第17話 伝説の覚醒(1)

「たぁっ!」


 メリッサが変身したレオパルドスゼノクは助走をつけて勢いよく突撃し、右足を振り上げてスースゼノクの肩を力強く蹴りつけた。強烈な上段蹴りが命中した箇所から火花が散り、重く頑丈なスースゼノクの巨体が衝撃でよろめく。


「何だ、貴様は!?」


「通りすがりの巡礼者よ。レオパルドスゼノクと呼んでもらいましょうか」


 思わぬ乱入者の出現にうろたえるスースゼノクの胸に、レオパルドスゼノクは右手に生えた鋭い鉤爪を振り下ろして斬撃を浴びせた。固い鎧の表面を爪が走り抜けて再び火花が噴き上がり、怯んだスースゼノクはまたしても後退を強いられる。


「おのれ……貴様、さっきの人間の姿、見るからにアレクジェリア大陸人だろう。邪神ロギエルの飼い犬が、ザフィエル教徒のヨナシュ人どもを守って戦うとは気でも触れたか」


「そういうあなたはジュシエル教徒ってことかしら? 例え誰だろうと、罪もない人々を襲っている非道な悪を見て放っておくわけには行かないわね」


 勝気な声で敢然とそう言い放ったレオパルドスゼノクの鉄拳を重い体で押し返すと、スースゼノクは肩を揺らして彼女を嘲笑う。


「悪だと? 笑わせるな。聖地を腕ずくで奪おうとする強盗どもが自分たちのことは棚に上げ、薄っぺらな綺麗事で正義を気取る。その思慮の浅さは命取りになるぞ」


 侮蔑するようにそう言ったスースゼノクは前傾姿勢を取り、レオパルドスゼノクに向かって猛然と体当たりを仕掛けた。だが闘牛のような大迫力の突進を前にしても、レオパルドスゼノクは余裕のていで怖気づく素振りすら見せない。


「動きが直線的過ぎるし、速度もちょっと遅いわよ」


 単調で鈍重な相手の動きを見切り、地面を蹴って大きく跳躍したレオパルドスゼノクは自分の背後に建っていた酒場の屋根の上にひらりと跳び乗った。突撃をかわされ、スースゼノクは煉瓦の壁を突き破って店の中へと突っ込んでしまう。


「ええい! ふざけやがって!」


「思慮が足りないのはどっちかしらね」


 店内に並べられていた何本もの酒瓶を棚ごと引っ繰り返して破壊し、興奮して咆え猛りながら店の外へ出て来たスースゼノクに、屋根の上から飛び降りたレオパルドスゼノクは落下の勢いを乗せた高所からの飛び蹴りを見舞った。倒れて地面を転がったスースゼノクが立ち直ったところへ、大股で近づいていったレオパルドスゼノクは鋭い突きと蹴りの連打を浴びせてなおも激しく攻め立てる。


「凄い……お姉さん、強い……!」


 力では上回る重量級のスースゼノクも、レオパルドスゼノクの洗練された技と強気で果敢な攻勢の前に圧倒され、次第に追い詰められてゆく。その戦いぶりに、ミリアムはずっと視線を釘づけにされていた。


「よし。今の内に、隊長を助けに行こう」


「そうね。ここはひとまず、あの赤い豹の怪人に任せて良さそうだわ」


 スースゼノクの牙で心臓を貫かれて重傷を負ったラシードだが、急いで手当てをすれば助かるかも知れない。カリームとハミーダがそう言うとシメオンもうなずき、戦闘に見入っていたミリアムも我に返ると三人の後に続いてそっとその場を離れた。それを見たスースゼノクは彼らを追って襲いかかろうとするが、レオパルドスゼノクがすかさず進路を阻んで立ち塞がり、顔面に蹴りを入れてまた転倒させる。


「貴様! 生意気な真似をすれば、女と言えども容赦はせんぞ!」


「女だからって手加減してくれてただけなの? そうは見えないけどね」


「舐めた口を!」


 明らかな実力での劣勢を指摘されて激怒したスースゼノクは雄叫びを上げ、口元の牙を剥きながら迎撃の構えを取るレオパルドスゼノクに再び激しく攻めかかっていった。




「サウロ兄さん!」


「隊長、しっかりして下さい!」


 レオパルドスゼノクがスースゼノクと戦っている隙に、シメオンとミリアム、カリームとハミーダの四人はハル・マリアの中へ駆け込み、店の玄関の床を血に染めながら仰向けに倒れているラシードを何とか介抱しようとする。だがスースゼノクの太い牙で刺し貫かれた胸の傷は深く、血がどくどくと流れ出ており、致命傷を負ってしまっているのは明らかだった。


「ううっ……ぐっ……」


「そんな……お兄ちゃん! お願い! 死なないでお兄ちゃん!」


 苦しげに目を閉じて荒い呼吸を繰り返しているラシードにはもはや言葉を発する余力さえなく、これほどの重傷では救命のための手当ても施しようがない。幼い頃から慕ってきた義兄の無惨な姿にシメオンは愕然とし、ミリアムはその場で泣き崩れそうになる。


 不意に、背後から飛んできた黄色の光線が空中で弧を描き、二人の体に巻きついたのはその時であった。


「うわぁっ!」


「きゃぁっ!」


 シメオンとミリアムの体に絡みついた細長い光は物質化し、粘り気と弾力性を持った白い糸へと変わる。上半身をきつく緊縛されて、二人は慌てふためきながら必死にもがいた。


「だ、誰だ!?」


 何者かの気配を感じて、糸が飛んで来た方へ振り向いたカリームが叫ぶ。仕切りに遮られた厨房の奥で、緑色の大きな二つの眼が妖しい光を放っているのが見えた。


「どうやら思わぬ邪魔が入ったようだな。同志ムスタファを助けるためにはこうするしかあるまい」


 長い左右の腕の下に短い副腕が二本ずつ生えた、蜘蛛を想起させる姿の魔人。黄色と黒の毒々しい装甲に身を覆い、合わせて八本の手足を持ったアラーネアゼノクは魔法で生成された糸を右手の爪の先から伸ばし、シメオンとミリアムを縛り上げて身動きを取れなくしてしまったのである。


「二人を放しなさい! 魔物!」


「貴様らには用はない。ここで寝ていろ」


「きゃぁっ!」


 ハミーダが曲刀を振り上げて勇敢に斬りかかるが、アラーネアゼノクは槍の穂先のような太い一本の爪が生えた左手の一振りで彼女を殴り飛ばし、店の壁に叩きつけた。その間にカリームは二人を縛っている糸を曲刀で断ち切ろうとするが、しなやかで硬い魔法の糸はマムルークの磨き抜かれた刃でも切断することができない。


「無駄なことよ。ただの人間如きが、神の力を手にしたゼノクには手も足も出んのだ」


「うわぁっ!」


 人間離れした脚力でカリームを蹴り飛ばして店の食卓に激突させたアラーネアゼノクは伸びていた糸を引っ張り、縛られているシメオンとミリアムを懐へと手繰り寄せた。


「は、放せ!」


「やめて! 嫌ぁっ!」


「大人しくこっちに来い。お前たちは人質、もしくは生贄の子羊だ」


 朦朧とした意識のまま床に倒れているラシードの姿を冷ややかに一瞥すると、アラーネアゼノクは二人を乱暴に引き立て、レオパルドスゼノクとスースゼノクが戦闘を続けている店の外へと連行していった。

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