第二章・小さな竜と呪われた美女
第1話
轟々と激しく水音が響く水路を流れていく。
一撃で死にかけへと持っていかれた事で、意識が飛んでしまう。
覚えていたのは、そこまでだった。
随分と流れたのだろう。気がついたとき、僕は川辺に倒れていた。
気絶している間に他の魔物に食べられていなかったのは奇跡だった。起き上がることすら辛いほど身体は傷んでいたが、死ななかった事だけは本当に奇跡だ。
『うう、きついなあ』
ひとまず川で簡単に捕まえられた虫を食べて腹を膨らまし、石の上で陽を浴びながら休むことにした。
身体は痛むが大人しくしていれば治りは早い。
おそらく魔力が身体機能に何かしらの影響を及ぼしているのだろう。魔力を張り巡らせるだけで身体強化が出来るのだから、自己治癒能力についてもそれなりに強化がついてもおかしくはない。
それに、イモリは凄まじい再生能力を持っているとも言うし、僕が似たような生き物ならば近い能力も持っていておかしくはないだろう。
それにしても、妹が心配だ。
ランド少年の家族も。
複数体のモノハウンドと戦っている途中で僕は敗北し、流し台からこんな森の中まで流れてきてしまったのだが、まあそんな訳であの後に何が起きたのかまるで知らない。
僕がモノハウンドに立ち向かった時、イリスは火炎放射によって弱ってしまっていた。
あの後ランドとアンリの父が魔物たちに勝利し、ランド少年によって妹が助けられた事を願うしかない。
あの時、妹を生き残らせるにはあれしか方法がなかったのだから。
『はあ、憂鬱だな』
暗い気分のまま、ふと小川を見下ろした。
すると、見覚えのない姿が映る。
『あれ、誰だ、これ』
体力が足りず、ぐったりとした視界の中、見覚えのない生き物の姿が水面に映り込んでいた。
もともと少し青みがかった黒色の身体は、七色に煌めく黒曜の鱗に覆われており、背中からは小さな羽までも生えている。
頭部の後ろにも小さな角が生えてきており、全身の筋肉量も増えたような感覚がある。
『え、もしかして、流されてる間に進化した、ってこと?』
なんと間抜けな進化だろうか。
以前進化したときも命の危機に晒された時だったが、少々進化するのが遅くはないだろうか。と、言うか、まさか気絶している間に進化しようとは。
魔物とは本当に奇妙な生き物だ。
自分の事だけど。
『とりあえず、【
セシル 4ヶ月 ♂
種族:水竜イリノア
体長:45
状態:腹部に切創、胸骨に粉砕骨折及び皮下骨折
生命力 102
魔力 56
筋力 44
防御 34
速度 99
魔術 71
技能:身体強化、個体検査、風爪、水銃、氷包丁、毒液
『うわっ、すごい。めちゃくちゃ強くなってる』
いつの間にか種族名まで『竜』という単語がついて随分と強そうになっている。身体も気が付かないうちに随分と大きくなっていたようだ。
全体的な能力も大幅に向上し、もう雑魚種族とは言わせないレベルになっている。しかし―――
『これだけの力が、あの時にあったらなあ。妹だってちゃんと守れたし、ランドのお父さんたちの助けにもなれたのに』
進化するタイミングは自分ではコントロールできない。
それは生き物である以上仕方のないことだ。
いつ進化するのか自分で決められたら、どう進化するのか自分で決められたら、それこそ苦労はしないだろうに。
仕方のない事ではあるが、悔しいものだ。
こんな強くなっても、役に立てなければ意味なんて無いのに。
「おやぁ、こりゃ珍しいもの見つけたねえ」
『ッッ!? 誰だ!』
水面を見つめて感傷に浸っていた僕の背後から、唐突に声が響く。
人間の声だ。おそらくは女性。
こんな森の中になぜ女性が一人で。
痛む身体をかばいながら、可能な限り素早く振り返ると予想した通りに人間の女性がたった一人で立っていた。黒い髪に緋色の眼をした美しい女性。
大きな荷物を背負っているが服装は随分と軽装で、胸やらヘソやら太ももやらとやたら露出が多い。大きな胸やむっちりと詰まった太腿は目に毒で、とても魔物が跋扈する森を歩くのに適しているとは思えない格好だ。
「フゥン? やっぱり、言葉がわかるんだ。久々に見たなあ」
『あなたこそ、一体何者なんだ。そんな格好で森の中に一人だけなんて、異常だ』
「え? この格好、別に珍しくもないと思うんだけどなァ。キミが人間を見る機会があんまり無かった感じかな?」
『……【
「ほう! 人間の魔法まで使えるのか!」
ニニィ・エレオノーラ 224歳 ♀
種族:人間
体長:164
状態:健康
生命力 25000
魔力 53200
筋力 4521
防御 2306
速度 6500
魔術 75004
技能:身体強化、個体検査、炎魔法系統合、水魔法系統合、風魔法系統合、光魔法系統合、变化魔法、錬成魔法、図鑑魔法
『なんだ、これ。って、224歳!?』
明らかに常人の能力じゃない。
それに種族名では人間と情報が得られたが、能力の数値はともかくどう考えても人間の年齢じゃない。
「驚いているのは私も一緒なんだけどねェ。人語を解し、魔物の身で人間の魔法まで使い、知能も魔物とは思えないほど高い。『セシル』君、キミ、異常だよ?」
『僕の名前……そうか、僕と一緒で、個体検査を使ったのか』
「そ、そういう事。まあ取って食おうって訳じゃないからさあ、ちょっとお話ししようよ。こんな機会滅多に無かったからねえ」
恐ろしいが、断ったらこちらが何をされるかわかったものじゃない。ここは彼女の言葉を信じて話に乗ろう。
自分のそう賢くもない頭でそう判断し、ゆっくりと頷いて歩み寄る。その時だった。
「おや、少し待ちなよキミ。怪我してるだろう?」
『え、あぁ。はい』
「ちょいと待ってねえ。【
ヒョコヒョコとした奇妙な足取りで近付いてきた彼女は、僕のそばでしゃがみ込むと背中に手を添えながらそう唱えた。
すると僕の全身を淡い緑色の光が包み込み、全身に出来ていた傷がみるみるうちに塞がっていった。骨折によって続いていた痛みもすっかり消えている。
『うわ、凄い……』
「ンフフ、これで骨折も切り傷も全部治ったハズさ。そうだなぁ、とりあえず私の腕に乗りなよ。このあたりに休むのに丁度いい場所があるんだあ」
どこか抜けたような雰囲気を纏わせながら、彼女はそんな事を言う。
どうせ行く宛も無い。僕は彼女の誘いに乗り、差し出された腕にしがみ付くのだった。
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