第10話
「(C)……コピーライトですかね?」
「何の著作権だよ。あと(Z)の方はどうなる?」
「じゃあローカルディスクとか?」
「残念、それだと(C:)だ」
……と、この世界の現地人が聞いても100%わからないような会話をする俺たち。
つか、Z氏の知識、変な方面にばっか偏ってるんだよな。もっと兵法だとか科学知識だとか、探索者として役に立ちそうな情報を頭に詰め込んでおいて欲しかった。
……ん? Z氏?
そういえば、Z氏と(Z)は同じアルファベットだな。
「あ~、これは……たぶんそういうことですね」
ディアは一人で得心したように頷いた。
「どういうことだ?」
「おそらくですよ。このダンジョンは三番目に生まれたダンジョンだというお話です。Zさんが二十六番目のダンジョンマスターであるのと同じように」
……ああ、そういうことか。
この世界におけるアルファベットは、文字というより数字に近い扱われ方をしている。ダンジョン黎明期に、ダンジョン内で二十六種のアルファベットと、それぞれの読み方が示された石板が発見され、ダンジョン言語として世界中に流通したからだ。
余談だが、探索者の等級やモンスターのランクがアルファベットで表されるのもそういった理由だ。なので、探索者の等級は最高位でもAAA級であり、Z氏のよく読んでいた創作物のようにS級は存在していない。SupremeもSpecialも意味が通じないからな。
俺やディアはアルファベットがちゃんとした言語体系だと知っているが、この世界の常識に照らし合わせれば、アルファベットは数字以上の意味を持っていない。
Z氏が――今では俺が管理するダンジョンが二十六番目=Zなのだから、『彷徨いの迷宮』は三番目=Cと考えるのが自然だ。
「ようは、この(C)の転移結晶を使えば『彷徨いの迷宮』の任意階層に、(Z)を使えば俺のダンジョンに転移できるってことか」
「試してみなければ分かりませんが、十中八九そうでしょうね」
なるほど、表記のせいで無駄に混乱してしまったが、当初の目論見通りだ。
これで移動の問題は大幅に改善し、1万DPで自由に王都と俺のダンジョンを行き来できるようになった。
……いや、それだけじゃないな。
他のダンジョンでも転移結晶を入手できれば、大陸を一瞬で渡ることも可能なはずだ。
もちろん一度は自分の足で赴く必要があるが、一気に世界が広がったような感覚だ。
「何はともあれ、当分は『彷徨いの迷宮』の攻略に勤しみましょう」
「……そうだな」
ダンジョンが変われば、地形はもちろん出現するモンスターも大きく変わる。
気軽に狩り場を変えられるほどの実力はまだないからな。今はしっかり地力をつける時期だ。
油断せずに、『彷徨いの迷宮』の探索を続けよう。
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それからしばらく練り歩いたが、目ぼしいお宝は見つからず、随分と時間を無駄にしてしまった。
普段なら寝ている時間なので、探索は一旦中断して休むことにする。転移結晶で入口まで戻って宿屋で寝るのもありだが……往復2万DPの消費を考えると、ここで一晩明かした方がいいだろう。幸い、余力もまだ残っているしな。
「……なんです、それ?」
俺が地面にぽつんと置いた石を見て、ディアが訊いてくる。
「これは結界石だな。これを置いておくと、モンスターが近寄ってこないんだ」
こいつは『彷徨いの迷宮』で手に入る不思議アイテムの一つで、魔力を込めると燐光を放ち、その間はモンスターが襲ってこなくなる。レア個体やボス級のモンスターには通じないが、通常のモンスターには効果絶大らしい。
今日は長丁場になると思い、ダンジョンに入る前にギルドで買っていたのだが……エミリさんと揉めていたディアは気づかなかったみたいだな。
「これ……何の力も働いていないように見えるんですが……」
「……そうなのか?」
「ええ、見たところ、本当にただ光るだけの石ですね……」
その時、数十メートルほど離れた曲がり角から単体のヘルハウンドが現れたが、こちらを見て、結界石の光が見えた瞬間にそそくさと踵を返した。
「…………」
「…………」
ちゃんと効果は発揮しているようだが……。
「たぶん、この石を見たら逃げろってダンジョンマスターが指示してるんじゃないですかね?」
「……なるほど」
なんという身も蓋もない……。
裏事情を知ってると結構冷めるな。
「……まあ、効果があるならいいだろ」
「……そうですね」
気を取り直して、今日の分の夕食を出すとしよう。
「プレミアムな猫缶にするか? 収支的にはかなりプラスだから全然いいぞ」
「お、太っ腹ですね~主さま。……でも、今回はちょっとカリカリというやつを食べてみたいです」
カリカリかぁ。日本の猫の餌としては一般的らしいな。ちょっとだけ高めのやつにしておくか。
「ほれ」
ちょうど一食分サイズはなかったので、大袋のやつをちょうどよさげな量を器にあけて、残りはDPに戻してしまう。
「いっただっきま~す。……カリカリ……ふむ、あ~、こういう感じですか」
「美味くないのか?」
「いえいえ、悪くはないですよ。野菜とか肉の風味が豊かです。ただ、身体に必要そうな栄養素だな~というか。食事が本来不要な私の琴線には触れない味だな~と」
「ふーん」
よくわからんが、そういうことらしい。
残す気はないのか、ディアは食事を再開し始めたので、俺も自分の飯のことを考えよう。
と言っても、今回はすでに何を出すか決めていた。
ハンバーガーのすぐ下にあった『ピザ』がかなり気になっていたのだ。
本当はイタリアピザとアメリカピザで色々と違うらしいが、Z氏の知識の関係か、項目などは分かれていなかった。
とりあえずはオーソドックスなマルゲリータMサイズを一枚。
「……おお」
生地はたぶん薄め。クリスピーなんとかみたいな感じだ。
トマトの赤に、チーズの乳白色。そしてバジルの葉の緑がいい感じのコントラストになっている。
六等分になっていたので、その内の一欠片を外して口に運ぶ。
……うん。美味い。個人的にはハンバーガーより好きだな。
トマトの酸味をチーズのまろやかさが中和し、食感の良い生地のうまみをより引き出している。
出した時は少し多いかもと思ったが、途中で全く飽きも来ず、すぐに完食してしまった。次は他の味も試してみたいな。
食後の余韻に浸っていると、隣で食事を終えたディアがこちらを見ていることに気付く。
「……なんだ?」
「いや~、美味しそうに食べるな~と」
そりゃ地球の飯が美味すぎるのが悪い。
俺だって、安宿の飯や土みたいな保存食を食ってる時は、たぶん死んだ目をしてると思うぞ。
「つーか、お前も人のこと言えないだろ」
「え? ……いやいや、私は常に冷静ですから。主さまみたいに蕩けた顔なんてしてませんよ」
知らぬは本人ばかりか。まあどうでもいいが。
「ほら、そろそろ寝るぞ」
「は~い」
……本音を言うと寝袋でも出したいところだが、他の探索者に見られると言い訳が面倒だ。
壁を背にして腰を下ろし、片膝を立てたまま剣を抱く。モンスターにはさほど警戒せずともいいはずだが、探索者も善人ばかりとは限らないからな。一応、いつでも動けるようにしておく。
ディアは俺をベッドにして寝ると決めたのか、寝かせた方の足の上に寝っ転がった。
「おやすみなさい、主さま」
「……おやすみ」
短く返し、静かに目を瞑った。
そうして、ダンジョンで過ごす夜は更けていくのだった。
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