第4話

 Z氏のゲーム知識によると、称号というのはストーリーの達成進捗だとか、強いボスを討伐したとか、珍しいお宝をゲットしたとかで手に入るものらしい。ゲームによってはステータスアップの効果や特殊な能力が付くものもある。


 称号があるから強くなるってなんだ? 強くなった結果として得られるのが称号じゃないのか?


 と、ゲームに馴染みのない俺なんかは思ってしまうわけだが……そもそもスキルだのステータスだの、この世界の法則がだいぶゲームに寄っている気がするので考えないことにする。考えるな、感じろの精神だな。タイトルはわからないが、古い映画のセリフだったはずだ。


 で、話を戻すが、改めて俺の持っている特殊称号とやらを確認してみる。



・レア討伐(ゴブリン)

レア個体モンスター(ゴブリン)を討伐した証。体力がわずかに上昇する。


・英雄の萌芽

合計モンスター討伐数が0体の状態でレア個体モンスター討伐した証。戦闘スキルの効果に補正がかかる(効果大)。



 レア個体モンスター(ゴブリン)を討伐した証。


 その意味が理解できた瞬間、俺は恥ずかしながら、ちょっとだけ泣きそうになってしまった。

 俺がただのゴブリンだと思っていたあいつは、ただのゴブリンじゃなかった。おそらく、ダンジョン初挑戦から三連続という天文学的確率で、レア個体のゴブリンを引き当ててしまったということだろう。もしかすると、三戦とも同一個体だった可能性もある。


 ダンジョン探索中に稀に現れる、通常個体より強い特殊個体のモンスターという存在は、探索者たちの間でも周知の事実とされていた。

 改めて『レア個体モンスター』の部分を注視して確認してみると、これはマスターが故意に作り出しているものではなく、モンスター召喚の際に一定確率で現れるものらしい。通常個体と比べると何らかの能力が突出しており、脅威度は通常個体モンスター十体分に相当するらしい。つまりレア個体のゴブリンを倒せたということは、ダンジョン内のゴブリン十体に単独で勝ったのとほぼ同義だ。


 なんだよ俺。捨てたもんじゃねえじゃんか。


 自分の才能のなさに絶望したりもしたが、俺が寝る間も惜しんで剣を振った時間は無駄じゃなかったらしい。この二つの特殊称号というやつがそれを証明してくれた。

 ……まあ一個目の体力上昇というのはともかく、二個目の戦闘スキル補正なんてのは、戦闘スキルを持ってない俺には宝の持ち腐れで――


「…………いや」


 ……そうじゃない……のか?


 今の俺は、正確にはもう人間じゃない。半分ダンジョンマスターだ。

 熟練の探索者たちですら滅多に見つけることのできない有用で稀少なスキルオーブを、俺はDPさえあれば実質無制限に生み出すことができる。

 この力を利用すれば、今まで見上げるしかなかった上級探索者たちを超えて、探索者の頂点に上り詰めることだって……。


「……馬鹿馬鹿しい」


 そこまで考えて、俺は頭を振った。

 一度は捨ててしまった夢だ。今更希望が降って沸いても、あの頃のような熱は持てない。

 死なないためにDPを安定的に入手する方法は考えなきゃいけないが、特段俺自身が強くなる必要はないだろう。


「そういえば……」


 首にかけている首飾りを手に取る。

 俺は鑑定スキルを持っていないので調べられないが、この爪も普通のゴブリンのものと違うのだとして、ダンジョンに吸収させたら何DPになるんだろう。

 そもそも、他のダンジョンで手に入れたアイテムを俺のダンジョンに取り込むことはできるのか…………あ、そうだ。


 さっき、何が引っかかったかわかった。


 それはダンジョンの数だ。


 この世界には合計十個のダンジョンがある。それ以外のダンジョンが発見されたという報告は聞いたことがない。

 だが、それはおかしい。Z氏がこの世界に降り立った時、世界中に散らばった二十五人のダンジョンマスターはすでにダンジョン制作を始めていると神は言っていた。


 初期DPの話を鑑みると、転生直後にDP切れで死んでしまったZ氏は例外中の例外のはず。

 この世界で最初のダンジョンが見つかってから、世界中の人々がダンジョン探しに躍起になったと、一般的な歴史書には記されている。半数以上のダンジョンが、誰も訪れずに人知れず終わっていったとは考え難かった。


 ……もし、もしだ。

 もしダンジョンマスターのうちの誰かが、他のマスターを密かに排除したとしたら?


 これには明確なメリットがある。

 神が言っていたご褒美――最もDPを集めたマスターとして願い事を叶えるために、他のマスターを暗殺してしまうというのは、最も直接的で効果的な方法だ。


 もしそうだとして、ダンジョンマスターを減らすための一番簡単な方法は……やはり他のダンジョンにモンスターを嗾けることだろうか。

 俺は例外として――ダンジョンマスターはダンジョン外に出ることができないが、召喚したモンスターは別だ。ダンジョンのモンスター討伐があまりに滞ると、スタンピードと呼ばれる飽和現象でモンスターがダンジョン外に溢れ出てしまうことも知られている。

 ……ってこれ、よく考えるとダンジョンマスターが客の呼び込み策としてやってたのかもな。そういえば、スタンピードで溢れたモンスターは探索者の死体をダンジョン内に引きずり込むって噂を聞いたことが……。


 ……話を戻そう。


 他のダンジョンマスターを出し抜こうと考えた誰かは、最初期に他ダンジョンに高DPの強力なモンスターをけしかけ、迎撃体制の整っていないマスターたちは為す術なくコアを破壊されて殺された。

 一体どうやって他のダンジョンの場所を突き止めたのか。神の言っていたセーフティルームは使われなかったのか。ダンジョンを遠く離れたモンスターに対する命令権は残っているのか。

 色々と疑問はあるが、この考えが一番つじつまが合っている気がする。……願い事っていうわかりやすい餌がぶら下げられてるしな。


 今現在、その願い事の件がどうなっているかは分からない。神は百年という期間を設けたが、マスターの数が減ったことで延長された可能性もある。

 そうでなくとも、マスター同士が水面下で対立しているという線もないだろうか? 単純な話で、ダンジョンの数が多ければ多いほど、一つのダンジョンに訪れる人数は分散してしまう。対立構造が生まれやすい環境じゃないだろうか。


 そう考えると……今俺が置かれている状況は非常にマズい気がする。


 このダンジョンの存在が知られれば、マスターの権限を引き継いだ俺の命も狙われるかもしれない。今のところはダンジョンとすら呼べないようなお粗末な洞穴だが、今後何かのきっかけで探索者がひっきりなしに来る大繁盛のダンジョンになる可能性はゼロではない。少なくとも俺自身にその気はないが。

 二百年間もダンジョンを運営している熟練のダンジョンマスターなんかに襲われたら一巻の終わりだ。ゴブリンどころではなく、遥かに強力なオークやらオーガやらミノタウロスやらが数十数百体押し寄せてくるかもしれない。


 ……これがただの妄想なのか、それとも現実的な予測なのか、俺には全く判断ができなかった。

 なにせ、こちとらダンジョンマスターとしては完全なビギナーだ。冷静ぶってはいるが、非現実じみた出来事の連続で正直混乱している。


「……とりあえず、今日はもう寝るか」


 半分辞めたといっても、人間らしい機能もなくなってはいないようで、猛烈な眠気で瞼が重くなってきた。マスター権限と記憶の引き継ぎは想像以上に脳に負担をかけていたらしい。


 今の俺にとって時間は命に等しいが、こんな状態でまともな考えが生まれるとも思えない。

 一度寝て、起きてからまた考えよう。


 現実逃避気味にそう決めて、俺は再び硬い地面に寝っ転がった。寝っ転がってから、先ほどゴブリンの死体を転がした場所だったと気づくが……面倒だからそのまま目を瞑った。

 まあ臭いもしないし別にいいだろう。ダンジョンの不思議機能に感謝だ。


 ……願わくば、全てが夢だったら良いなと、望み薄な願望を心の中で呟きながら、俺はそこそこ深い眠りについたのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る