第7話

 グリオール伯爵夫人ロゼッタは、ベッドの中で小さく息を吐き出した。


 今日も夫であるランディとの夜の営みが終わったからだ。


 結婚してから、夫がいる日は毎晩続く行為が、ロゼッタはとても辛かった。


 淑女教育で『寝所の中では、夫の言うことを聞けば良い』と教わっていた彼女は、優しかったはずの夫から与えられる痛みだけの行為に、心が壊れかけていたのだ。


 触れ合った後に、隣で眠ってくれていたならば、まだロゼッタは耐えれたのかもしれない。

 だが、初夜の日から毎回。ランディは事が済むと、ロゼッタ一人を夫婦の寝室に残し、自身はベッドへと行ってしまうのだ。


 後継を得るためだけの婚姻だったのかと確認し、聞きたくない答えを聞くかもしれないという恐怖から、ロゼッタはランディに尋ねることも出来ず、誰にも相談できないままでいた。


 周りから新生活の事を聞かれるのも苦痛になり、体調を崩して寝込んでしまうと、ランディは優しく労わってくれたが、やはり夜の生活に変わりはなかった。

 訳が分からなくなってきたロゼッタは、人との関わりを避けるようになり、部屋に閉じ篭もるようになった。

 それでも、ランディがベッドに現れると、辛くとも触れられたいという想いで彼に身を任せ、後悔するということを繰り返す。

 そんな生活に疲れ切っていた頃、突然、親友である王女が見舞いに来ると連絡があった。


「…お会いするとお伝えして…」


 心配して送られてきた手紙に、


『わたくしは元気にしております。

 相談したい時は、相談にのってくださいませ』


 と、返事を返していた。

 それから、何の音沙汰もなかったというのにどうしたのだろうと、ロゼッタは首を傾げながらも、侍女達に頼んで出迎える支度を始めた。




「こうして直接お話するのは初めてですわよね?ノクタール侯爵家のアディエル・ノクタールと申します」


 シルフィアは王太子の婚約者を同行者として連れてきていた。


「ロ、ロゼッタ・グリオールでございます。本日は御二方に当家においでいただき、光栄に存じます……」


 頭を下げて、歓迎の意を示しながら、ロゼッタは哀しくなっていた。

 目の前の侯爵令嬢は、王太子が唯一の妻として迎えるために、国法まで変えたことを知っていたからだ。


 自分と違って、はっきりと愛されている相手に、心の奥で妬みの芽が芽吹くのが分かった。


「…本当は会いたくなかったのでしょう?なのに、こんな形で押しかけてごめんなさい、ロゼッタ……」


 通されたサロンで人払いを頼まれ、三人だけになるなり、シルフィアはロゼッタの手を握りしめて頭を下げた。


「シル様、いけません!」


 慌てるロゼッタをアディエルは穏やかな笑みを浮かべて見ている。


「お止めくださいませ。そのような真似をされては、わたくしが困ってしまいます……」


「ごめんなさい。アタクシの気が済まなかっただけなの…。貴女を困らせるつもりは無いわ…」


 苦笑しながら頭を上げたシルフィアに、ロゼッタはホッと吐息を漏らした。


「…それで、失礼ですが『断罪令嬢』と呼ばれるノクタール家のアディエル様が、何故当家にお越しなのでしょうか?」


 ピンと背筋を伸ばしたロゼッタの姿に、アディエルは満足気に微笑むと、数枚の手紙を取り出すのだったーーーー。

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