春は無言歌
湾多珠巳
春は無言歌 原文(古文)
春は無言歌。「デュエット」のようよう歌い
緑開く折にはバルトーク。熱き土の香に臨める「バルバロ」など、この時節ならでは。あるいは底冷えたる夜のしじまに鳴らす「ミクロコスモス」五の巻、六の巻、はたまた「ソナタ」など、数寄の趣あり。無調なるはさらなり。
そこはかとなく
梅雨はドビュッシー。「雨だれ」のごときは、
夏はラヴェル。「戯れ」「オンディーヌ」などは言を俟たず、熱に漂い朦朧たる心地にて弾ける「絞首台」、白熱の
酷暑に我が身鍛えめとの企てあらば、リストの長々しき大曲一つに心注ぐもまたおかし。珠の汗滴らせつつ「ロ短調」のグランディオーソに
秋はショスタコ。睦み合う人ども、交わり長きに渡りて小事あまた出づる折なれば、そこはかとなくひがひがしき旋律線、嘲りののしるがごときリズムパターン、身の髄まで竦ましむる寂寞たるハーモニー、いづれもいづれも近しく覚えたる心地す。「アフォリズム」などその一端なれど、二つなる「ソナタ」、「前奏曲とフーガ集」など、現し身の罪深き喜怒哀楽無辺まで晒しつる楽の深みなれば、合わせて譜のならびに心委ねるもおもしろし。
心弱りたる日々には、老いたるブラームスがいぶし銀のごとき妙なる楽の数々、まさにありがたからめ。題こそなべて口惜しかること多かれども、彼の愛敬なき「間奏曲」の、
世の習ひにて集い騒ぐこと多かれば、ラテン系もまたよし。イスパニアのつきづきしこと、あさましきほどにてやあらむ。アルベニス、グラナドス共に、あまた群れなす中にても、一人安らけしくつれづれなる折にても、選ぶる曲多かるめ。親しき者ども、さにはあらねども気色ばかり求めつるに、あしらふに見せて弾き顕したる「アストゥリアス」、色濃き影にて揺れさざめく紅葉、楓など眼の端にして奏で入る「ゴイェカス」の数々。さては長き夜になじみて後のモンポウなども、いとおかし。
冬はシューベルト。待降節の「くるみ割り」、新しき日のワルツ王なども、さらにもあらねど、凍えたる星々の元、ひざもとに毛布流して、遠かりし陽のぬくもり思いて弾くは、まづ「アムブロンプチュ」の
光なき酷寒をして、いとしく、あくがるる心地ある日はスクリャービン。後の身にて書かれし譜の数々、この世にあるべからざりしきあまたの「詩曲」など、まさにこの季節に弾かるるべき。ただし、ゆめゆめ溺るることなかれ。世の涯てうち眺む者、また世の涯てより眺め返さるるものなり。
氷雪の凛々たるさま、いとおかしと思ゆ気色にては、シベリウスこそえ置き忘れめ。「樹木の組曲」、「花の組曲」、あまたの小品、いづれも凍えたる水鏡の如きに峻にして健やかなり。身竦む時節にのみその心を知れる楽なれど、深みにては西風の巡り来るをあくがるる色などほの見ゆる、いとおかし。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます