第30話
ピチョンと天井の雫が湯に落ちる音が響いている。
広い浴槽の中には赤い花弁が大量に浮かべられ、そこには一人の美しい人物が湯に浸かって寛いでいた。
「っ!!」
カタンと音が聞こえると、バシャリと水音を立てて、その人は湯から急いで上がって、近くにあったバスローブを身に纏った。
「……アディエル嬢。このような真似をして申し訳ない…」
どこからか現れたのはヒルシェールだった。
宿泊先の部屋は、湯殿の側に隠し通路の出口があったから、不本意ながらも湯殿に向かうことにしたのだ。
人払いをして寛いでいるらしいことを確認して、隠し通路の扉から出てきた。
湯けむりの向こうに見える白いバスローブを縁取るかのような黒髪を確認し、小さな声で話しかける。
「王太子殿は冷酷な人物だとお聞きした。脅されていらっしゃるのだろう?他の男が貴女に会うことも許さないくらい、周りを見張らせている。優しい貴女のことだ。家族にかかる迷惑を心配して、我慢していらっしゃるのでしょう?」
アディエルを案じて語るヒルシェールだったが、相手は何の反応も返さない。
当然だ。と、ヒルシェールは思った。
年頃の令嬢が入浴しているところに、いきなり男が現れたのだ。驚いて声も出ないのは当たり前だ。
だから、ヒルシェールは言葉を続けた。
「巷では優しい貴女の事を『断罪令嬢』などと申しているそうではありませんか。優しい貴女がそのような恐ろしい二つ名で呼ばれているというのに、王太子は何故ほうっておくのです?」
「…………」
彼女はヒルシェールに背を向けた。肩が微かだが震えているのが見えた。
ああ、やはり自分は間違っていなかった。
ヒルシェールは一歩一歩と、彼女へと足を進めた。
「今なら貴女をお救いできます!この国にいる今ならばこそ、貴女の憂いを晴らす手伝いが出来ます!さあ、この手を…」
湯けむりが邪魔にならないくらいの近さまでたどり着き、ヒルシェールは言葉を失った。
そこにいたのは、白いバスローブを身に纏い、伸ばした黒髪をそのまま垂らした、ヒルシェールより少し背の高い青年だった。
「……申し訳ございません。皇弟殿下。私は
そこにいたのは、アディエルの弟ーーダニエル・ノクタールだった。
「な、な、な、なな……」
使節団の中に、ダニエルが居なかったことを知っているヒルシェールは、何故彼がここにいるのかと驚きと、アディエルに何をしようとしていたかをバラしてしまった気まずさで、混乱してしまった。
「……叔父上。何てことをなさろうとしていらっしゃるのだ……」
右手で顔を覆いながら、真っ青な顔で現れた甥に、さらに慌てた。
「そのように思って下さり、誠に有難くは思いますが、どちらかと言えば、私の方が殿下を縛り付けている方なので、申し訳ございませんが、ヒルシェール様のお誘いはお断りさせていただきますわ♪」
そして、クリューセルの背後からカイエンと共に現れたアディエルの言葉を聞くなり、彼はその場に崩れ落ちたのだったーーーー。
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