第4話
馬車は王都への道をひた走る。街道はさほど綺麗に舗装されているわけでもないが、街道として体裁は整えられているので、よほど飛ばさなければ事故の危険は少ない。
こう言うと馬車での道行きは尻や腰が辛そうに聞こえるかもしれないが、決してそんなことはない。まあ以前は大変だったようだが、ダンジョン産の道具から着想を得てサスペンション機構が開発されたらしく、ここ十数年ほどで馬車での旅事情は大幅に改善されている。
「暇ですね~」
と、早速風景を眺めるのに飽きたディアが話しかけてきた。
「モンスターとか出てきませんかね」
「……街道にモンスターは滅多に出ないぞ。出たところで、ゴブリンかハウンドドッグがいいところだろうな」
モンスターより盗賊や追い剥ぎに気をつけた方がいいくらいだ。この辺りは比較的安全だが、北の帝国付近や、東に進んだ共和国との国境沿いは治安が悪いと聞く。そこから流れてきた破落戸共と出くわすこともあり得るので、気を抜きすぎないようにしなけらばならない。
「ふ~ん…………ハウンドドッグってなんです?」
聞き覚えのないモンスターだったのか、ディアがさっきの言葉を拾って尋ねてくる。
まあこいつはダンジョンのモンスターなので知らないのも無理はないな。
「ハウンドドッグはダンジョン外で繁殖したヘルハウンドのことだ。ダンジョンのヘルハウンドより危険度は低いが、群れたら厄介なやつらだ」
「ダンジョンのヘルハウンドと見た目は違うんですか?」
「いや、同じだな。ちなみに習性なんかも全く同じ」
「じゃあヘルハウンドじゃないですか」
まあ実際そうなんだが、それを俺に言われても困る。
「それなら、ダンジョン外のゴブリンにも特殊な名称はあるんですか?」
「それは……ないな」
言われてみれば、確かに変な話だな。
ダンジョン外で存在が確認されているモンスターは、あとオークやコボルト、バジリスクなどもいるが、特に呼び方が変わるということもない。
「人間の考えることはわかりませんね~」と言う猫もどき。お前の仕草もだいぶ人間っぽいけどな。
そんな感じで、定期的に話しかけられては適当に答える。
単純におしゃべり好きと言うのもあるだろうが、知識欲からきている部分もありそうだ。ダンジョン外の知識は断片的にしかないようで、俺と会話することで少しずつ認識の齟齬を埋めていっているらしい。
この日はある程度進み、陽が落ちてきたところで野営の準備をした。そこら辺にあった木の下に陣取り、枝を集めて焚き火を起こ……そうと思ったが、DPでキャンプ用の安っぽい焚き火台を用意した。
1000DPと馬鹿にできないコストではあるが、手間暇を考えるとこちらの方がいい。夜更けに寝ることになって到着が遅れる方が問題だ。
文字通り、時は金なりってやつだ。
「なんというか……情趣がないですね……」
「わざわざ不便な方法を選ぶ必要がないからな」
「……はぁ、せっかくのファンタジーなのに」
ファンタジー100%の生き物が何を言ってるんだか……と思ったが、おそらく地球の知識がある分、こういった文明の利器の方が味気なく感じるんだろうな。
ただ、俺にとっては慣れた野営だ。焚き火を囲んでの野営に、何らロマンを感じたりはしない。
しかし、ああも落ち込まれると、こっちも気まずくなる。
……仕方ないな。
「おーい、肉出すからBBQすんぞ」
「BBQ!? たしか、ヨウキャ定番の儀式ですよね!」
「儀式って何だよ」
「わ~い」と駆け寄ってくるディア。調子のいいやつだ。
とはいえ、俺も地球産の肉を焼くのはちょっと楽しみだ。ここはいっちょ和牛というやつを出してみよう。少し豪遊しすぎな気もするが、この旅の間だけなので許容範囲としておく。ダンジョンで頑張るために英気を養っていると思おう。
いでよ、ジャパニーズビーフ。
「「おお~」」
ディアと一緒に、神々しく分厚いお肉のご尊顔を拝む。ブランドのA5ランクは流石に高すぎて無理だったが、俺がたまに奮発して食う宿屋の肉とは比べ物にならないほど美しい。というか、肉を美しいと思ったのは初めてだ。
そこら辺の草を食んでいる馬に何となく申し訳なくなったため、そちらにもDPで生成した干し草を出しておく。馬は恐る恐るそれを食み、気に入ってくれたようでむしゃむしゃと食べ始めた。これでよし。
「んじゃ焼くぞ」
肉を早速網の上で焼いてみる。質の良い牛肉は完全に火を通す必要もないらしいので、軽く炙る程度で引き上げる。
そして、バーベキューソースにすりおろしニンニクを追加したタレをたっぷりつけて……。
「うめぇ~……」
「うみゃ~……」
タレなしで肉を頬張ったディアと共に感嘆の息が漏れる。
つか語尾が変になるのは知性の低いケットシーだとか言ってたよな……。上質な油は猫の脳も溶かすらしい。知らんけど。
ちなみに、今回の焚き火台に限らず、DPで生み出した食い物の包装や使い終わったアイテムは吸収してしまっている。1DPにもならないので勿体ないが、バレたら問題になるので仕方がない。そのうち空間収納系スキルを覚えたいところだ。
▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲
そんなこんなで旅は順調に進んでいたが、翌日の昼過ぎ。そろそろ王都の城壁も見えてくるかというところで、ディアがひげをピンと立てて何かに反応した。動物的な直感が働いたようだ。
「来ますにゃ」
「語尾」
「……来ます」
肉食って以降、ちょくちょく口調がおかしくなるんだよなこいつ。
それはそうと、何が来るというのだろうか。
ディアが見つめる先を眺めていると、四体ほどの野生動物が大地を駆け、こちらに近づいてくるのが見えた。
……あれは、ハウンドドッグだな。
「ふふん、これは私の腕の見せどころですね」
動揺する馬を宥めていると、ディアがおもむろに前に出て、何も着ていないのに腕捲りのような動作をする。
「お前、戦えるのか?」
「え、そのために召喚したんじゃないんですか……?」
「いや、まあそうなんだが」
俺の中で、よく食ってよく喋る物知りマスコットの位置に定着しかけてたからな。
「とにかく……私のサポート力を見せてあげます! 行きますよ!」
ディアが魔力を練り上げ、両手を前に広げると――紫色の小さな球体が四つ出現し、勢いよくハウンドドッグの群れに向かっていく。ハウンドドッグは避けようとしたが、球体には追尾性能があるようで、見事四体全てに命中した。
その瞬間、ハウンドドッグは身体中の力が抜けたようになり、走っていた勢いのまま地面に放り出された。犬かきをするように両足をパタパタと動かしていたが、やがて泡を吹いて動かなくなり、最後の一体は「キャゥン……」と小さな断末魔をあげて
沈黙した。
……何あれ、えぐい。
そう思ってディアの方を見ると……って、なんでお前も驚いてんだよ。
「……おーい」
「……はっ、す、すみません。思ったよりえぐい感じになっちゃったので」
お前の技じゃないんかい。
「で、なんだよあれ」
「……あれは、衰弱魔法という、いわゆるデバフ技ですよ」
「いやまあ、お前の所持スキル的にそれしかないんだろうけど……」
「え~と、普通は動きが鈍くなる程度の効果しかないので、足止めになればいいな~程度に思っていたんですが、耐性の低いダンジョン外のモンスターに使うとああなっちゃうんですね……」
ディアはしばし考えこみ、「……ううん」と首を振った。
「これは地球の知識も関係しているのかも。治癒魔法が人体の構造を理解しているほど効果が上がるのと同じで、強固なイメージの衰弱魔法が脳から末梢神経への伝達を妨げた? それじゃあ……」
「……考察は後だ。とりあえず、本当にくたばってるか確認するぞ」
「あ、はい」
まあ、これから一緒に戦うパートナーの能力が知れたっていうのは大きい。ダンジョンアタックでぶっつけ本番なのはちょっと不安だったからな。
ハウンドドッグ四頭の死亡確認。そして当然のように、四頭は全てDPに変換させてもらった。
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