第3話

 次々と出てくるのは、自分の信じていた物を壊していくことばかり。

 グレインの頭の中は混乱していた。


 こんなはずでは無かったのだ。

 愛しいフィルマを側妃にし、私生活はフィルマと過ごし、王妃としてのをアディエルに押しつけるために、フィルマへの無礼を公の場で明らかにし、泣いて謝るアディエルを従えるはずだったのだ。


 それがどうだ。


 断罪を始めてみれば、アディエルは自分の婚約者でないばかりか、自分が王太子になれないと言われ、更には信じていたフィルマからの言葉も全て偽り。

 挙句に自分に仕えていたと思っていた者達は、自分ではなく弟達に仕えている者達だというではないか。


 混乱が頂点に達したグレインは、知らぬ間に床に膝をついていた。


「グレイン様?グレイン様!」


 そんなグレインに、フィルマは必死で声をかけるが届かない。


「何の騒ぎだ?」


 座り込んだグレインに縋り付くようにしていたフィルマの二人を除き、聞こえてきた声にホールの全員が頭を下げる。


 国王と王妃。その後ろからは二妃、三妃と続き、最後にグレインの母である側妃が現れた。


「グ、グレイン!?何をしているのですっ!!」


 床にへたりこんでいるグレインの姿に母である側妃は慌てて駆け寄った。


「そ、側妃様ぁ。グレイン様が皆様から責められてるんですぅ…」


 声をかけてきたフィルマに目を向け、側妃グレイスは顔を顰めた。


「貴女、どなた?何故、アディエル嬢でなく、貴女がグレインの側にいるの?」


「え?」


 目をぱちぱちと瞬かせたフィルマを他所に、グレイスはカイエンの隣に控えていたアディエルに顔を向けた。


「アディエル嬢!貴女、婚約者のグレインがこの様な姿だと言うのに、そこで何をなさってるのっ!!」


 この言葉に王妃達は眉を顰めた。


「恐れながら側妃様。私、グレイン殿下の婚約者ではございませんが?」


「何を言ってるのっ!ちゃんと入学前に婚約の打診をしたじゃないっ!!王妃教育を受けに来ていたということは、王家に嫁ぐということでしょう!」


 手にしていた扇をアディエルへと突き付け、グレイスが叫び始めると、王妃達の顔は呆れた物に変わり、王は左手で顔を覆った。


「確かに私は王家に嫁ぐために妃教育に通っておりましたが、グレイン殿下と婚約はしておりません。は父よりお断りしたと聞いております」


「表向きは断っただけなんでしょう!?だって、グレインが王太子になるのですもの!妃教育を受けているなら、グレインの妻になるためではありませんかっ!!」


 真っ赤な顔で叫んだグレイス。

 その顔に、パシャリと何処からか水が飛んできた。


「……え?」


 ポカンとしたものの、すぐに手にした扇をへし折らんばかりに握りしめる。


「側妃のアタクシに水をかけるなど、どこの無礼者ですのっ!!」


「無礼者とは私の事かしらね?」


 グレイスの言葉に答えたのは、空のグラスを手にした王妃エリザベスであった。

 癖のない銀色の髪をきっちりと結い上げ、カイエンと同じ青色の瞳は、冷たくグレイスを見ていた。


「何をなさいますのっ!?」


 王妃に向かって怒鳴るグレイスに、王妃の後ろから声がかけられた。


「まあ。側妃様はご自分がどれだけ王妃様に無礼を働いたのかお分かりではありませんの?」


 緩かなウェーブのかかった黒髪をそのままに、穏やかな声で話しかけたのは、エリアナ二妃。


「仕方ありませんわ。妃教育をお受けになっていらっしゃいませんし、側妃様は何と言ってもご出身が…ね?」


 クスクスと笑いながら話すのは、癖のある茶色の髪を左肩に一つにまとめて流しているイザベラ三妃であった。


「っ!あ、アタクシは第一王子の母ですわ!幾ら皆様と言えど、その態度はいただけませんわっ!!」


 真っ赤になって言い返す側妃グレイスに、王妃はハアと大きく溜息をついた。


「側妃。貴女は何を聞いて陛下のお傍に上がりました?位のない側妃の子には本来王位継承権などないというのに…。王位継承権一位のカイエンを差し置いて、最下位のグレインを王太子だなどと、謀反を疑われても仕方ありませんよ?」


「…王位継承権が…ない?」


 王妃の言葉にポカンとなったグレイスに、三妃が続ける。


「継承権のないはずのグレイン殿下に、最下位と言えど継承権を与えるように進言なされたのは王妃様だと言うのに…。何て恩知らずな事をお考えなのでしょう…」


「そもそもアディエル嬢はカイエン様の婚約者でごございましょう?断られているのに、何をどうなさればグレイン様の婚約者だとお考えに?アディエル様は何かお受け取りになられたことでも?お答えになって?」


 首を傾げて顔を向けた二妃の言葉に、アディエルが顔を向けた。


「恐れながら、私。カイエン様からは婚約内定後よりお手紙も贈り物も度々いただきましたし、妃教育の合間や学院での空き時間にも御一緒させていただいておりますが、グレイン殿下とはそのようなやり取りは一切ございませんでした。ですので先程、皆様の前で突然、グレイン殿下より婚約破棄を申し付けられ、困っておりました…」


「「「は???」」」


 アディエルの言葉に、王妃達は思わず声を漏らした。


「婚約破棄?婚約者でもない貴女とグレイン様が?」


「婚約者だと思っていたならば、贈り物の一つもしそうですが、それすらもせずに?」


 信じられないと全身で訴える二妃と三妃。


 王妃は頭が痛いと言わんばかりに、こめかみに指を当てている。


「はぁ…。側妃とそこにいる令嬢。あと、グレインを別室に閉じ込めておけ。そやつらの扱いは今日のパーティーが終わってからだ…」


 投げやりに手を振る王の言葉に、控えていた騎士達が三人を連れ去っていく。連れられていく間も、側妃とフィルマの叫び声が聞こえていた。


 その後。中断されていた卒業パーティーは無事に終わり、カイエンの立太子により、正式になったアディエルとの婚約。そして、第三王子のエイデンとリネットの婚約が発表され、パーティーは終わりを迎えたのであった。

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