DX3rd『the Longest rondo』Novelize

暖ゴロ

#0 Prelude:Before breakfast

【花園】


聖カルロ学院──そこはやんごとなき令嬢が礼節を学ぶべく日々を送る全寮制の女学院。

歴史ある校舎は城のような趣があり、整えられた街路樹や花壇もまた生徒たちを見守る様であり、また律している様でもあった。

爽やかな皐月の風が吹き抜けるが、しかし四方を囲む校舎……

とりわけ頭一つ高い礼拝堂の並びが、どこか箱庭めいた閉塞感を覚えさせる。


……少なくとも、明星光理はそう思いながら教室へ歩みを進めていた。

5月10日のことである。


「明星さん、ごきげんよう」

「ごきげんよう」

「あら、皆さんごきげんよう」


行き交う生徒たちが明星光理ににこやかに挨拶をする。


「ご、ごきげんよう」


光理はその中に一人、タイの曲がった生徒がいることに気づく。


「……ん。あなた、タイが曲がっているわよ?」

「し、失礼しました!」


そう言うと光理は彼女に接近し、てきぱきとタイを直す。


「!?」

「……はい、終わり。気をつけなさい?先生に見つかるとうるさいでしょ?」

「明星先輩…!ありがとうございます!」


その光景に学園内の明星光理のファン…いわゆる「星派」の生徒がざわつく。


「う、羨ましい」

「タイになりたい……」


「…? いーのいーの。……あ、そういえば」

「あのね、咲を見なかった?今朝はまだ会ってないのよね…」




「──ごきげんよう」

「──────────────────あ」


その問いかけに女生徒が答えるより一瞬早く、背後から数名の女生徒を引き連れて現れたのは、


クラスメイトにして学年主席。


幼馴染にして終生のライバル。


烏牧 咲。


彼女自身はもちろん、連れだった生徒───所謂「烏派」の少女たちもまたタイに歪み一つなく整然とした印象を与える。

「─────────ごきげんよう、咲」


その瞬間、光理の雰囲気が明確に切り替わる。

同時に周囲のざわつきもいっそう大きくなってくる。


「ごきげんよう、光理さん」

「相変わらず、朝早くから大所帯ね?その分なら気力も十分ってところかしら」


不躾でこそないものの、不愛想…否、礼節をわきまえているからこそ目立つ冷淡な表情で挨拶を返す烏牧咲。


その顔を見た光理は幼馴染特有の直感からか、彼女に「疲労」と「不機嫌」の二つを感じ取る。

とりわけ、タイが曲がっていた生徒へはほんの一瞬だが特に冷たい視線を送っていたような気がした。


「……あら?咲、あなた全然本調子じゃないじゃないの。なんか目も怖いし。ちゃんと寝てるの?」

「明星光理!無礼ですわよ」


烏派取り巻きのその言葉に、肩透かしを食らったように光理は緊張状態を解く。


「そうですわ!咲様は今日も凛としてらっしゃってよ!」

「いつも咲様に勝てないからって適当なことを」

「浅ましいったらありませんわ!」


「ふーん、あっそ」

「……あなたに心配されるほどのことはありません」


光理は烏派の野次も気にせず、その素っ気ない返事に対して


「......まー、いいですけれど。でも今日は”いつもの”は無しにしとくわ。万が一不調だったとして、そんな咲とじゃあ楽しくないし」


そう言って咲への視線を外し、元通り学園への登校を再開しようとする。


「明星さん……なんてお優しいのかしら……」

「正々堂々戦いたいのね……」


「いいえ」


星派の発言に埋もれそうなそんな一言に反応し、足を止める。


「……ん?」

「先に着くのは私です」


咲がスッと取り巻きに目配せすると、数冊の教科書とノートなど鞄に入れていたはずの荷物が差し出される。


「寮の前に落ちていました」

そう淡々と告げると、用は済んだとばかりに足早に立ち去る。

それに続き、烏派の小さな笑い声が通り過ぎた。


「えっ、あっ、ちょっと待つのだわ咲!!……うわ鞄に穴空いてるじゃない!? あー、もう! とりあえずありがとうねー!!!」


「……これで勝ったと、思わないのだわーー!!!」


先に歩いていく咲に声をかけつつ、お礼を言う光理。

とりあえず鞄の中身を確かめようとベンチに腰を下ろした。

鞄の穴...というか切り口はやや鋭利で、どこかに引っ掛けてしまったのかもしれない。

しかしどうしても、(最近は滅多になくなったものの)陰湿な嫌がらせの可能性を考えてしまう。

とはいえ財布類も無事で、ノートも少し土で汚れている程度。

そして、明星光理の宝物であるペンダント……両親の形見の黄水晶は鞄の小物入れの中にあった。


「っっ……はぁ~、よかったぁ~~……」

「明星さん、中身は無事ですの?」


心配そうにする星派の女生徒たちに目をやり、微笑みかける。


「ん……ああ、大丈夫みたい。心配してくれてありがとね!」


それを聞き「よかった……」と胸を撫で下ろす女生徒に対してお礼を返しつつ、光理はペンダントを胸元でギュッと、大切そうに握りしめる。


「最悪財布が無くなるならともかく、こればっかりは、ね……」


そうしてようやく教室へ向かった光理は、いつも通りすました顔で既に授業の準備を終えている咲の姿を見る。

やがてホームルームが始まり、授業が始まり。教員からの問いにまた競うように答え、そしてやはり一歩及ばず。

そんないつも通りの日々。


そして、昼休み。

学費の大半を奨学金で補っている光理は基本的に毎日弁当を持ってきていた。

教室を出て向かうのは先日発見した、庭園部分にありながら人気がない木陰。

落ち着いて昼食をとるには最適の場所だった。


「……あれ?」


だが、そこに先んじて敷物を敷いて水筒を置き、弁当の包みを開いていたのは


「……」


烏牧咲。


「……、……ほんっと、あなたはほんと……」


「何か?」


「いーえっ、なんでもありませんわよーだ」


また先を越されていたと思いつつも、光理は向かい合うように腰を下ろす。

咲が黙々と食べる弁当は華美ではないものの丁寧な調理がされたもので、材料も安価なものではないのが見てわかる。


「あなたはまたそんな良いもん食べてるのね……でもちょっとそれ野菜少なくない?ほら、もうちょっと食べなさいな」


そういって光理は自身の弁当の一部を咲に押し付け始める。


「……ありがとうございます」


光理の弁当は決して材料こそ高価ではないが色合い含めてバランスよく、しかし量をやや重視した内容のもの。


「ん。どーいたしまして」


やはり表情には出ないものの、食事を楽しんでいるらしい様子を感じ取った光理。

ふと、以前のことを思い出す。

誰かの嫌がらせだったか、それとも転んでひっくり返したのだったか。

弁当をなくした咲が食べずに済まそうとしたのを見かねて、自分の昼食を半分分けたことがあった。

…とはいえ、光理自身その日は珍しく弁当ではなかったどころか、購買の売れ残りのコロッケパンしか買えなかったのだが。

購買のレベルは高いとはいえ、コロッケのソースが染みすぎ、パンもふやけていてお世辞にも美味とは言えないようなものだったが。


「そういえば前にもあったっけ。こういう……なんか、ご飯分けてあげたやつ」

「覚えています。美味しいパンでした」


その時も同じ無表情のまま、同じく楽し気な様子だった。


「そうそう、パン!あの時の咲のボーゼンとした顔!!」

「そんな顔はしてません」

「いやしてたって。分かりにくいけどそういう時はなんていうのかしらね……こう、落ち込んでる雰囲気が伝わるの、あなたは」


「何を食べるか」よりも「誰と食べるか」を重視する。

明星光理だけが知っている、烏牧咲の一面。


「……落ち込んでいません」

「なんだかんだ、咲は食べるの好きだものねー」

などと、当時を思い出して笑う光理。

そんな二人の間を皐月の風が通り抜け、木々のざわめきが、しばし二人だけの世界を作り出した。


「────ふう、ごちそうさまでした」

「ごちそうさまでした」


弁当を食べ終え片付けに入ろうとする光理はふと、今朝の事を思い出す。


「あ、そうそう」

「咲、あなた体調は大丈夫なの?さっきの話じゃないけれど、明らかに本調子じゃないでしょ、あなた」

「ご心配なく」

「……そう言って無茶しがちでしょ、あなた」

「この後の長距離走でも、勝つのは私です」

「いや、だから……、あーもう、いいわ、いいでしょう」

「それなら今日こそ私が余裕で勝って、無理やりにでも休ませてあげる!覚悟しておくのだわ、咲!」


そう言うと光理は今度こそ弁当を持って教室へ戻ろうとする。

ほぼ同時に荷物を纏めて立ち上がる咲も教室へ向かい、結局速歩きでの競争になった。


そして、その様子を見ていた影が一つ。


「いやぁまったく、見ていて飽きないですねぇ」

「私としてはいつまでも見守ってたいところですけど…そうもいかないかぁ」

「ん~~それにしても、良い天気……」


立ち位置禁止の屋上──礼拝堂の他に遮るものの無い、それなりの絶景を見渡しながら伸びをすると、その人物はごろんと寝転がった。


【謀】

同時刻、某所。

『クク…素晴らしい』

『何と感謝を述べたらよいのか見当もつかない!いやはや!三日三晩でも跪こう』


電話口の向こうから、歓喜に震えた男の声が聞こえる。


「結構よ。感謝も、崇拝も、間に合ってるわ」


そう返したのは、”黒革手帳”と呼ばれる情報屋。


『いいや貴女がいらないと言ってもこの喜びにむせぶ魂を止めることはできない…七日七番歓声を上げたい気分だ』


「その数字にちなんだ冗句、面白いと思って言ってるなら付き合いで笑ってくれてる先生方に感謝することね。アナタの学校、生徒だけじゃなくて教員まで素敵な性格の人ばかりみたい」


『えっ…そうかね』


「でも感心してるのは本当よ。敢えて UGN の犬を誘い込んでまで己の計画を悟らせなかったあなたの我慢強さ、私のペットにも分けてあげてほしいくらい」


『いやぁ…苦心したのだよ。何せ一度の失敗でくじけるには惜しい夢だったからね。今度こそ、この”虚の卵”を…』


男の──聖カルロ学園理事長の言葉を遮り、”黒革手帳”は忠告する。


「せいぜい頑張って見せなさい。あぁ、でも」


「踊ったり歌ったりは全部が済んでからにしなさいな」


『と、いうと?』


「事と次第によっては10年掛けた準備が3日で水泡に帰すわ」


『……貴女がそう言うのなら、いやもとより全力を尽くすつもりだが』

『この”火達磨”、全霊のその先までも尽くして万難を排そう』


「二度は言わないわ、じゃあね」


受話器を置いた”黒革手帳”はふぅと息を吐く。


「さて、あの女はどんな顔するかしら、どんな声で叫ぶかしら、どんな声で泣くのかしら」


「程よく焦らして、楽しませて頂戴」

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