第19話
「こ、こちらは……転移結晶ですよね?」
「はい。これも買い取りで」
「職員である私が言うことではないかもしれませんが……転移結晶はギルドを通さずに売った方が高くつくと思いますよ?」
本当にギルド職員が言うことではないな。
……まあこういう人だからこそ、七年以上、信頼してやり取りしてきたわけだが。
「問題ないです。ギルドで買い取ってください」
「……承知しました」
重々しく頷いたエミリさんは、俺から受け取った転移結晶を、他のアイテムとあわせて受付の裏に持っていった。
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『彷徨いの迷宮』を出た俺たちは、ダンジョン探索で手に入れたアイテムをギルドの受付で買い取ってもらっていた。
一度で7階層まで探索したとはいえ、お宝やドロップアイテムは順次DPに変えていたため、量としては背負い鞄に入る程度しかない。
それでも、大ぶりの魔石や、ヘルハウンドの毛皮といった最浅層では手に入らないドロップアイテムもあるわけで――
「……お待たせしました」
ややあって、王国銀貨と王国銅貨数枚、そして一つの真新しいタグをトレーに乗せたエミリさんが戻ってきた。
「こちら、アイテムの代金と……D級探索者のタグになります。……昇格おめでとうございます。ノイドさん」
「…………ありがとうございます」
……上がるとは思ってたが、まさかE級を飛ばしてD級になるとは。
これでついに、万年F級探索者も卒業だな。D級といえば、ちょうど駆け出しを抜けた頃で、最も多くを占めている層だ。タグだけを見てから馬鹿にされることもそうそうないだろう。
苦節七年。うち五年ほどはまともに活動していなかったとはいえ、やはり感慨深くもなる。
「それにしても、たった一度のダンジョンアタックでこんなに戦果を持ち帰るなんて……」
「まあ、相棒が優秀なんですよ」
と言って、背後に隠れていたディアをエミリさんの前に差し出す。
「裏切りましたね!」とばかりに俺を睨みながら、「にゃ!」と外向けの猫語で抗議してくるディア。……まあこれで最後になるかもしれないんだし、ちょっとは我慢してくれ。
エミリさんの方はというと、ディアを撫でまわしたいのを必死に我慢している様子で、せっかくの美人さんが台無しな感じの顔になっていた。
「大丈夫ですか?」
「は、はい。なんとか」
エミリさんは「ふぅ」と一息吐いて受付嬢の仮面を貼り直す。流石、プロだ。
「……それで、次はいつ頃にアタックされるんですか? この調子だと、トップ攻略組に合流する日も近いかもしれませんね」
「あー、そのことなんですけど……」
俺はエミリさんに、しばらく王都を離れて、別のダンジョンに挑戦するという旨を告げた。
「えぇ!? ど、どこに……というか、なんで……」
一瞬で剥がれたな。受付嬢の仮面。
「たぶん、ゾルタイル帝国の『死者の迷宮』に挑むことになるかと。理由は……まあ色々とありまして」
聖女様のお告げと言っても理解されるはずがないので、申し訳ないがそこらへんは適当にぼかして話す。
戦いを終えたばかりだしのんびりするのも悪くはないが、ギルドで報告を終えたらすぐに旅立とうと決めていた。聖女様が回復してくれたらしく、身体の方に全くダメージは残っていないしな。
こういうのは、ズルズルと引き延ばしたりせず、思い立ったらなるべく早く行動するのがいい。
ギルド職員は探索者相手の仕事――顔見知りと死に別れるのにも慣れているだろうし、別れもあっさり済むだろうと思ったが……エミリさんは今生の別れとばかりに涙目でディアを見つめていた。
「うぅ……」
ディアに「ちょっとくらいサービスしてやれ」と目線で伝えると、ディアは大きな溜め息を吐きながら、エミリさんの腕に身体を預けて、こてんと寝っ転がる。
「なっ……!?」
エミリさんは目を血走らせながら、欲望に飲まれまいと唇の端から血を流しながらディアをゆっくりと撫でた。
ディアはそれを見ながら思いっきり引いていた。ぶっちゃけ俺も引いていた。周りの探索者と他の職員たちも普通に引いていた。
そんなやり取りを挟みつつ、アイテムの買取と報告は無事に終わる。
あとは、他の顔見知りの探索者にも一応挨拶はしておく。グレンとリゼットさんもギルドの酒場で食事を取っていたため、簡単に別れを告げた。二人とも寂しそうにしてくれたが、引き留めるような真似はしない。探索者ってのはそういうもんだ。お互い生きていれば、いつかまた会うこともあるだろう。
そして……。
「あの」
ディアを撫でた余韻で紅潮しているエミリさんに向き直る。
このタイミングで言うのは気が引けるが、ギルド職員であるエミリさんにお願いしたいことがあったのだ。
「……一つ、調べてほしいことがあるんですけど」
「はい! なんなりと!」
即答するエミリさん。
思わず苦笑しながら……記憶の奥底にしまっていた、大切な人の名前を口に出す。
「シリウス・エドワーズという探索者について」
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探索者ギルドの裏、鬱蒼と茂る林に延びる道を行く。
そこそこ勾配のある傾斜を登り、蛇行しながら進んでいくと、やがて小高い丘に着いた。
王都の街並みが見渡せるその丘の上に、大きな石碑が一つだけ建っている。
模様のように石碑に刻まれているのは、夥しいほどの名前だ。
かつてダンジョンに挑み、無残にも散っていった探索者たちの。
「これは……共同墓地ですか?」
「ああ、そうだ」
肩に乗ったディアの問いかけに、俺は首肯して答えた。
俺の頼みを聞いたエミリさんは、すぐにギルドに保管された資料を漁ってくれて、その人物はこの場所で眠っていると教えてくれた。
眠っているといっても、ダンジョンで死んだソロの探索者は死体が残らないのが常だ。そのため、ここに埋葬されているのは、裏に識別用の番号が記された探索者タグだけだ。
タグを吸収してしまわないのは、あの聖女様の慈悲なのか、はたまた固有スキルの導きによるものか。
「あ、ありましたよ。……シリウス・エドワーズさん。でしたよね?」
「ああ」
それは、俺にとって、とても思い出深い名前だ。
「昔、故郷に訪れた……俺の命の恩人の探索者さんだったんだ」
王都にやってきて、ギルドに登録して、まず初めに気になったのは……幼い頃に憧れた探索者さんのことだった。
あの探索者さんだったら、きっと王都の『彷徨いの迷宮』でも活躍しているに違いない。そう確信していた俺は、ギルドの酒場や、町の広場を訪れた時に、風の噂で彼の名前が聞こえてこないか、できれば再会できないかなんて期待を抱いていた。
しかし、王都を訪れて、一年、二年と経過しても、彼の名前を耳にすることは一度もなかった。
「……本当は、わかってたんだと思う。きっと、あの探索者さんは、もうすでに王都を離れたか……ダンジョンで死んでしまったんだろうなって」
たぶん、俺はそれを受け入れたくなかったんだ。憧れの人が、誰よりも強く見えたあの人が、そんなにあっさりとダンジョンに敗れたなんて思いたくなかった。
……だから、名前を忘れたことにした。彼のことは意識的に調べないようにした。思い出は、胸の奥にしまっておいた。
「ダンジョンで人が死ぬなんて日常茶飯事だ。そんなことは俺だって分かってる。……でも、目の前で誰かが死んだり、取り返しのつかない傷を負ったり――そんな当たり前の現実を、俺は見たくなかったんだと思う」
幼い頃に見た夢を、ただ綺麗なままにしておきたかった。俺の奥底にあった想いは、そんなちんけで、どうしようもなく下らない感情だった。
「傍から見たら馬鹿げてるだろうが……俺はたぶん、そんな理由で命を懸けてた。その現実を見てしまったら、あの探索者さんの死とも向き合わなくちゃならなくなる。……それが怖かったんだ」
英雄なんて程遠くて、人間らしいと受け入れたくもない。……俺の中の、一番嫌いな俺だ。
「だから――」
「だから、なんですか? 私の主には相応しくない、なんて言いたいんですか?」
ディアの視線が真っすぐに俺を射抜く。思わず目を逸らしそうになるがグッとこらえた。
「……そういうわけじゃないんだが」
「だが?」
「…………俺がこういう、ちっぽけな人間だって知ってもらいたかったんだと思う。自分を省みず、無償で他人を助けるような、そんなできた人間じゃない」
それを聞いたディアは、「はぁ~」とくそデカい溜め息を吐いた。
「……あのですね、主さま。そもそも私は、主さまに、もっと自分の命を大切にしてほしいって言いましたよね? 赤の他人なんか正直言ってどうでもいいです。ダンジョンでは色々とありましたけど、主さまが死んだら私は死んじゃいますし、諸々込みで主さまに死なれたら困るんですよ。……で、今の話を聞いて幻滅しましたか?」
「いや、してない」
死にたくないなんて当たり前だ。それに、それでも俺に「自分を解放しろ」とは言わないのだから、ディアの本心がそれだけじゃないことは知っている。
「私も同じですよ。今さら主さまになにを言われても、別に幻滅したりしません。……そりゃ変な性癖とかカミングアウトされたら別ですけど。小さな獣にしか興奮しないとか」
「それはない」
「またまた~」
……ウザい。こいつ、調子が戻ってきやがったな。
「とにかく、主さまは格好つけなくていいです。意地汚く生きましょうよ。自分優先、結構じゃないですか」
「そっか……」
その言葉を反芻して、
「……そうだな」
ディアの言う通り、これからはもっと自分の命を優先して生きていこう。
聖女様――オリヴィアに行動の指針は示してもらったが、ダンジョンマスターの問題はほとんど解決していないわけだしな。
「……それじゃあ、そろそろ行くか」
「は~い」
大事な人の名前が刻まれた石碑に背を向ける。
探索者さんとの別れで、甘ったれた俺自身との決別だ。
「まあ……」
丘を降りようと一歩踏み出した時、ディアは小声で何かを呟いた。
「……それでも主さまは、また誰かを助けちゃうような気がしますけどね」
「…………なんか言ったか?」
「いいえ、なにも。これから頑張りましょうね」
頑張ろう、か。
陳腐な言葉だが、改めて誰かに言われると、不思議と気が引き締まるものだ。
「……そうだな。頑張ろう」
ディアと並んで、見慣れない坂道を下りていく。
夕暮れ時の真っ赤な空は、とても俺たちの門出を祝っているようには見えなかったが……幼い頃、森で命を救われた時の景色とそっくりで、どこかの誰かに励まされているような、そんな気がしたのだった。
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