第17話
予想していた通り、聖衣の女性はダンジョンマスター――俺の同類だった。
そして、その名を聞いて、一つ思い浮かぶ話があった。
それは、Z氏がこの世界に送られる直前、自称神様が話していた他のダンジョンマスターのことだ。
『……選りすぐりの魂を選んだよ! 単騎で邪龍を討伐した英雄とか、神の教えに生涯を捧げた救国の聖女とか、他の世界で数千年も崇められた賢者とかね!』
その聖女然とした姿を見れば、自然と話は結びつく。
救国の聖女。オリヴィア。
そう聞けば、この世界に住む者は誰しもとある童話を頭に浮かべるだろう。
有史時代の最初期。神の教えを頑なに守り、やがて天啓を受けて国を救った聖女様の話だ。俺も、物心がついた頃、寝物語として母親から聞かされたことを覚えている。
そんなおとぎ話の存在が、今、目の前にいた。
「どうした? 黙り込んで」
俺が黙っていると、聖女様は古めかしい話し方ながら、思いのほか親しげのある感じで話しかけてくる。
「…………」
深呼吸を一つ。先ほどの問いかけに俺が答えてから、空気は一気に弛緩していた。今更襲われる可能性は少ないだろうと考える。
「……一つ、質問させてくれ」
「許す。申せ」
主導権を握られないように、あえて対等であるような口調で尋ねてみたが、聖女――オリヴィアは不快に感じた様子はない。
背後のモンスターたちも、本人に咎める気がないなら特に気にしないようだ。
「……なんで、俺とディアを助けたんだ? あのデュラハンを嗾けたのは、あんたじゃないのか?」
「如何にも、デュラに其方らの討伐を命じたのは妾だ。……しかし、あやつは何か言っておらぬかったか?」
デュラ、とはデュラハンのことだろう。
あいつと口を利いたのは戦う前と、戦いの途中。
戦う前に言われた言葉は、確か……。
「……示せたのなら、生きる」
「そう。其方は示した」
「示したって、何を……?」
オリヴィアは慈愛に満ちたような視線を向けてくる。
「人の可能性だ。管理者と人の合の子よ」
……なるほど、少しだけ読めてきた。
「迷宮管理者であり、人間。……珍妙極まりないが、其方自身が人だと自覚しているのなら、妾にとっては導くべき人の子よ」
聖女オリヴィア。敬虔なる神の信徒。
彼女が仕える存在は、生前も、ダンジョンマスターになってからも変わらないはず。
きっと、ダンジョンマスターになる前に、Z氏と同じことを自称神様に言われたに違いない。
『文明を発展させてほしい』と。
「妾は人の世の発展のためには、人の子を強くすることが最も善き近道だと考えた。……其方も、管理者の力を持っているなら、固有スキルについては知っているな?」
「……ああ」
「妾の固有スキルは『導きの天啓』。神の意に沿うよう、人の子に与えるべき試練が分かるというもの。故に、神の導きのまま、デュラを其方たちの元に送ったというわけだ」
固有スキルはダンジョンマスター自身の本質的なものが反映される。信心深さが過ぎて固有スキルにまでなってしまうとは……態度は尊大に見えるが、聖女の名は伊達じゃないらしい。
「デュラの放った黒炎を前に、まだ抗う意思があるのなら生かし、そのまま諦めるのなら死ぬ。それが『導きの天啓』により示された未来であった」
……あの時は無我夢中だった。ただ、俺が死ねばディアも死ぬと分かっていたから、何が何でも諦めちゃいけないと思っていた。
と、そこまで聞いたら、ディアが話していた仮説にも繋がる。
「……5階層のレアオークと、7階層で戦ったオーガも?」
「然り。もっとも、オークに関しては其方ではなく、別の二人組に差し向けたものだがな」
……グレンとリゼットさんか。
あの時は、俺が駆けつけてなければ、十中八九二人とも死んでいたと思う。
話を聞くに、この試練というやつは、そこまで生存率が高くないように思えるな。……簡単に乗り越えられるようでは、試練にならないというわけか。
探索者にしてみたら、途轍もなく傍迷惑な固有スキルだ。そうして命を落とした探索者もたくさんいただろうが……それに関しては今更か。モンスターを生み出し人を襲わせている時点で、ダンジョンマスターは人類の味方たり得ない。
「……ん……ぁ」
と、聖女様の胸に抱かれて眠っていたディアが身じろぎをする。
「……ん、ここは……?」
「ほう、目を覚ましたか」
一瞬だけ瞳に警戒を浮かべたディアは、正面に立つ俺と、自分を抱くオリヴィアを見る。
「……察するに、貴女様は『彷徨いの迷宮』のダンジョンマスター様、という認識で合ってますかね?」
「然り」
「……そうですか」
そして、再び胸に顔を埋めた。
「おい」
「ほほう、其方、妾のモノになりたいか?」
命がけで助けた結果、あっさりと寝返られるとは……。
「いいえ……ですが、主さまも私も生きているということは、敵対はされていないものと判断します。今のうちに、精一杯媚びを売っておこうかと思いまして」
ということらしい。久し振りにこいつの軽口を聞いたな。体調は戻っているようで一安心だ。
「ふふ、愛い愛い。主従揃って愉快だな」
聖女様にもわりとウケたようで、口元を隠して微笑んでいる。しかし――
「……む、そうだ」
そう呟くと、おもむろに片手を広げる。
すると、分厚い本がその手のひらに現れた。
「それは……?」
「其方にもできるのではないのか? 妾はこれを用いて、道具や魔物を生み出すことができる」
道具や魔物……アイテム生成とモンスター召喚か。
つまるところ、この本がオリヴィアにとってのメニュー画面ということらしい。俺のメニューがゲーム画面じみてるのはZ氏の影響で、本来は各々が理解しやすい媒体になるということか。
その本型のメニューで一体何をするのかと思っていると……オリヴィアは開いたページに手を乗せ「出でよ」と仰々しく告げた。
その瞬間、本は眩く発光し、彼女を中心として嵐のような風が吹き荒れる。
俺の時はこんな演出ないんだが……強力なアイテムや強いモンスターを生み出す時には起きる現象なのか。それとも聖女様限定の何かなのか。
ややあって、鞘に入った一振りの剣が本の中から生み出される。……やたら煌びやかで、鞘も柄も光り輝いているようだ。きっととんでもないDPを消費して生み出したに違いない。
その剣は宙に浮きながら、ゆっくりと俺の方に向かってきた。
思わず身構えるが、ちょうど俺の目の前、手を伸ばせば届くような位置で制止した。
なんだこれ、自慢したいのか? なんてことを考えていると、オリヴィアは厳かに口を開く。
「褒美だ。受け取れ」
………………。
…………マジで?
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