第4話

 翌日の昼過ぎ。

 昨日の一件についての聞き取りのため、王宮へと招かれたアディエル、ダニエル、リネット。

 三人は侯爵家の馬車の中で、言葉を交わしていた。


「まったく…。事前にお話を聞いておりませんでしたら、怒鳴り込んでいた所でしてよ!」


「ごめんなさい、リネット。にはああした方が、穏便かと思ったの…」


 プンプンと拗ねている向かい側のリネットに、アディエルが肩を竦める。


「ですが、さすがに婚約破棄あれには驚きました。王太子になると思い込んでるのは分かっていましたが、まさか姉上を自分の婚約者だと思っていたとは…」


 アディエルの隣のダニエルは、信じられないと首を振る。


「そうね。さすがに私も驚いてしまって、打ち合わせを忘れるところだったわ…」


 頬に手を当て、苦笑するアディエル。


「まあ、昨夜の茶番などどうでもよいですわ。はこれからでございましょう?」


 リネットの言葉に三人は笑みを浮かべる。


「本当にアディエル様には頭が上がりませんわ。皆様の出るタイミングまでお決めになるんですもの…」


「おかげで僕は人陰に隠れて、グッと拳を握りしめていましたがね」


「あら。それはごめんなさいね。でも、今日は貴方のタイミングが重要です。お願いしますね、ダニエル♪」




 ※※※※※※※※※※


 王宮に到着し、案内されたのは中会議室。

 中には王、王妃、三人の妃と三人の王子。そして、王女、王弟という王族一家。

 その左右には宰相、補佐官と数人の文官達と騎士達。

 そして、動きを後ろ手に封じられ、猿轡を噛まされたフィルマが部屋の隅にいた。

 身形を整えている中で、一人だけ昨日のドレスのまま髪を振り乱し、ギラついた視線を向けている姿に、昨夜の愛らしい姿は欠片もなかった。


「「怖っ…」」


 同じタイミングで小声で呟いたダニエルとリネットの言葉に、アディエルはこっそりと苦笑しながらも、カーテーシーの姿勢をとる。


「ノクタール侯爵家アディエル・ノクタール。お呼びにより参りました…」


「同じくノクタール侯爵家ダニエル・ノクタールにございます」


「カラディル伯爵家よりリネット・カラディルが参りました」


 三人がそれぞれ名乗ると、机を端に寄せられて空いた場所の半円上に並べられた椅子に、それぞれ王族が座っていく。

 中央に国王。その右手に王妃、二妃、王女、三妃、側妃。左手には王太子、第三王子、第四王子、王弟、第一王子と並んだ。


 その反対側。王達の正面となる場所。離れて置かれた三脚の椅子に、中央にアディエル、右にリネット。左にダニエルと腰を下ろす。


「っ!」


 その中央に、引き摺られるように連れて来られたフィルマが倒された。


「では、昨夜のくだらぬ話の続きを始めるか…」


 国王の言葉に、びくりと体を跳ねさせたのは第一王子とフィルマだけ。

 縋るように向けられたフィルマの視線を、グレインは顔を逸らして合わせないようにしていた。


「さて、側妃。私はそなたを迎え入れる際に、文官からの説明に納得して、後宮に入ったと聞いていたのだが?」


 声をかけられた側妃グレイスは、両手を胸の前で握りしめると、椅子から床へと跪き、瞳を潤ませて王を見上げた。


 その瞬間、妃三人とアディエル達は、取り出した扇でそれぞれ口元を隠した。


「陛下!アタクシは陛下のお側で尽くす事をお約束して参ったのです!決して、陛下にご迷惑をおかけしようとしたのではありません!!」


「…質問の答えになっておらん…」


 ハアと溜息をつく王に、側妃は膝にすがりつこうとそっと手を伸ばす。


「っつぅ…」


 パシンとその手は王妃の手の扇に払いのけられた。


「側妃。貴女はここに来る前に文官より説明を受けた上で書類にサインし、こちらに参りました。そうですね…」


「…左様でございます…」


 一瞬、不服そうな目で王妃を見、すぐに視線を下に向けながらそう答える。

 スっと王妃が横に手を出せば、一枚の書類が文官によって乗せられた。


「この書類に間違いありませんか?」


 差し出された書類の自分の署名に目を向け、グレイスは頷いた。


「…はあ。ちゃんとこの書類を読んでいるなら、このような事になっていないと言うのに…」


 額に手をやる王妃の体を、支えるように二妃が寄り添い、三妃が書類を受け取った。


「側妃様は書類の内容をご理解されていらっしゃらなかったようですので、私が読み上げて差し上げますわね」


 三妃の言葉にムッと顔を向けたグレイス。


「アタクシが文字を読めないとでも仰りたいの!?」


「まあ、そんな事はありませんわ。ただ、読める事と理解する事は別でございましょう?」


 そして、三妃は書類を読み上げていく。


 要約すると、位のない側妃には妃としての公務もなく、生まれる子にも王位継承権が発生しないということ。発生するのは王妃の承認がある場合のみ。

 生まれた子が成人するまでは、王家にてその生活が補償されるが、成人後は王族からは外されるため、それまでに身の振り方を考えなければならないこと。さらに、王位継承権を持っていた場合。三位以下の者は権利を失う。


「………え?」


 内容に茫然となったのは側妃グレイス、第一王子グレイン、フィルマだけだった。


「は、外されるって、追い出されるという事でございますの?」


「追い出されるとは失礼ですわね。そもそも側妃様もグレイン様も、側妃になっておられない為、本来ならばこちらで生活など出来る身ではございませんのに…」


「良さぬか、三妃。それよりもグレイン。そなた、アディエル嬢との婚約破棄はお前と側妃の勘違いであったが、その娘と婚約するのだったか?」


「……そのつもりでした…」


 王の言葉に目を輝かせてグレインを見つめたフィルマをチラリと見、グレインは俯いてそう答えた。


「…ふむ。まあナタリー男爵家ならば婿入りすれば良かろう…」


 その言葉にフィルマがギョッとする。

 ナタリー男爵家にはフィルマの兄が嫡男としているのだ。婿入りとなれば、兄が男爵家を継げなくなる。

 兄と仲の良くないフィルマは、家を出て王子の側妃となり、贅沢三昧をするつもりだった。何もかも予定とは違う事に昨夜から騒いでいたが、ここに来てさらに追いつめられることとなった。

 兄が廃嫡されるとなると、確実に原因であった自分が恨まれることは確実なのだからーーーー。


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