第12話
ヘルハウンドは、通常は一体から三体ほどで行動するモンスターだが、例外的な行動として――遠吠えで仲間を呼び、周囲一帯のヘルハウンドを集めてしまうことがある。
これはヘルハウンドが手傷を負ったり、仲間を倒された際、稀に起こす行動だ。そのため、なるべく迅速に全滅させるのが対ヘルハウンドでのセオリーとなっている。
「……ッ!」
駆けつけた先では――予想通り、十数体のヘルハウンドと探索者パーティが交戦していた。
タグを見る限りは……C、D級の五人で構成されたD級パーティといったところか。あの数となるとかなり厳しそうだが……。
「助けはいるか!?」
一瞬の膠着状態を見計らって声を張る。
ややあって、リーダーらしき体格の良い女探索者から返事が返ってきた。
「必要ない! 我々だけで対処できる!」
女探索者は大盾でヘルハウンドを弾き飛ばしながら、味方に短く指示を飛ばす。
前衛の一人が身軽さを活かしながら数体を翻弄し、リーダーともう一人の剣士、後衛の魔法使いがその間隙に攻撃を叩き込む。怪我を負えば、都度ヒーラーが回復魔法をかけていた。
……いい連携だな。
結局、苦戦はしたものの、そのパーティは誰一人欠けることなくヘルハウンドの群れを討伐してみせた。
……俺はこちらに向かってきた一体を倒しただけだな。
快哉を上げるメンバーたちを労いながら、リーダーが重厚そうな鎧を鳴らしながらこちらに歩み寄ってくる。
「すまない、一体打ち漏らしてしまった」
「いや、それは気にしなくていい。……どうやら、余計なお世話だったみたいだな」
「そんなことはない。後ろで一人控えているだけで、こちらとしても気が楽になった」
屈託のない表情で言ってくるリーダー。
人間ができているな……などと考えていたら、少し遠慮がちに問いかけてきた。
「……もし魔力ポーションが余っていたら、買い取らせてもらえないだろうか? ヒーラーの魔力が今の戦いで尽きてしまって」
魔力ポーションか。ちょうど6階層で手に入れていたな。
一つしかないが、必要になったらDPで生成できるので問題ない。
ポーションを手渡すと、リーダーは顔を綻ばせた。
「ありがとう。助か……る」
と、そこで俺の首にかかったタグに気づいたようだ。
「F級だったのか……。先ほどの剣の冴えから、てっきりB級以上の探索者かと……」
そりゃ随分と高く見積もってくれたな。
B級探索者の腕は、昔、ギルドの訓練場でチラッと見たくらいだが……流石にあそこまでは届いていないと思う。B級以上の高位探索者ってのは、C級以下とは比べ物にならない、人間を辞めかけてるような実力者だからな。
……というか。
「そっちこそ、D級のパーティとは思えない戦いだった。全員C級でもおかしくないくらいじゃないか?」
「ああ、私たちのパーティ……『白銀の盾』は全員同郷でな。つい先月、探索者になったばかりなんだ」
なるほど、それなら駆け出しと言ってもいいくらいだ。
俺が言うのもなんだが、実力とランクが釣り合っていないのも頷ける。
「それで、貴方はどうして……」
少し言い淀んだが、彼女が何を言いたいかは分かる。
「俺がF級なのは、かなり昔に登録して、ずっとダンジョンに潜ってなかったからだ。最近になってスキルに目覚めて、また挑戦することにしたんだ」
「なるほど……どうりで」
と、その説明だけで納得してくれたようだった。
ついでなので、ヘルハウンドの危険性や、この階層付近での他の注意点について話すと、彼女は素直に聞き入れ「忠告感謝する」と頭を下げてきた。
その後、腰を下ろして少し話をしたのち、リーダーは相場より少し高い魔力ポーション代を俺に支払い、メンバーのヒーラーにポーションを飲ませた。
「それでは、我々は行くとする」
この階層の探索を再開するのだろう。
最後に改めて感謝を告げ、メンバーと一緒に手を振り去っていった。
「……ふぅ」
……それにしても、大事にならなくてよかった。
実力のあるパーティで良かったが、同ランクの他のパーティだったら危なかったと思う。俺も一人でいる時、あの数のヘルハウンドに囲まれたら対処は難しい。
「主さま……」
と、岩陰に隠れていたディアが出てきた。
俺たちのやり取りはずっとそこから見ていたらしい。
俺も気づいてはいたが……わざわざディアの存在を明かす必要はないと思って黙っていた。
それに、あのパーティも五人中三人は女性だったから、これまでの経験上、ディアの容姿を見られたら騒がれていた可能性が高い。
「…………」
「……ディア?」
「…………」
ディアは先ほどから黙ったままだ。おしゃべりなこいつにしては珍しい。
紹介しなかったことに拗ねてるのか? それとも、呼び止められた時に無視したことか?
尋ねようと思った時、ディアはゆっくりと口を開いた。
「……主さまは」
いつになく真剣な表情で問いかけてくる。
「主さまは、何の目的でダンジョンに潜っているのですか?」
「は?」
なんだよ今さら。
そんなもんはディアだって分かってるだろうに。
「DPを集めるために決まってるだろ」
「そういうことではなくて……」
ディアは理解に苦しむように眉をひそめる。
「生きるため、ですよね?」
「……む」
そりゃそうだが……意味は大して変わらないだろう。
DPがなければ死んでしまうのは事実だ。
「でしたら、DPを集めるのと同じくらい、主さま自身の情報の秘匿は最優先とすべきではありませんか?」
「……まあ、そうだな」
ギルド側にも、ダンジョン側にも、俺の情報が漏れて良いことなど一つもない。
もしもギルドにバレたとして、運が良ければ情報提供者として遇されるかもしれないが、可能性が高いのはモルモットか――人型モンスターとして討伐依頼を出されることだって十分あり得る。ダンジョンの方は言わずもがな。
「それでは……もしあの方たちが窮地に陥っていたとしたら、襲われていたのがヘルハウンドではなくオーガだったとしたら……自分の――ダンジョンマスターの力を使ってでも助けましたか?」
「…………」
話の流れが読めずに困惑する。
「答えてください」
……少し想像してみる。オーガに為す術なく蹂躙されるD級パーティ。俺にはなんとかできる力があって、それを振るうことには少なくないリスクが発生する。
どうだろうな。もしかしたら、魔眼くらいは使っていたかもしれない。だが、その場でアイテムを生成したり、武器を吸収したりは流石に……いや、その時になってみないと分からないかもしれない。
「……分からん」
ディアは「はぁ」と大きな溜息を吐いた。
いつもの皮肉気なやつではなく、心底失望しているように。
「グレンさんとリゼットさんを助けたという話にしても……ポーションを生成する瞬間を見られたかもしれないし、そもそもそんな状況で生き残れたこと自体が奇跡ですよ」
……ディアの言っていることは正しい。
生き残れたことが奇跡。死んでいて当たり前くらいの無茶をした。
結果的に大量のDPを手に入れることはできたが、そのためにリスクを取ったわけではない。
「主さまは……英雄でもになりたいのですか?」
「……それは」
…………違う、と思う。
いや、違うはずだ。憧れの探索者さんのような存在になりたいとは思っているが、それはたぶん、英雄とは違う。
俺は、強くなって、他のダンジョンマスターに殺されないために、ダンジョンに潜っている。
探索者になることが夢だったから。もう一度夢を追いかけようと思ったから。美味い飯をたくさん食いたいから。細かい理由はたくさんあるが、もっとも優先すべきなのは俺自身が生き残ることだろう。
その優先順位の話を、ディアはしている。
「マスターとモンスターの主従関係についてはお話ししましたよね?」
「……ああ」
「主さまが死んでしまえば、私も死んでしまうんです」
いつものおちゃらけた反抗ではなく――それは初めて見る、ディアの明確な意思表示だった。
「……何をすべきか、何を捨てるべきか、見誤らないでください」
そう言って背を向けるディアに、俺は言葉を返すことができなかった。
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