第20話

 レモンとの電話も終わり、時計の短針は12を超えている。明日は午前9時からのシフトだから、もう寝ようかと思っていたのだけれど、ふとスマホを見ると一時間前くらいに着信が二件入っていることに気づいた。



 誰だ、こんな時間にと思ったけれど、大体頭の中には候補が出てきていた。なぜならそもそも僕がSNSでフレンドになっている人など数が限られているからだ。



 一件目に折り返す。電話の主は待っていたかのように一瞬で通話に出た。



「もしもし?」


「こんな遅くにすまん。健介にどうしても伝えたいことが出来て」


「いいよ。でも珍しいね。何かあったの?浩」



 電話をかけてきたのは親友の相川浩であった。なんだか慌てている様子で、いつもとは様子が違うように感じる。



「何があったって…………それはこっちのセリフなんだが」


「は?どういうことだよ」


「レモンちゃんが山本先輩目当てで演劇部に入部したって噂が流れてる」


「はぁ!?」



 レモンが、山本先輩目当て…………?あまりに内容が突拍子もなくて、頭の中が一瞬にしてパニックになる。一瞬、そうだったのか!?と疑念に駆られて、そんなわけないだろ!という結論が出る。



 そもそもレモンは入部したわけではなく仮入部だし、山本先輩目当てではなくて木崎さんの依頼であることは僕が一番知っていることだ。落ち着け、僕。



「浩、それ真っ赤な嘘だよ。事実無根ってやつ」


「そうだよな!良かったぁ…………お前らが喧嘩でもして、レモンちゃんが乗り換えたのかと不安になったよ」


「レモンはそんな子じゃないって」


「もちろん俺だって信じてはなかったさ。美穂から健介達のことも聞いてたし。でも万が一そうだったら嫌だなって心配で思わず電話かけてたよ」


「そっか…………ありがとう」



 浩はまっすぐに僕たちを心配してくれていたのだろう。その気持ちが嬉しい。



 それにしても、また噂が流れているのか。しかも前回も今回も真実とは異なる。所詮噂だから信憑性はお察しではあるけれど、何かひっかかる。



 そういえばレモンが噂の出所を探るべきだと言っていたと思い出す。ちょうどいいから浩に話を聞いてみるべきだろう。



「なぁ、浩。その噂って誰から聞いたんだ?」


「うちのマネージャーだよ」


「浅利先輩の噂の時と同じか。ちなみに噂の出所って分かる?」


「そう来ると思って聞いておいた」



 有能か?いや、浩が有能なのは言うまでもないことだった。



「なんでもこの学校の噂好きが集まるSNSグループがあるらしくて、そこで書き込みがあったんだとか」


「そこにマネージャーさんが?」


「そういうこと。でもそのグループのことは詳しく教えてもらえなかったんだよ。ちょっと嫌そうだったからしつこく聞くわけにもいかなくてさ」


「そうか…………ありがとう。大事な情報になりそうだ」


「おう、じゃあ俺は寝るわ。明日、いやもう今日か。練習試合なんだ」



 浩の口から噛み殺したようなあくびが漏れる。僕のためにいつもより遅くまで起きてくれていたのだろう。



「試合前だったのに悪いな」


「試合も大事だけど、健介のことも大事だからな」


「浩ってそういうとこちゃんとかっこいいよな。僕が女子なら惚れてたかも」


「馬鹿なこと言ってないで、健介ももう寝なよ。明日バイトでしょ?」


「あぁ、うん。そうだけど」


「じゃ、おやすみ」


「おやすみ」



 通話が終わる。浩ってどうしてこう内面までイケメンなんだろうか。天は二物を与えないんじゃなかったのか。



 おやすみを言ってしまったことだし、寝ようかなと考えて、そういえばもう一件の着信があったことを思い出す。ふと確認するとそこには珍しい名前が表示されていた。



 折り返すと、こちらも待ち構えていたかのようにすぐに繋がった。



「もしもし、どうしたの?」


「久しぶりだね、健ちゃん」


「うん。久しぶり」


「なんだか、面白そうなことになってるみたいじゃないか。噂聞いたよ」



 どうしてこの人が噂のことを知っているんだ。



「どこまで知ってるの?」


「噂版に書かれていたことだけだよ。どうやら健ちゃんがお熱の女の子を取られたらしいと聞いてからかってやろうかと思ってね」



 クツクツと笑い声が漏れ聞こえてくる。確かに彼女はこういう面白そうなことは大好きだろう。ただ、目的については先ほどの浩との比較であまりに邪悪に思える。



「それでわざわざ電話してきたわけ?」


「そうだよ。最近声も聞いてなかったし丁度良いかなって」


「まぁ、確かに最近話してなかったけど」


「あたしは毎晩君からの電話を待ち望んで枕を濡らしてるんだけどなぁ」


「嘘つけ。それにそんな余裕もないくらい忙しそうだけど」


「それはそう」



 もしかすると彼女は彼女なりに何か思うところがあって電話をかけてくれたのだろうか。素直には言わないだろうけど。



「その噂、どこで聞いたの?」


「さっき言ったでしょ。噂版だよ」


「噂版?」


「そ、あたしが作った噂好きのためのSNSグループ」


「あんた何やってんの!?」



 思わぬ所から手がかりがやってきた喜びよりも、彼女がそんなものを作っていたことへの驚きが勝った。



「いやぁ面白いかなって」


「面白いからってさぁ…………ちなみにそのグループ入れてもらったりできる?」


「いいよ~」



 ダメ元で聞いてみたら軽く許可が出た。これも面白そうだから、だろうか。



「じゃ、招待するけど、鯖内のルールの説明だけ先にしておくね」


「ルールとかあるんだ」


「もちろん。集団を纏めるには規則が欠かせない。もちろん束縛はしないけど、無法は許されない」



 ああ、本当に彼女らしい。自由に生きているようで、実は真面目である。かと思えば厳格ではなく寛容だ。



「ルール① 私たちは自分が誰かを公表してはいけない

 ルール② 私たちは相手が誰かを聞いてはならない

 ルール③ 私たちは誰かを貶める噂を流してはならない

 ルール④ 私たちは噂の内容について真偽に関係ない文句を言ってははならない

 ルール⑤ 私たちは噂や噂に関する反応以外の雑談をしてはならない

 ルール⑥ 私たちは以上のルールに違反すれば追放される

ってところかな」


「要は匿名性の担保された噂掲示板ってことね」


「そういうこと。だから匿名性の維持のために新しくアカウントを作成してもらうことになる。ニックネームは万が一にも自分のことが連想できないようにすること」


「この噂版って何人くらい人がいるの?」


「さぁ?多分100人はいないんじゃないかな。いつの間にか増えていつの間にか減ってるから」


「いつの間にかってことは、全員自分で招待したわけじゃないんだ」


「そんなの無理だよ。ほとんどは噂版のメンバーが招待した人であたしも正体しらない人ばっかり。でもそれでいいんだ」



 彼女の指示に従って新しいアカウントを作る。ニックネームは少し迷ったけど、どうでもよくなって「あ」にした。この名前で正体がばれるわけがない。



 彼女にアカウントのIDを送ると「ウサギ」というアカウントから正体が届いた。



「届いた?」


「ウサギっていうアカウントから届いた」


「それがあたしのアカウント」


「自分のアカウント公表しちゃってるけどいいの?」


「ああ、うん。招待するときは流石に例外。この後すぐ名前変えちゃうから大丈夫」


「じゃあ僕も変えた方がいいかな」


「いや「あ」ってアカウント10個ぐらいあるから大丈夫だと思うよ」



 同じ事を考える人がそんなにもいるとは。とても無個性で僕らしい。



「じゃあ、噂版を楽しんで!」


「ちょっと待って、一つ質問なんだけど」


「何~?」


「ルール②って聞いてはいけない、だよね」


「ふぅん…………そういうことね。いいよ、それは禁止されてない」


「おっけ」


「じゃ、また今度何があったか聞かせてね~!」



 僕が何かを返す前にぶつっと通話は切れた。久しぶりに話したけれど、変わらないようで何よりだ。



 先ほどの招待のURLを踏んでサーバーに入る。「あ」さんが入室しました、とログが増えた。反応はない。ここでは歓迎の言葉も関係ない雑談扱いなのだろうか。



 もう一つログが増える。



『うるし:2年C組相原浩くん、今日も柵越え2本の大活躍。しきりに応援席を見ていた。気になる人がいたのかも』



 ちょうど浩の噂が追加された。多分美穂さんが応援に来ていたのだろう。仲が良さそうで何よりである。あと、やっぱり浩って噂になるくらいには人気なんだ。



『AAA:多分それ、他校の女の子だよ。見たことない制服の子がいたから』



 先ほどの噂についてレスがつく。噂好きというだけあって、色々と知っている人もいるらしい。というか、多分さっきの二人のうちどっちかはマネージャーちゃんなんだろうな。浩にグループを紹介しなかったのは自分が浩の噂を流していることを知られたくなかったのだろう。



 さて、浩のことは本題ではない。僕はログを遡り始めた。さほどかからずにレモンの噂を見つけることが出来た。



『花手:速報!1年E組の梶本さんが演劇部に入部したらしい。山本目当てだってさ』


『あ:梶本ってあの教室からすぐいなくなるっていう美少女?』


『you:確か2年の教室に入り浸ってるって噂あったよね』


『あ:あったねそういうの。確か本当だったんだっけ。誰かと一緒に本読んでるみたいな』


『you:相手誰だったっけ。たしかあんま冴えない男』



 おい。いや、異論はないけど、一応。



『花手:それは知らないけど、演劇部のやつに聞いたのは、その梶本さんが山本目当てっぽいってこと!やっぱイケメンかよ!』


『めめ:それな。やっぱり可愛い子はイケメンに持ってかれる運命なんだ』


『tututututu:いや多分それ間違いじゃないか。その子確かその冴えない2年の先輩のこと気に入ってるぽいよ』


『あ:そっちがデマなんじゃね?どっち選ぶかって言ったらイケメン選ぶでしょ』


『tututututu:それはそう』



 確かにレモンに関する間違った噂が流されているみたいだ。でもどうしてこんな根も葉もない噂が流れるのだろう。



 とりあえず僕は先ほどより長い時間をかけてログを漁った。浅利先輩の噂についても調べてみようと思ったからだ。



 そして探すこと数分、該当の発言に辿り着いた。



「これは…………どういうことだ?」



 頭を回す、回す。今までの出来事を思い出す。僕にはもうこの謎を解き明かすための情報が揃っているのだと感覚が訴えてくる。



 だから後は、考える時間がほしい。今日のバイトの時間は余計なことを考えながらになりそうだ。

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