニィ』と旅をしてるんです。よろしくお願いします』


 さっそく僕も彼に対して言葉を投げ掛けると、ニコニコしていた彼は、その笑顔を硬直させて完全停止してしまった。

 数秒ほど彼は停止していたが、ギギギギとでも音が出そうな動きで首を動かし、ニニィの方へと顔を向けた。


「ぇ………ホントに、喋れるの?」

「賢いって、言ったろう?」


 そっけないニニィの言葉に、彼は即座にこちらに視線を戻し、目を見開いた。


「えええええええええ!?!?」


「うるさいなぁ……」

『ちょっ、声デカい!デカい!』


 野太い叫び声が馬車の中に響き渡る。

 突然の大声に他の乗客たちも振り返り、何事かと訝しげな視線を向けてきた。


 皆が啞然とする中、一つ前の席に座っていた若い男が呆れたような表情で大男に話し掛ける。


「どしたん、オッサン。急に大声なんて出して」

「えっ、あ゛っ、いやあ、彼女のペットの魔物がよく訓練されておりましてなあ! 水竜であるというのに炎魔法をあんまりにも上手く使うものだから、驚いてしまって………ハハ」

「あー、まあ、驚くのわかったけど、他の客もいるし程々にな」

「いやはやかたじけない。次からは気を付けるとしよう」


 若い男が前へと向き直ると、他の客たちも視線を前へと戻していく。


 ビシッと背筋をのばし冷や汗を流していた大男だったが、他の客の注意が他へと向き、馬車内が雑談で賑やかになり始めると、ニニィの隣に座っている僕に顔を近付けて小声で話し掛けてきた。


「えっ、ほんとに、話せるんか、おぬし」

『ええまあ……ちょっと色々とあって。そんな訳で人間は好きですよ。装飾品の素材にされるのはごめんですけど』

「あいや、こりゃ驚いた。おぬし本当に賢いのだな。しかもまともに会話も出来るとは……」


 そう言うと彼はゆったりと体勢をもとに戻し、腕組みをすると「感心した」とでも言うように目をつむりながらうんうんと頷いた。


「なるほど……魔物も時にはペットではなく、仲間として人間と絆を築く事もあるのだな。先程の戦いでも、そこのニニィちゃん(?)とよく連携をとって戦っていたが、よもやこれほどとは思わなんだ」

『まあ彼女には助けられましたから。今は弱いですけど、いつかちゃんと隣に立って戦えるようにはなりたいです』

「なるほど、感心した! 冒険者なぞやっていると、こう真っ直ぐな心根の奴に会うことは少なくてな。最初は少々怖かったのだが、今日は本当に良い出会いが出来た。しかし、人語を解する魔物は恐ろしいと聞いていたが、噂など宛にならんなあ」


 会話を続けていると、彼から感じていた警戒しているような雰囲気も薄れていき。だんだんと打ち解けてきた。

 彼から自然と笑顔が溢れる瞬間も増えてきて、こうして色々な人と話すことが出来るのが楽しくなり始めていた。


 その時だった―――


「セシル、話し過ぎ」


 不意に彼女に身体を持ち上げられ、抱き締められる。

 彼女の顔は見えなかったが、声色から少し機嫌がわるそうだった。


『えっと、ニニィ?』

「友達が出来るのは、いい。だけどあんまり私を抜きにしないでくれよ」


 ムスッと拗ねたようなか細い声が、頭の上から響く。

 少し驚いてしまい固まっていると、隣の大男は小さく笑いながら今度はニニィと僕の二人に順々に視線を向けてくる。


「悪かったなあニニィ殿。あんたからセシル君を取るつもりは無かったんだ」

「当然」

「ハハハ、辛辣だなぁ。そうだ、自己紹介がまだだったな。俺は『ラバルト・ヘルムート』ってんだ。あんたらと同じ冒険者で等級は『金』。普段はフランクラッドで活動してるんだが、ちょいと『オラクル』の方に用事があってな、今はただの旅人みたいなもんだ」


 そうして、ニイッと白い歯を見せて笑い、彼は片手を差し出してくる。


 だが、ニニィはそれを見てぴたりと固まってしまった。


『ニニィ?』

「………」

『ともだちになろう、って事じゃないの?』

「……ともだち」


 ぽつりと呟かれたその単語は、まるで空想のものであるかのような響きで空中に浮かんで消える。不思議そうな様子の彼女が助けを求めるようにこちらを見下ろしてきて、僕はそんな彼女に静かに頷いた。


「ああ、友達だ。旅は道連れ世は情け。一期一会かもしれんが、仲良くしようぜ」

「………いつもの男共みたく私の身体目当てとかじゃなくて?一応言うがね、私はおばあちゃんも通り越した歳だけど、誰ともそういう関係になったことは無いよ」

「んなっ!? あんた何言ってるんだ! 俺はなあ、妻一筋なんだよ。参ったなあ、セシル君よりこっちのお嬢ちゃんの方がなんかズレてるぜ。いやまあ確かにお嬢ちゃんの容姿ならそりゃ男共は群がってくるだろうが………まあ、セシル君の言ったとおり、友達になろうってこった」

『ラバルトさん、よろしくね』

「応よ。よろしくなセシル」


 少々表情というものを作りにくい身体ではあるが、それっぽく笑顔を作ってみる。すると彼もまた笑顔で返してくれて、それがまた嬉しい。


 ニニィもそんな僕らの様子を見ていて思うところがあったのか、差し出されていた手を握り返した。


「……私は『ニニィ・エレオノーラ』。色々あって悪い意味で有名だけど、よろしく」

「よろしくなニニィちゃん。あ、いや、ニニィさんの方が良いのか?」

「ニニィちゃんで良いよ。大の男が少女にむけていちいちへりくだっていたら、変な目で見られるだろう」

「変な目ではもう見られてる気がするがなあ、ま、よろしくな」


 こうして、恐ろしい事もあった馬車の旅だったが、魔物の僕にも新たに人間の友達が出来た。

 ニニィもだいぶぎこちない様子ではあったが、人を遠ざけがちな彼女にも他の人との繋がりが出来て、僕も嬉しい。


 そして暫く二人と一匹での他愛のない話を続け小一時間。

 走り続けた馬車は、ついに目的地の『ラパストレ』へと辿りついた。



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