第20話 レインのターン③

(……アレンのバカ)

 レインは、『もう知らない』と言わんばかりにアレンに対して不機嫌な態度を貫いていた。


(大体……デート中に他の女の……それも、あのエルフが出てくるとか想定外)


 レインが捲れて怒る原因はそれ。耳をピクピクと跳ねさせ、『むぅ』と頬が自然と膨れる。


(……アレン、私頑固だから、何かしてくれないと許してあげない)


 そうは思いながらも、心のどこかでは期待してしまっているレイン。

 アレンが自分の機嫌を治すためにどんなことをしてくれるのか。自分のためにアレンはどう悩んでくれるのか。


 想像するだけで、頬が緩んでしまうのだ。

 後ろをチラチラと見ては、アレンが困った顔をしているのを確認し内心でニヤリと笑うレインである。


「……な、なぁ」

「なに?」

「怒ってる理由がよく分からないが、そんなに怒らないでくれ」

 トン、と自身の肩に手が置かれる。

 振り返ってみれば、困ったと言わんばかりにアレンは険しい顔を浮かべていた。


(……アレンの困り顔、可愛い)


 視線を泳がせながら、必死に何か解決策を練っているだろう表情を見ると思わず嬉しくなってしまう。それを態度に出さぬ様に、振る舞っていると————不意に、むず痒さに襲われた。


「……っ!?!?」

「…………これはなんだ? レイン」


 アレンの困った顔は呆れ顔へと一転。ゆらゆらと揺れだしたレインの尻尾を掴んではジト目になるアレンである。

 獣人族の本能にはあらがえなかったのか、機嫌が良くなっていることを、上下に揺れだした尻尾から看破されたようだ。


(……っ、や……やばっ。くすぐったくて……へ、変な声がっ……)


 フサフサとしているレインの耳や尻尾。相当敏感なのか、アレンに尻尾を掴まれただけでなまめかしい声を漏らしてしまうのだ。


「………っひぃ」

 顔が赤らみ、あわあわと口元がおぼつきだす。


(アッ……アレン。ただでさえ、くすぐったいのにアレンに触られていることを踏まえたら)


 違うベクトルに考え、変な方向へ解釈をしてしまうせいで余計に吐息まじりの声が漏れるレイン。表情筋が普段は動かない彼女であるが、このときは、そうもいかないようである。


「レインって……そんな顔浮かべられるんだな」

「や、やめっ……アレン」

「……俺を揶揄おうとした仕返しだ。ついでに耳もいっとくか?」

「……ご、ごめん。アレン……あ、謝るからや、辞めてぇ」


 力が抜けてところどころ何を言っているのか聞き取れなかったが、レインの誠意は伝わったのだろう。アレンは握った彼女の尻尾を解放する。


「……はぁ、はぁ」

「変な企みをするからこうなるんだ。反省することだな」

「………………む」

(は、恥ずかしい……)


 何か言い返そうとは思ったものの、羞恥心が凄いのかレインは押し黙って下を俯くことしか出来ない。うるうると潤んで揺れる千種色の瞳に真っ赤に染まっている彼女の頬。

 アレンは、レインとの立場が逆転したのが嬉しかったのか、レインの手をそっと握る。


「……ほら、目的地に早く行くぞ」

「………………」

「………………」


 アレンは手を引いて先を促すが、レインは固まったようで、動いてくれない。余程本人にとっては恥ずかしいことだったのだろう。

 悟って、申し訳ない気持ちになるアレン。

 どうしようか困って暫く経つと——レインが震える声で沈黙を破った。


「………だ、誰にも……このこと言わないで。アレン」

(私が尻尾や耳に弱いこと。それと、変な声出しちゃったこと………うぅ、は、恥ずかしい)


 獣人族やエルフ族は特に顕著であるが、その種としてのプライドというのがどうにもあるらしい。そのことを知っていたアレンは、一言。


「言わない。だから機嫌直してくれ、な?」

「うぅ………で、でもアレンには知られた」


 一番知られたくなかった相手。だからこそ受けるショックは相当なものなのだ。

 だが、アレンは異なる解釈をして微笑んで言った。


「ほら、ルキスあたりにバレてないんだからきっと大丈夫だ」

「………ルキスさんは関係ない」

「あっ、いや……まぁ」


 レインのむっとした表情を見て、悪手だった話をずらそうとするアレン。


「まぁ……好きな人にバレたってきっと大丈夫だから、な?」

「…………それは、アレンにも言えること?」

「ん? なんで、そこで俺の話になるのかはなぞだけど……そうだな。特に気にしない」


 そこで、一白置いて続けるアレン。


「むしろ、可愛いって思うんじゃないか……あくまで俺なら……だけど」

「………っ」

 千種色の瞳が瞬間。わっと大きく見開かれる。


「だから、きっと大丈夫だ」

「…………っ」


『むしろ、可愛いって思うんじゃないか……あくまで俺なら……だけど』


 照れ臭そうに先程述べたアレンの言葉を反芻し、レインは悶絶する。


(………もし、ここで好きな人がアレンって言ったらどうなるんだろう)


 顔を今まで以上に赤く染めて俯くことしか出来ないレイン。一人、心の中でずっとこう繰り返していた。


(………好きな人なんて……アレン以外いるわけないでしょ?)

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