第24話

「さて、皆さん。本日集まっていただいたのは他でもありません!最近この演劇部に起こった不可解な謎についての推理を披露させていただこうと思います」



 講堂の舞台の上、レモンはいつの間にか用意していた探偵帽とチェックのマントにスカートに身を包み、推理ショーの開幕を宣言した。



 壇上にはレモンと僕の二人きり、演劇部の部員達には座席に座ってもらっている。当然彼らは何が起こっているのか分からず、ざわめいている。



「ちょっと待って、梶本さん。いきなり何を言い出すんだ。話があるからって皆を集めて座らせたかと思えば、不可解な謎?確かに、よく分からないことはあったけど。今はそんなことを言っている場合じゃないよ。公演はもう二日後なんだ。一日でも練習をした方がいい」



 山本先輩が座席から口を挟む。部員達もレモンの演技を見ているからか、その意見に同調して首を縦にふっている者が多い。



「いや、梶本の話を聞こう」



 その流れをぶった切ったのは井上先輩だった。演劇部の部長である井上先輩の断言に山本先輩は口を閉ざして険しい表情を浮かべた。そうだよな。だって自分はこれから断罪されると理解しているのだから。



「部長さん、壇上へどうぞ」



 レモンにうながされて井上先輩が舞台に上がる。あらかじめ井上先輩だけは今日ここで何をするか伝えてあり、更に協力してもらえることになっている。



「部長さん、今回の経緯についてお話をどうぞ」


「ああ。先週の月曜日、俺たちは新入生歓迎の公演をする予定だった。そうだな?」



 井上先輩は壇上から部員一人一人の表情を見まわした。



「でもそれは中止せざるを得なかった。理由は二つあった。一つは浅利が急に髪を切ったことでヒロイン役を務められなくなったから。もう一つは何者かによって道具達が使い物にならなくされていたからだ。俺はずっと疑問だった。浅利はどうしていきなりそんなことをしたのか。そして、道具をあんな風にしたのは一体誰なのか」



 それが4月16日金曜日と4月17日土曜日に起こった出来事だ。19日月曜日に予定されていた公演は中止となった。



「俺はこの二つの疑問が解消されない限り、このまま公演を中止しても、延期しても意味がないと考えた。俺たちはこれから一年一緒にやっていく仲間なんだ。でもこの問題をうやむやにしたままだと俺たちは互いに互いを疑いながら一年を過ごすことになる。現に今、お前らは浅利と、そして俺のことを疑っている!違うか?」



 部員達は首を縦にも横にも振らなかった。しかし代わりに彼らの瞳が気持ちを雄弁に語っていた。自分は確かにそう思っていたけれど、周りも同じ気持ちだったのか、と疑う気持ちが右へ左へと目を動かせていた。



「だから、俺はこの問題を解決しようとこの二人に頼んだんだ」



 井上先輩が手でレモンと僕を示す。部員達の目線がこちらに集まる。特に僕の方に。彼らからすればレモンはもう見慣れているけれど、僕は「こいつ誰?」「こんなやついたっけ?」状態である。



 なんか緊張してきた。



「皆さん、改めて自己紹介をさせていただきます。私は梶本、改め探偵レモン。探偵同好会のを務めています。以後お見知りおきを。そして――――」



 えっ。今、副会長って言った?僕、レモンが同好会の会長をするものだと思っていたのだけれど。嫌な予感がする。



「こちらが会長の東野先輩です!」



 やっぱそういうことになるよねぇ!?今すぐにもレモンに問い詰めたいのだけれど、雰囲気的にそういうことを言える気がしない。レモンがこちらを見ている。おそらく自己紹介をしろ、とのことだろう。ええい、ままよ!



「ご紹介にあずかりました。会長の東野と申します。ぜひ我々の推理をお楽しみください」



 かぁ~っ!自分でも嫌になるくらいかっこつけてしまった。求められるとつい調子に乗ってしまう。



「俺がこの二人に調査を依頼した。そして彼らは見事に事件を解決してくれた。だからお前達にはそれを聞いて、判断してほしいんだ」



 と、いう建前になっている。これは昨日のうちに井上先輩にお願いして仕込んでおいた設定だ。これから行う推理ショーは部員達の前でないと意味がない。だから部員を集めて推理を披露するための理由付けが必要だった。すると木崎さんのお願いではあまりに弱いので、井上先輩、部長からの依頼ということにした。



 ということもあり、後付けで探偵同好会が発足したわけである。レモンが二日前に月に照らされて言ったのはこのためだったのだ。



「とはいえ、練習に時間を使わなければいけないのは間違いありませんので、出来るだけ手短に進めていきましょう。これから推理を披露するにあたって、一つの取り決めをしておきます。まず、私の推理に疑問がある方や、何か話したい方は割り込んでもらって構いません。もちろんどなたでも大丈夫です。次に、重要参考人の方には舞台に上がってきてもらいます。呼ばれた方々は舞台上へどうぞ」



 さて、始めようか。長い長い推理ショーを。



「まず、重要参考人の一人目に舞台に上がってもらいます。今回の謎にこの人は欠かせません。“浅利宙花さん”壇上へどうぞ」



 講堂の最後列、その隅に座っていた彼女が階段を降りてくる。それを見て部員達が再びざわめき始めた。やはり歓迎されているといった様子ではなく、顔を顰めている部員が大半だ。



 舞台に浅利先輩が上がる。スポットライトに照らされた彼女はやはり壇上が良く似合っている。



「来ていただきありがとうございます」


「ううん、いい。期待してる」


「任せてください!」



 レモンは浅利先輩と軽く会話を交わすと、改めて探偵モードにスイッチを切り替えた。



「さて、皆さん。先ほど部長さんがおっしゃった通り、この演劇部には二つの大きな事件が起こりました。どちらから話してもいいのですが…………ここはまず、皆様の一番気になっているであろうこと。ずばり道具を使い物にならない状態にしてしまった“犯人”を指摘してみせましょう」



 部員達がまたざわめく。彼らは空気を読んで犯人捜しなどはしていなかったのだろうが、もちろん気になっているに違いない。



「もちろん、その犯人はこの中にいます。今自分から名乗り出てくれるなら、悪いようにはしません。十秒待ちます」



 レモンによって十秒のカウントダウンが始まる。もちろん犯人を知っている僕はずっと彼のことだけを見ていた。しかし十秒が経っても彼が名乗り出る様子はなかった。



「分かりました。残念です。では始めましょう。部長さん、こちらへ」



 レモンは壇上の右端にいた井上先輩を真ん中へ呼び寄せた。



「この事件については部長さんが鍵を握っています。それは皆さんもご存じのことだと思います。部長さんがあなたたちに状況を秘匿したことによって、あなたたちは怒りを感じ、部活に来なくなってしまった。では、どうして部長さんは状況を秘匿したのでしょうか。話を聞いてみましょう」



 井上先輩はレモンにうながされて話し始めた。



「まずは、もう一度皆に謝罪させてほしい。確かに俺は皆に何があったのか、隠していた。申し訳なかった」



 彼は深々と頭を下げた。しばらくして顔を上げると今度はあの日何があったのかを語り出した。



「俺があの惨状を見つけたのは土曜日の午前10時頃だった。皆が集まるはずだった13時までに何か不備がないか最終確認をしておこうと思って早く来ていたんだ。そしたら、誰かによって道具達はぐちゃぐちゃにされていた」


「なるほど。ではどうしてそのことを皆に伝えなかったんですか?」


「犯人に心当たりがあったからだ。俺はそいつを匿おうと思っていた」


「ではそれは誰でしょうか」


「…………浅利だ」



 舞台下がどよめく。前々から浅利先輩を怪しんでいたとでもいうように「やっぱりね」と呟く声や信じられなかったのか「まじで?」と呟く声が聞こえてくる。



「ありがとうございます。さて、部長さんはどうして浅利先輩が犯人だと思ったのでしょうか。推理してみましょう。まず、今回の事件、犯人の可能性は誰でもあるわけではありません。なぜなら犯行は“部室の中”で行われたからです。話を聞く限り、犯行が行われたのは金曜日の部活が終わってから、部長さんが部室にやってきた午前十時までの間になります。ではその間に部室に侵入可能だった人は誰がいるでしょうか」



 レモンはそこで一度間を空けた。レモンに全員の注目が集中している。



「もちろん“鍵の場所を知っている人”です。鍵は顧問である坂口先生の机にある。そして坂口先生は面倒くさがりで、しかも定時である17時には必ず帰宅してしまいます。そのため演劇部では特別に先生の机から勝手に鍵を借りることが許されている。ではここで犯人候補を絞りましょう。鍵の場所を知っている人、つまり各班のリーダーは壇上へお願いします」



 座席で立ち上がったのは三人。壇上に元々居たのは二人。



 大道具班班長、井上先輩。女子演者組リーダー、浅利先輩。そして男子演者組リーダー、玉本先輩。小道具班班長、西峯胡桃さん。そしてもう一人、多分これはレモンも予想外だったと思う。



 衣装班班長、木崎緑さん。



 木崎さんだったの!?マジで!?



 レモンは木崎さんが壇上に上がったとき一瞬驚いた表情を見せたが、すぐに何もなかったかのように続ける。



「井上先輩には自分を除いてこの四人の中に犯人がいると分かったのでしょう。でもどうして井上先輩は浅利先輩を犯人だと思ったんですか?」


「前日、金曜日の鍵締めが浅利だったからだ。それに翌日浅利は髪を切ってきた。だから、それを俺は謝罪の意味でやっているものだと考えた」


「なるほど、ではどうして浅利先輩を匿おうと?」


「理由は大きく二つある。一つは浅利が犯人だと分かれば、公演前なのに皆の仲間意識が失われてしまうと思った。浅利はこの演劇部の核となる人物の一人だ。だから部内で孤立させるのは避けたかった。もう一つは鍵の取り扱いを変えられたくなかったからだ。こんなことが起こったと知られれば、流石に坂口先生といえども、鍵の扱いには慎重になるだろう。そうしたら俺たちが今まで許されてきた、下校時刻ギリギリの作業や、朝一での練習、土日の一日作業が出来なるかもしれないと思った。だから、俺は何があったのかお前らに伝えないことを決めたんだ」



 部員達は概ね井上先輩の話を信用しているようだった。むしろそのおかげか、浅利先輩への疑いの目線が深くなっているようだ。



「さて、皆さん。以上の弁明から、部長さんは犯人ではありません」


「ちょっと待ってくれ、それは納得出来ない!」



 山本先輩が声を上げた。



「どうして今の話で井上が外れるんだ?」


「だって井上先輩が犯人なら、その罪を浅利先輩に押しつければいいじゃないですか。どう考えても怪しい人がいるんですよ?それに井上先輩がわざわざ情報を隠していたことで疑われたのは井上先輩自身です。犯人ならわざわざ自分が疑われる行為をとらないですよ。納得いただけました?」



 山本先輩はレモンの説明に黙りこんだ。



「異論がないようであれば続けます。ところで、皆さん、どうして道具類は作り直しになったんだと思いますか?」



 部員の誰かが代表して「誰かが壊したんでしょ!」と答える。



「いえいえ、実はそうではないんですよ。先輩、お願いします!」


「はいよ」



 はい、ここまで見ていた諸君、僕は何もしていないじゃないかと思ってはいなかっただろうか。いや、実際に何もしていなかったんだけど、ただボーッとしていたわけではなくて、講堂のモニターに証拠の写真を表示できるように調整していたのである。



 さっき我々の推理をお楽しみください、とかかっこつけといて全部レモンに任せているただのダサいやつでは断じてないのだ。



 僕はモニターに撮っておいたペンキの写真を表示させる。すると一部の生徒から驚きの声が聞こえてきた。



「演劇部の特に大道具班の方ならすぐに違和感に気づいたんじゃないでしょうか。紫のペンキが異様に少ないことに。今回の劇において紫のペンキが必要だったのはパネルの虹のほんの一部分だけでしたから、それにしては少なすぎます。そしてこれらのペンキは4月の頭に新しく買い換えたばかり。ですよね?部長さん」


「ああ。その通りだ」



 ここで僕は井上先輩がパネルの裏に隠していたペンキの跡をモニターに表示する。そこには井上先輩の足跡が残っている。



「つまり、作り直しになった原因は何者かがペンキをぶちまけたからなんです。さあ、もう何者かを見つけるのは簡単です。みなさん上靴を確認させてください。靴下や制服とは違って上靴は基本持って帰りませんから、汚れがそのまま残っているかもしれません。上靴は先輩に渡してください」



 なんだ、そんなことか、と何でもないように上靴を持ってくる木崎さんと西峯さん。僕はそれを受け取って、カメラに映す。ちなみにこのカメラたちは配信同好会の奴らに借りてきました。流石にこのレベルのものは自費ではまかなえない。



 二人の上靴を表面、裏面と映していくが、ペンキの汚れは付着していない。



「この二人は違うみたいですね」


「次は僕のをお願いするよ」



 山本先輩が上靴を僕に手渡す。しかし彼の表情に動揺はなかった。覚悟を決めたのか、それとも…………



 表面、裏面と映す。前回確認したとおり、裏面の溝に紫のペンキが付着していた。しかし、前回とは異なり、ペンキが少し剥がされている。



「着いてますね。ということは」


「ちょっと待ってよ。これくらいの汚れならたまたま付くことだってあるだろ。それにもう一人、残ってるじゃないか」


「それもそうですね。では浅利先輩お願いします」



 浅利先輩がこちらに上靴を持ってくる。僕はその裏面を確認して思わず、カメラに写すことを躊躇した。浅利先輩に「いいから」と言われ画面に映すと、一面紫に汚れた彼女の上靴の裏面が表示されたのだった。

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