第33話 ノルデンホテル
さて、身体も暖まったことだし、ホテルに行くとするか。司令部へは明日で良い、残りの時間を満喫するぞ。喫茶店から出て近くに見えるホテルに歩いていく、このあたりでは一番立派な設えだ。
ご機嫌で中に入るがフロントがあるべき場所に、何故か軍服を着た兵士がいる。逆説的な話だが、兵士だから軍服を着ているのだろう? キョロキョロして明らかに目的地を間違ったかのような動きをしてしまった。
一人が近づいてくると、膝を折って目線を合わせて来る。三十歳位の軍曹だな、こいつこんなことろで何をしているんだ?
「お嬢ちゃん迷子かい、ここは遊び場じゃないよ」
む、まあ、ある種の仕方がない感情がこみ上げてくるが、ここは我慢だ。というかこれか、この毛糸の帽子が悪いのか。脱いでしまうとコートのポケットに入れてしまう。金色の髪を手で名でつけて、腰に手を当てた。
「ここはノルデンホテルではなかったかな」
立派なホテルは一カ所しかないと、帝都の司令部で言われたが、他には間違いようもない。それともあれか、あの人事課の大尉は私をからかっていたとでもいうのか。
「ははは、お嬢ちゃんはどこでそんな名前を聞いたんだい。確かにノルデンホテルって言われることもあるよ」
「なんだここがそうだったか、ではチェックインしたいので手続きをしてくれ」
少しでも大尉を疑ってしまった自分が情けない! 良かれと思い案内をしてくれたのに、どうしてそんなことを。まだまだ日常の、軍への感謝が足りておらんな私は。
「面白いことを言うね。でもここは宿泊施設じゃないんだ、早いところおうちへ帰った方が良いよ。私も遊んでいたら上官に叱られてしまうからね」
上官だと? するとやはり真実軍人だったわけか、ここで何かしらの任務中か。邪魔するのも悪いが、宿なしで一夜を過ごすつもりもない。ここは暖房が効いているな、コートでは少し暑い。ボタンを外してコートを脱いでしまう、長い髪が邪魔くさいからいつも巻き込んでいたが、今は後ろで縛っているだけだ。
「ん、どうした軍曹」
鞄から軍帽を取り出すと、髪を巻いて詰め込んでしまう。この作業にも手慣れてしまったな、そろそろ切ってしまうか? 伸ばすのには時間が掛かるし、取り敢えずは困ったこともないからそのままにしているが、どうしたものだろうな。
「しょ、少尉殿でありますか?」
「あ? 貴様、軍人でありながら階級も識別出来んほどの愚物だったのか。だとしたら他者に迷惑をかけんために退役するのを勧めるぞ」
こいつは何を言っているのだ、肩の一つ星が目に入らんわけでもなかろうに。立ち上がると脇を締めて敬礼して来る。うむ、敬礼には敬礼で応えるのが軍人の義務だな。
「北方軍前線司令部への来訪を歓迎いたします少尉殿!」
「……なに?」
すっと周囲を見渡すと、一般客は居らずに軍服がちらほら。言われてみれば司令部のように見えなくもないが「ノルデンホテルではないのか?」ギギギギギと首を動かして問う。
「立派な外見を揶揄してそのように呼ばれることがあります。チェックインとのことで、着任のご挨拶でしたら司令官へ連絡いたしますので、少々お待ちください!」
ほ、ほほう……なぜこうなった! 私の半休を返してくれ! ああ軍曹、せめて司令官は不在で明日出直してこいという返事を持って戻ってこい。真面目な顔でやって来ると「少尉殿、司令官が直ぐお会いになるとのことです。ご案内致します」ほっとした顔で言われてしまう。
「そうか、では案内を頼む軍曹」
顔をひくひくとさせて胸を張ってやった。こうなったものは仕方がない、ついて直ぐに出頭したという方向で行くしかないな。そうだ、やる気を見せて行こうではないか!
司令官室、というところに連れられてくると、廊下に荷物をまとめて置いてしまう。
「すまないが軍曹、こいつをみていてくれ」
「了解です」
呼吸を整えて入室する、デスクに司令官の大佐、そして隣は副官大尉か。進んでいき、デスクの二メートル手前で止まると申告する。
「北方軍管区に配属されました、航空魔導師ターニャ・デグレチャフ少尉、ただいま着任いたしました!」
「前線司令官のド=ラ=クロワ大佐だ、少尉の着任を承認する。あそこのウインナーコーヒーはどうだったかね」
何故バレているんだ! 柔和な表情をしておられるが、寄り道をしてきたことをお怒りなのだろう。どう答えたら良い、美味しかったなどといえば怒鳴りつけられるに決まっている。初日どころか、一言目からそれでは私のキャリアに影を落とすぞ!
「コーヒーの品質は上々であり、新聞も幅広く扱いがありました。この地方の経済が安定しており、市街地では浮浪者も少なく、帝国の統治が行き届いていたと感じられました」
大佐の眉がピクリと動いた、取って付けたかのような言葉では騙されてはくれんか! なぜもっと気が利いたセリフが出てこなかったのだ、このまま放逐でもされたら大変な目に遭うぞ!
「そうだな、少尉が先を見据えられていることに素直に敬意を表することにしよう。人とは安定するとより多くを求めてしまうものだ、それは帝国だけでなく、協商連合とて同じだ。マロリー大尉、少尉を頼んだぞ」
「はっ、司令官殿。少尉、マロリー大尉だ。配属先について説明するのでついてきたまえ」
大佐は何を仰っているのだ? だが事なきを得たとしておこう、しかしどこで喫茶店のことが。監視でもされているのか? いや、まさかな……用心だけはしておいた方が良いかも知れんな。
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