第6話 生き急ぐ

「オレ達のパーティ『月影』に入らねぇか?」


 ライルの誘いを聞いたオレは、やっぱりという思いと、まさかという思いの両方を味わう。


 やっぱりパーティの誘いだったか。でもまさか『月影』程のパーティがオレを勧誘するとは……。


 オレは今日、冒険者ギルドに入ってから、パーティの勧誘を飽きるほど受けていた。下は無名の駆け出しから、そこそこ腕の立つところまで。今日だけで10パーティは誘われたかな?


 でも、『月影』程ビックネームなパーティは居なかった。


 『月影』メンバー全員が二つ名を持つ上級冒険者で、いわゆる上級パーティって呼ばれるやつだ。その上級パーティの中でも上から数えた方が早い、間違いなく冒険者界のビックネーム。


 その『月影』にオレが勧誘される?夢みたいな話だな。しかし……。


「・・・・・。」


「『蒼天』の奴らが気になるか?」


 何も言えないでいるオレに、ライルが問いかける。


 そうだ。オレは確かにパーティを追い出されたが、それはオレが強くなって戻ってくることを期待しての事だ。それに、ゲオグラムが言っていた「また一緒に冒険できる日を楽しみにしている」と。オレが『月影』に入っちまえば、その言葉は叶わなくなっちまう。


 『月影』に入れば、オレは確実に強くなる。『月影』が蓄えた知識が、経験が、技が、オレを強くする。『月影』はオレ達より15年は長く冒険者を続けているからな。その分、知識も経験も技も洗練されている。


 それに、ダンジョンの50階層以降の情報が手に入るのも大きい。ダンジョンの50階層以降の情報はほとんど出回っていないのだ。


 まず、50階層以降に行ける冒険者の数が少ない。冒険者の中でも、50階層を越えられる者はほんの一握りだ。


 次に、皆が情報を出し渋っている現状がある。ダンジョンの50階層を越えて冒険している奴らは皆、一流の冒険者と言って良い。情報の価値についても良く知っている。自分達が命を懸けて手に入れた情報を、無償で教えてくれるなんて事は無い。


 オレが『月影』に入れば、それらが無償で手に入る。『月影』の持つ情報、知識、経験、技、全てを吸収できる。確実にオレは強くなれる。だが、その代償に『月影』に縛られることになる。


 パーティってのは運命共同体だ。そう簡単に入ったり抜けたりはできない。一度『月影』に入っちまえば、そう簡単には抜けられない。必ず何年間か『月影』のメンバーでいる事を求められる。そういう契約を交わすはずだ。


 『月影』に入って情報、知識、経験、技を盗み、盗み終わったら「はいさよなら」とはいかないのだ。


「……何年だ?」


 何年『月影』に縛られるのか、それ次第では入っても良い。一流パーティ『月影』の持つ全てが手に入るのはかなり魅力的だ。できれば2、3年がベストだけど……まず無理だな。


「話が早えな。無論、『月影』が解散するまでだ」


「だよなー…」


 『月影』がオレをパーティに入れて育てるのは、戦力になることを期待しているからだ。折角育てた戦力が、途中で抜けられては困る。『月影』が解散するその日まで、オレを縛りたいのは当たり前だ。


「ボウズに『蒼天』への未練があるのは分かるが、クビにされたんだ。ここらで心機一転ってのも良いだろ?」


 未練か。未練とは違うが、確かに『蒼天』の奴らへの思いはある。一度は命を預け合った仲だからな。


 それに、オレは『蒼天』を完全にクビにされたとは思っていない。事実、オレをクビにした張本人であるゲオルギアも、オレが『蒼天』に戻ることを期待している。このクビは、あくまで一時的なもので、オレが強くなる為の修業期間を貰ったんだと考えている。


 相変わらずゲオルギアの考えは訳分かんねぇし、「足りないもの」が何なのか分かんねぇけどな。


「その顔は響いてねぇな」


 ライルがオレの顔色から、オレがこの誘いを断るつもりなのだというのを覚ったのだろう。更に言葉を重ねる。


「ボウズ、お前幾つになった?」


「19だけど……」


 いきなり何の話だ?


「オレは今年で35だ。ボウズとは16も離れてる。他のメンバーも大体似たようなもんだ。つまり、それだけボウズよりも早く引退するって事だ。『月影』の解散はボウズの思ってるより早えぇぞ?『月影』の解散まで待ってもボウズには時間がある。『蒼天』の奴らと冒険するのはそれからでも遅くないんじゃねぇか?今は『月影』で学ぶ時期。そう考える事はできねぇか?」


 確かにそういう考え方もある。修行するのに『月影』ほど適した場所はそうない。


 ただ……やはり拘束される年月が長すぎる。30代と言えば、肉体の能力と経験が丁度釣り合う全盛期と言われている。その半ばにいる『月影』は、今が一番脂が乗ってる時期だ。『月影』のおっさん達が、後どれだけ冒険者を続けるのかは分からないが、どう見ても後2,3年って事は無いだろう。


 オレは、修業期間を長くても2,3年だと思っている。さすがに5年10年とアイツらを待たせるわけにはいかない。ゲオルギアの奴がそんな長期的な計画を立てるとは思えないしな。アイツはそんなに気の長い方じゃない。


 それに、アイツらだけだと戦力のバランスが悪いからな。早く強くなって戻ってやらねぇと。ったく、世話のかかる奴らだ。


「悪りぃが……」


 『月影』からの申し出を断るなんてすげぇもったいない。パーティを追い出されるような奴が『月影』からの誘いを断るなんて正気じゃないな。皆オレの頭を疑うだろう。だが断る。オレには時間がねぇんだ。


「そうかよ。お前も頑固な奴だな。良い話だと思ったんだが……」


「十分良い話だったさ。あの『月影』がオレを誘ってくれるなんてな。嬉しくて泣いちゃいそうだ。けどよ、オレには時間がねぇんだわ」


 時間が許すなら『月影』の世話になるのはアリだったんだが……。


「時間がねぇか…。まったく、何をそんなに生き急いでるんだか」


 ライルが呆れた顔をしてオレを見ていた。そんな理由で話を蹴ったオレに呆れているのだろう。

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