第6話
「……申し訳ございません。大変お見苦しいところをお見せしてしまい……」
あの後、逃げるディアをにじり寄るように追いかけ、俺の周りを五周ほど歩き回ったところで、ようやく正気に戻ったエミリさんが顔を真っ赤にしながら謝罪してきた。
「いや、俺は別にいいんですけど」
……完全にエミリさんを危険人物と認識したディアと、後ろで固まっている門番とグレンの方が深刻そうだ。仕事がデキる美人ギルド職員って感じで有名だったからな。エミリさん。
「……まあ気持ちはわかりますよ。こいつ、見た目は可愛いですもんね」
と、適当な慰めの言葉をかける。ディアが「お?」と言った顔で見上げてくるが無視。
本音を言えば、俺はファンシーなやつより普通の猫の方が好きだ。もっと言うと人語も喋らない方が良い。
しばらくして、落ち着いたエミリさんによってギルドの認可も得られたので、これで晴れてF級探索者兼テイマーだ。
エミリさんには、先日覚えたスキルとはモンスターテイムのことで、ダンジョンではモンスターをテイムできなかったが、街道で偶然ディアを見つけてテイムしたとそれっぽい話をしておく。
「すみません、てっきり嘘をついていたのかと……」とエミリさんに頭を下げられたが、実際のところ嘘しかついていないので仕方がないというか、こちらこそ申し訳ない。
いつか、他人のこの秘密を打ち明ける日は来るのだろうか?
……きっと来ないだろうな。と自答する。
「なんかカッコよさげな独白してません?」みたいな顔で見てきたディアにはデコピンを食らわせておいた。
道を開けた門番に軽く頭を下げ、王都の正門をくぐる。日も暮れてしまったので、そのまま二人と別れ、いつもの安宿に向かうことにした。エミリさんが名残惜しそうにディアを見ていたので、隣で浮かぶディアに視線で促すと、嫌々ながら、別れの挨拶のように尻尾を左右に振った。
エミリさんは目を輝かせて両手をぶんぶんと振り、周りの通行人はギョッとした表情でエミリさんを見た。またイメージが崩れますよ……。
ディアがいるせいだろう。存分に人々の視線を集めながら、東区画の安宿に到着した。
ひと月分の宿代は先払いしていたので、受付けを素通りして部屋に向かおうとしたが、座っていた店主の親父に呼び止められた。
「……おい、ウチは動物禁止だぞ」
……なるほど、そういう問題があったか。
となると、ペット可能なもう少し高めの宿屋を探すしかないか。流石に外で寝かせるわけにはいかんしな。
そう思って、残りの宿泊はキャンセルし、すでに払ってしまった数日分の宿代の返金を求めたが、それは店主に思いっきり渋られた。まあ契約書に書いたわけでもなし、必要経費と思って割り切るか。
ということで宿を引き払った後、また三十分ほど歩き、今度は西の区画に到着した。南区画は貴族街で平民向けの宿なんて皆無だから消去法だな。立ち入りが禁止されているわけではないが、金持ちどもから白い目で見られて、何かしでかせばすぐに衛兵を呼ばれること請け合いだ。
地球と違いネットなんて便利なものはないので、誰かに聞き込みをしなければ、と思ったところで、ちょうどよく数少ない顔見知りを見つけた。
グレンの妹……たしか名前はリゼットって言ったか。
「おーい、リゼットさん――」
「ひぅ!?」
声をかけた瞬間、肩を跳ねさせて、そばの店に立て掛けられた看板の裏に隠れてしまった。……そういえば、極度の人見知りって話だったな。
警戒も露わに看板から顔を出していたが、話しかけたのが俺だと分かって、おずおずと歩み出てきた。
「…………ご、ごめんなさい。ノイドさん……でしたよね?」
「……ああ、悪いな。ちょっと訊きたいことがあって、今話しても大丈夫か?」
長い沈黙の末、リゼットさんは「……はぃ」と虫が鳴くような声で囁いた。
D級探索者のうえ、グレンが俺と同い歳でその三つ下――十九歳になるはずだが、幼子を相手にしているような気分になる。身長は俺よりは低いものの、女性としては高いように思うんだが。
ちゃんと探索者としてやれているんだろうか? ……いや、ランクでは俺より格上だし、無用な心配か。
「えーと、この辺で動物と一緒に泊まれる宿ってあるか? こいつをテイムしたから今までの宿に泊まれなくてな」
俺の肩の上でくつろいでいたディアを前に差し出し、エミリさんたちに言ったのと同じ説明をする。しかし、リゼットさんは途中から説明が聞こえていない様子で、眦を下げながらディアを見つめていた。
「ふぁ……ふわふわ……」
「……リゼットさん?」
「あ、は、はい。ご、ごめんなさい」
視線はディアに固定されたままだが、小さく咳払いをして向き直った。
「……や、宿ですよね。そういうことでしたら……わたしが今泊まっている宿が良いかと思います。たしか、ちょうど隣の部屋が空いていたはずです。清潔で料理も美味しいですし、その、ディアさんがいても大丈夫……だと思います」
お、それらしい情報がもらえればいいかなと思ったが、彼女自身がドンピシャで条件に合った宿に泊まっているらしい。
D級探索者が泊まる宿なので値は少し張るかもしれないが、料理が美味いというのは高ポイントだ。
しかし、少し問題もある。
「俺は大丈夫だけど……リゼットさんは大丈夫なのか? なんつーか、人見知りって聞いてるし、男の俺が隣に泊まるのは……」
「だ、大丈夫です」
「でも……」
「大丈夫です、から」
と頑なに主張されたので、ひとまずリゼットさんの泊まっているという宿に行くことにした。
二人と一匹で並んで歩くが……沈黙が重い。リゼットさんから話しかけてくることはないし、俺もそこまで饒舌なわけではないからな。
しかし、横目でチラチラとディアの方を伺っているので、「触ってみるか?」と問うと、「い、いいんですか?」と少し食い気味で返してきた。
ディアに目線で促すと、「ま、この人ならいいですよ」といった表情でぷかぷかと移動し、リゼットさんの胸元の位置に収まった。
……おい、お前がオスだったら若干問題がある構図だぞ。
と、俺がそんなことを考えているとも知らず、ディアはボリュームのある胸をベッドにして寝そべり、リゼットさんはとろけた表情で「ふわふわぁ……」と呟いてディアを撫でている。
なんとなく直視してはいけない気がして、俺は明後日の方向に目をそらした。……その戯れは宿屋に到着するまで続いたのだった。
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リゼットさんが紹介してくれた宿は、一泊で王国小銀貨一枚――日本円にすると一万円ほどで、あの安宿の五倍ほどの宿泊料だった。リゼットさんの言った通り、動物がいても問題ないらしいので、四日分の代金を先払いしておく。
これで現金の方は素寒貧だ。まあDPで作ったアイテムを売ればいいだけだけどな。
「いやー、助かった」
リゼットさんに礼を言うと、彼女は大袈裟なほど首をぶんぶんと横に振った。
苦笑して別れを告げようとすると、「あ、あの!」と呼び止められた。
「……え、えーと、そのぉ」
「……ん? なんか言い忘れたことでもあったか?」
「いえ、えーと……あ、あの、あ、ありがとうございました」
リゼットさんは深々と頭を下げる。
「あの……ちゃ、ちゃんとお礼を言えていなくて……」
何のことかと思ったが、先日のオークの一件のことだと思い至る。
「こ、これ、どうぞ」
と言って懐から出したのは、四葉の形をしたお守りのようなものだった。
「わ、わたしの故郷のお守りです。癒しの作用を促進させる効果も込めておきましたので……ふ、不要でしたら売ってもらって構わないので……」
そういえば、グレンと共に、別の国で生まれて王都にやって来たって話だったな。
物に効果を付与するのは、回復魔法とは別のスキルが必要なはずだが、もしかしたらスキルに頼らない魔法が使えるのかもしれない。スキルが世界に広まる以前から、細々と受け継がれてきた技術というやつだ。
「ありがとう。大事にする」
「そ、そうですか。……そ、それじゃあ、わたしはこれで」
ホッと胸を撫で下ろし、宿屋をあとにするリゼットさん。聞いていなかったが、他に予定があったにもかかわらず案内を買って出てくれたらしい。
……兄妹揃ってお人よしだな。
その後、受付けの中年女性に、身体を拭くためのお湯と布を借り、部屋に入って鍵を閉めたところで……ディアが「は~!」と大きい溜め息を吐いた。
「……自由に話せないってやっぱり窮屈ですね~」
「我慢しろ。あと、あんまり大きな声は出すなよ」
「わかってますって。それより『念話』のスキルオーブ買ってくださいよ~」
「当分は無理だ。余裕ができても要検討」
「ちぇ~」
と言ってベッドに突っ伏するディア。ふと、気になったことがあったので訊いてみることにした。
「そういえば、リゼットさんには、やけに大人しく撫でられてたな」
「はい? ……まあ、あの人には悪意が全くありませんでしたから」
そういうの、なんとなく分かるんですよ。と続ける。
「主さまも番になるなら、ああいう心の綺麗な人にしてくださいね」
番っておい……。
グレンが極度のシスコンだったら、殺されそうな発言だ。
というか、よくよく考えれば、あいつの妹の隣の部屋に泊まってるって不味くないか?
……いや、考えないようにしよう。
「……つーか、エミリさんには悪意があったのか?」
「悪意っていうか邪気ですね。……邪な気持ちでいっぱいでしたよアレ。誰彼かまわず撫でさせるような軽い女じゃないので、私」
と、会話の中でディアがメスであることが発覚した。まあ、なんとなくそんな気はしていたけどな。
何はともあれ、ディアを召喚してからようやく一息つけた。
しかし、明日からはまた『彷徨いの迷宮』に挑むことになる。今度は一人ではなく、一人と一匹だ。
「問題ないか?」と問うと、「モーマンタイ! 主さまこそ、足を引っ張らないでくださいね?」と非常に生意気な返事が返ってきた。
そんなやり取りをしながら、王都の夜は更けていくのだった。
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