第9話

「お疲れ様です~。どうでした? 魔眼の使用感というか」


 戦闘中は物陰で見ていたディアが尋ねてくる。


「……そうだな。想像してたよりも強力だと思う。使ったDPを考えるとかなりお得感があるな」


 コスパ最強ってやつだ。


「あ、それなんですが」


 ディアは腕を組んで思案げな表情になる。


「たぶん主さまの特殊称号に影響してるんだと思いますよ」


「特殊称号? ……ああ、そういえば変わった効果のやつがあったな」


 ディアが言っているのは、おそらく『英雄の萌芽』という特殊称号だろう。あれには戦闘スキルの効果補正があったはずだ。


「本来であれば、主さまの一般人に毛が生えた程度の魔力量では、全魔力を注いでも大して効果を実感できないのが普通だと思います」


 なるほど、そうだったのか。


「あと、レア個体のオークを倒したという『瞬間強化』にしてもそうですが、低コストで生成できるオーブのスキルなんて、辛うじて実感できる程度の効果しかないか、ピーキー過ぎて使い物にならないのが普通なんですよ」


「……そんじゃあ何か? 『英雄の萌芽』の戦闘スキル補正(大)ってのがそこまで絶大な効果を発揮してるってことか?」


「おそらくは。……合計討伐数が0体の状態でレア個体を討伐なんて、そうそうあることではありませんから。それ相応の恩恵があると考える方が自然です」


 そう聞くと、とんでもないアドバンテージだと思えるな。

 俺だけの特別なスキル――なんて考えて心躍るような年齢じゃないが、改めてあの頃の苦難の日々が報われた気分だ。

 しかし、逆に考えると、一度条件を逃してしまった特殊称号は一生取得ができない可能性が高い。称号一覧のカタログみたいなもんがあればいいのにな。



▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲



 目立った傷を負うこともなく、6階層の探索を進めていく。


 衰弱魔法の認識阻害が通用しなくなったハイゴブリン、レッドスライムを倒し、道中の宝箱から初級ポーションと、魔力を回復させる魔力ポーションを一本ずつ手に入れた。

 これ一本でどれだけ魔力が回復するかは不明だが、元々の魔力量の少ない俺が使うのは勿体ないだろうな。


 外の時間ではもうじき日が暮れる頃だろう。修行という名のルーティンを三年繰り返した結果か、体内時計の正確さには自信があった。

 今日はここで探索をやめて野宿するのもありだが、7階層への階段が近かったため、進んでしまうことにした。


 7階層に登場するメインのモンスターはヘルハウンドだ。

 すでに見慣れた感があるが、6階層まででは一体、多くて二体だったのが、ここでは三体以上の群れで現れることもある。今までの感じだと、よほど油断でもしない限りは大丈夫だと思うけどな。


 さて、ここまでは最短距離を進んできたが、そろそろアイテム回収をメインに考えてもいいだろう。


 頭の中の地図を頼りに、アイテムのありそうな場所にあたりをつける。

 宝箱の置いてある場所というのは、ある程度は探索者たちにも知れ渡っているが、時たま思いもよらない場所に置いてある場合もある。全てはダンジョンマスターの御心次第、だな。


「おっ」


 何度目かの角を曲がり、行き止まりまで歩いて行くと、そこに今までよりも少し豪華に見える宝箱があった。

 浮かれそうになる心を抑え、まずは宝箱が本物か確認することにする。7階層ではまれにミミックも登場するからな。

 一応ディアにも確認してみたが、「たぶん違うと思いますけど……わからないですね」と答えられた。そういうスキルを持っているわけでもなし、仕方がない。


 剣の先端で数度つついてみて、飛びかかってきても対処できるよう心構えをしながら宝箱を開く。

 幸い、宝箱はミミックではなく、中には一度見たことのあるアイテムが入っていた。


「これ、あれですよね?」


「ああ……転移結晶だな」


 これが『彷徨いの迷宮』の転移結晶か。見た目は俺のダンジョンのものと全く同じだな。

 これで、緊急時のダンジョンからの脱出手段が増えたな。俺のダンジョンの転移結晶を使うのもありなんだが、王都から突然消失することになるので怪しまれるリスクが伴う。

 この結晶だったら、『彷徨いの迷宮』の行ったことのある任意階層に転移することが――


「……主さま?」


 その時、ある考えが頭に浮かんだ。


「……なぁ、これ、DPに変換したらどうなると思う?」


「はい? …………そりゃDPが増えると思いますけど、ボケたんですか?」


「ちげーよ」


 ダンジョンの知識が標準装備されているディアにもピンと来ていないようだった。……いや、だからこそか。


「アイテムをDPに変換すると、そのアイテムを再生成することができるようになるよな」


「ええ、そうですね」


 最初に知った時は「質屋かよ」と思わずツッコミを入れたが、アイテム生成にはそういう便利機能がある。レアオーク戦で鞄を外身ごとDPに変えたが、新しい品を買うのも手間なので、再生成して同じ鞄を使っているしな。

 ちなみに、同種なら最初に取り込んだアイテムと全く同じアイテムのみが生成されるようになっている。使いかけの初級ポーションを取り込んでみても、新品の初級ポーションしか生成できないということだ。じゃないと、取り込むたびに大量の項目がリストに追加されてしまうからな。


「この転移結晶を取り込んだら……アイテム生成のリストに表示されてる元の転移結晶はどうなる?」


「それは…………どうなるんでしょう」


 ディアはハッとした表情で考え込む。俺のダンジョンの転移結晶と、『彷徨いの迷宮』の転移結晶が同種判定なら、ただDPに変換されてしまうだろう。


 だが、もしそうじゃなかったとしたら。


「……試してみる価値は、ありそうですね」


 俺は無言で頷き、転移結晶を握り込んだ。

 そのまま、強く『取り込む』とイメージすると、結晶は光の粒子となって俺の中に吸い込まれていった。


 メニュー画面を確認してみると、収支履歴には+10000(5000DP)と表示されている。生成コストは同じだな。


 そして、アイテム生成のリストを確認してみると……。


「転移結晶……(C)と(Z)?」


 表示されている転移結晶は二種。

 その末尾に、括弧で囲まれた二つのアルファベットがあった。

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