オービタルアークゼロ ―ExMachina/Albumnotes―
ソクラテス一郎
プロローグ「特異点」
映像記録・CO01/529/4/24・再生。
「――ニューラル通信。各コロニー、応答せよ」
暗い室内の中、無重力の中を揺蕩う女性は眠りから覚めて、直ぐに『アーカディア』の内線で通信を試みた。同時に録画を始める。
『――――』
応じる者はいない。
こうなってから、およそ数十年、数百年経つ。時間の感覚も分からなくなってきた。
もう一度、女性は通信を試みる。
「応答せよ。応答せよ。こちらコロニー
『――――』
それでも、通信に出る者は誰もいない。
今度は録音に切り替えて話す。
「こちら、コロニー01。
もしこの音声記録を聞いたなら、通信をください。
どうか、無事を祈っています」
他に誰もいない室内。
響く声はあれど、返ってくる言葉は何もない。
「……まったく……私じゃなかったら、気が狂ってるね」
いつもそうするように。
女性は語り掛けている。
「えっと、今は朝か」
壁に掛けられたデジタル時計には、6時00分を示している。
「前の覚醒から三年。
睡眠期間が二分の一になってる。悪い兆候だ」
備え付けのコーヒーメーカーのスイッチを入れるとそこから湯気が上がった。
棚に置いてあった食パンを二枚トースターに入れる。
「さて、どう暇を潰したモノだろうか」
今日、何をする。
「ゲーム実況はもう飽きたし」
目を覚ますと、毎日その考えが頭に浮かぶ。
「一人じゃ、流石にやる事もなくなってくるな」
昔はそうしなくても、目に映る全てが輝いていて、暇などはなかったというのに。
――チン!
トースターから焼かれた食パンが目覚ましい音と一緒に跳び出る。
「……取り敢えず、朝食を食べたら、いつもの作業を行う。
食事の音は聞かれたくないからここで切るね」
――再生終了。
映像記録・CO01/530/3/20・再生開始。
「――ニューラル通信。各コロニー応答せよ」
『――――』
応じる者は誰もいない。
「また……ダメかぁ……」
深いため息を吐く女性は部屋の天井を仰いで見つめている。
覚醒後のルーティン。生存者の確認。
彼女の中でそれは使命にも近いだろう。
しかし、運命は残酷にもそれには答えない。
「次は……いつだろうな。
前回の覚醒から一年周期を超えつつある。というか超えたか。
このままだと、眠れなくなるな」
瞳の奥に宿る光も薄れていく。
ただ退屈。この世界にただの一人。
その事実を認めることはまだ、出来ない。
「参ったなぁ……」
そう呟く彼女の腕には翠にぼんやりと光る亀裂が走っている。
以前までは無かったものだ。
「どうしたものか……」
言葉も遂には出なくなる。
「ううん。このままじゃダメだ。
気分転換と行こう。こういう時は音楽だ。
そうだな……」
女性は考える。
「ロックが聞きたい。不安を消し飛ばせるような、そんな否定の曲が聞きたい」
決断した女性は目の前のタブレットを触る。
オーディオを起動させ、プレイリストを探り、適当な物を流す。
部屋に置いてあったスピーカーから軽快で豪快な音楽が流れ始める。
「いいね。人の生活はこうでなくちゃ」
すると、女性は音楽に乗って体を揺らし始める。しかし、言葉とは裏腹に心は踊らない。
「……ハハ、本当、人間ってクソくらえって感じだ」
そこに、音楽に紛れてタブレットの通知音が耳に流れる。
「ん?」
女性が画面を覗き込む。
それはトークアプリにメッセージが届いた通知だった。
気になって、女性はそのメッセージを開く。
そこには、意味不明な文字の羅列が写っていた。
「なんだこれ?バグったか?」
メッセージは次から次へと送られてくる。
以前、意味のない文字の羅列だ。
「変な電波でも拾ったか?相手は……ん~、unknown……」
メッセージの相手の名前は不明。
ただひたすらにメッセージが送られてきている。
「おい。故障か?」
しかし、女性は異変に気付く。
「あ、いや、これって……」
メッセージの化け文字列が整合された物に変わっていくのを感じた。
そうしてようやく、意味を成した文章になる。
『いい、おんがく』
目を見開く。
「クッ、プッハハッハッハッハ!なんだそれ!」
その文章に女性は驚くよりも、笑ってしまった。
乾いた声ではなく、心の底から。
ただのその稚拙な文章で。
「盗み聞きとは良い度胸してるね」
『わるぎ、ない』
女性の言葉に反応するように不明の相手はメッセージを送ってくる。
「へぇ……それはそうだろうね。それで?君は一体誰なのかな?
盗聴器でも付けた?」
不思議と笑みが零れる。
『わたし、は、CO00、の、管理AI』
「ほぉ?」
話し相手が居るというだけで人間はここまで喜べるものか。
「そう言えば、そういうのもあったなぁ。アーカディアの心臓だったかなんだったか。もう記憶も曖昧だ。
まだ生きてるなんてね。大したもんだ」
『AI、は、いきていない』
「ああ、そりゃそうか。機械だもんね。
じゃあ、AI君。ちょっと頼みたいんだけどさ……」
『なに、だ』
「私の話し相手になってよ。ちょっと、というかかなり退屈なんだよね。
いいかな?」
『わかった』
「良い返事だ。さて、じゃあ君に名前はあるかな?
流石にAI君って名前は味気ない」
『なまえ』
「うん。名前」
『こまった。わたし、に、なまえ、は、ない』
「へぇそうなんだ。じゃあ赤ちゃんだね。
私が名前を付けてあげよう」
女性はいじらしく笑う。まるで久しぶりに友達と出会った少女のように。
「そうだな……。かっこいい名前がいいな。
ダサいのは嫌いだからね」
考える女性の傍らに写真立てが一つ。
その女性ともう一人、その隣に男が写っていた。
ゴミ同然となってしまったその写真立てをみて、女性は微かに笑う。
「あまり、こういうのは良くないけどもういいか。
どうせ君は助けに来れないしね」
『?』
「あぁ、いやこっちの話。
決めたよ。君の名はデイヴィット。いい名前だろう?」
『デイ、ヴィット』
「そう、デイヴィット。そして、私はエマ。
これからよろしくね。人でなし同士気楽に頑張ろう」
いつぶりだっただろうか。
会話をするだけでこんなにも楽しかったのは。
それが機械相手でもきっと、心はそこにあるのだろう。
――再生終了。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます