エイミーとの再会!?「キールさんにお願いがあるんです」

「はぁ、はぁ……っ!」


 ──フラフラと壁に手をついて、ルルが階段を一歩ずつ上がっている。


 キレイに整っていた桃髪は乱れ、土やホコリで薄汚れている。純白のメイド服は土と血が混じったような黒い汚れが付着し、腕や膝は擦りむけて赤黒い血が流れていた。


 腹部を手で押さえながら一歩ずつ、ルルは階段を上がっていく。ルルの呼吸は浅くなっていた。だが驚くべきことに鈍器ハンマーで殴られたというのに骨は折れていないようだ。


    ×    ×    ×


「キール様に……触るなあああああああああああああああああああぁぁッッッッ!!」

「む? 邪魔!」


 !? ──タンッ!


    ×    ×    ×


 あのとき、ルルは鈍器ハンマーが当たる瞬間、無意識に弾き飛ばされる方向に全身を投げ出すようにんで避けたのだ。それによって鈍器ハンマーの衝撃を和らげ、間一髪で致命傷は避けられた。でなければ、ルルの胴体は逆方向に折れ曲がって内臓は破裂。血を吐いて、その場で倒れてルルは死んでいただろう。


 一切の躊躇なく後方にけたから、ルルが弾き飛ばされたかのように見えたのだ。


 しかも壁に衝突する瞬間に、柔道の後ろ受け身のように両掌りょうてのひらで背中側に迫る壁を激しく叩き、ショックを和らげて衝撃を軽減させている。たぐまれなき鬼族特有の運動神経のおかげで、ルルは鈍器ハンマーによる致命傷を避けることができた。


 しかし致命傷を避けられたとはいえ、鈍器ハンマーによる痛手ダメージが全くないわけではなかった。フルスイングの鈍器ハンマーが横腹を殴打しているのも事実であり、ルルの腹部には痛々しい青紫のアザが浮き上がっていた。


 壁の衝撃も分散させたとはいえ、激突したのだから痛くないわけがない。一瞬だが、ルルが意識を失いかけたほどだ。両掌と腕はビリビリと痺れ、腰から背中にズキズキとした鈍い痛みが残っている。


「ぅぐ……! 早く……ベガ様に報告しないと……!」


 キールがテロリストたちに奪われたことを報告するために、ルルは階段を上がっていった。


                   *


 ──ベガ・ラグナスに入国して二日目。時刻は朝の7時48分である。ホテル内のバイキングで、ミドたちは各々が好きな料理を取り分けてテーブルに座っている。


 フィオの目の前の皿には鶏の唐揚げやオムレツ。ピザ、フライドポテトなどがてんこ盛りになっており、満足そうにフィオは料理を口に運んでいる。甘い炭酸飲料をグビグビ飲んでゲップをしている。


 ミドは納豆ご飯と味噌汁、焼き魚とちくわの天ぷら。かぼちゃの煮つけや、ひじきもある。最近ハマっている冷たい玄米茶のようだ。


 二人の向かい側でマルコが座っており、目の前に塩コショウをかけた目玉焼きとバターを塗ったトースト。ポテトサラダとその横にミルクの入ったマグカップがある。マルコはフォークを持った手をテーブルに置いたまま、目の前の目玉焼きを見つめている。すると意を決したようにマルコが口を開いた。


「あの……呑気に朝食なんて摂っていていいんですか?」

「イイに決まってんじゃないっスか。食べないと元気でないっスよ!」

「でも……すぐにでもキールさんを助けに行かないといけないんじゃ……」

「何を、モゴモゴ……言って、モゴ……ゴックン、っスか! これからあーし等は戦いに行くっス。つまり最も恐れるべきは空腹! お腹が空いてたら戦えないっスよ!」

「そんな悠長な……」


 口いっぱいにピザを頬張りながら力説するフィオにマルコが戸惑っている。


 ミドたちの滞在期間は今日と明日しかない。その間にキールを奪還しなければならないのだ。キールを奪還できずに出国しないでいると不法滞在と見なされてしまう。タイムリミットは、あと二日しかないのだ。


 すると、その隣で玄米茶を一口飲んだミドがマルコに言った。


「気持ちはわかるけど焦っちゃダメだよ~。感情に任せて乗り込んだらキールと同じようにボク等も捕まっちゃうからね~」

「でも……」


 ミイラ取りがミイラになっては話にならないのは分かっているが、ミドとフィオの態度にマルコは困惑している様子だ。するといつもの飄々とした様子でミドが言う。


「物事はタイミングが重要だからね~。大丈夫、近いうちに必ず動きがあるはずだ。ご飯食べたらラグナスタワーの近くで張り込みできる場所を“作りに”行こう。三人だから三か所作らないとね~」

「え、作る? 張り込み? すぐに潜入するんじゃないんですか??」

「うん。隠れみのを作って張り込んで相手の動きを監視する。向こうの動きが見えたら作戦開始だ」

「えっと……ごめんなさい。隠れ蓑を作るって簡単そうに言いますけど、どうやって作るんですか?」

「そうか、そういえばマルコにはまだ見せたことなかったね、ボクの隠れ家作りはちょっと特殊なんだ~」


 微笑みながらミドは人差し指を立てて見せる。すると指先から枝がニョキニョキっと伸びてきてちっちゃい木が生えた。それを見てマルコが目を丸くしていた。


 ラグナスタワーの周辺には木や植物が一定間隔で植えられている。そのうちのどれかに擬態するように同じ樹木を生やすのだとミドは言う。それは空洞の樹木で、中を隠れみのに使うことで、ラグナスタワーを監視、張り込みをするのだ。


 しかしなぜ、すぐ乗り込まずに張り込みなどするのだろうか。当然マルコはそれを訊ねる。


 ミドと同様にキールは世界中から指名手配されている賞金首の一人である。このままでは十中八九、世界正義犯罪粛清機構WJCPに引き渡されるだろう。牢獄に入れるにしろ、処刑するにしろ、それをおおやけに許されているのは世界正義犯罪粛清機構WJCPくらいしかないからだ。必ず彼らにキールは引き渡される。キールに賭けられた懸賞金も欲しいだろうしね。


 だが、逆に言うとそれがチャンスでもある。世界正義犯罪粛清機構WJCPに引き渡すためには、必ずタワーの外に“キールを出す必要”がある。つまり護送車などに乗せて移動しなければならない。その時がチャンスなのだ。移動中の護送車をミドたちが襲撃してキールを奪還してしまえば良い。


 タワーから護送車が出てから国の出口に到着するまで長い距離ではない。せいぜい4~5分程度だ。つまり短時間でキール奪還を成功させなければならない。


 だが短い距離だからこそ、警備も『4、5分くらい大丈夫だろ』と気を抜く可能性も高い。護送車に乗れる人数は限られてくるため、多くても二、三人が限度だろう。もちろんそれ以上の警備の可能性も否定できないが、それは護送車が出てきたときについてくる別の護送車などがあるかで判断できる。


 どのみち、キールが出てくることをいち早く知る必要があるのは変わりない。だからラグナスタワーの周囲、三か所で張り込んで監視する必要があるのだ。


 それぞれ三か所の隠れみのに一人ずつ待機してタワーを監視する。連絡手段はフィオの通信機器を使わせてもらう予定だ。


 最初にキールが護送車らしき乗り物で出てきたのを確認した人は、別の場所で張り込みをしている二人にすぐ連絡して合流する。そのまま奪還作戦に移行し、5分以内にキールを奪還して逃走する。


 ミドの説明はざっくりとしたものだったが、マルコはおおよそ理解をしてくれた様子だった。


「──と、まぁこんな感じかな。だから焦っちゃダメだよ~」

「……なるほど、そういうことですか」


 ミドはマルコにキール奪還の計画を伝えると、ズズズっと味噌汁をすする。マルコもミルクが入ったコップに口をつける。するとフィオが言った。


「あ! そうだ忘れてた。さっき近くの売店で日焼け止め買ってきたっスよ! 二人も今すぐ全身に塗りたくるっス! これで悪い運勢なんかぶっ飛ばしてやるっスよ!」


 そう言ってフィオがミドとマルコにチューブタイプの日焼け止めを渡してきた。今朝の占いで言っていたラッキーアイテムだそうだ。


 デカデカと『パーフェクト・スキンケア・キラー』と商品名が書いてある。裏側には細かい文字で成分表や使い方等が色々と書いてある。


『スーパーハイパーエレクトリカル超パーフェクトUVカット。正体不明の暗黒物質、ダークマターをふんだんに使い、3000%のUVカットを実現! 無慈悲に降り注ぐ紫外線を暗黒物質ダークマタークリームがブラックホールのように吸収して完全シャットアウト! 吸血鬼族の敏感肌の方でも安心してご利用できます。』


 どう考えても胡散臭うさんくさい商品だ。おそらく商品開発部に暗黒物質ダークマターって言葉ワードを使いたかっただけのヤツがいるようだ。どう考えても嘘……、いや誇張表現というべきだろうか。正体不明の物質をどうやって手に入れたのだろうか。


 しかも商品名が『完璧パーフェクト肌の手入れスキンケア殺すキラー』って、肌を守ってくれるんじゃないのだろうか、殺してどうするんだ。多分、殺人級に凄いスキンケア商品という意味で命名したのかもしれない。

 とにかく危険な臭いがプンプンするから使いたくない。どうやったらこんな怪しい商品を見つけられるのだろうか。毎度のことながら、フィオのセンスには脱帽である。


「………………」

「………………」


 ミドとマルコがお互いの顔を見合って黙ってしまう。


「ふん♪ ふん♪ ふふ〰〰ん♪」


 朝食を食べ終わって満足そうなフィオが日焼け止めクリームを顔中に塗ったくっていた。せめて部屋に戻ってから塗ってほしい。どこまでも彼女は自由奔放である。


 ミドとマルコが沈黙していると、隣の席の観光客らしき人たちの話が聞こえてきた。


「聞きました? また発電所の爆破テロがあったらしいですよ」

「怖いですね……一体なにが目的なのかしら……」


 テロリストが発電所を爆破したというニュースがあったらしい。


 バーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーンッッッッッ!!!


「!」


 さらに次の瞬間、突然ホテルの外で爆発音が響き渡った。ホテルのバイキング内が揺れ動くほどの衝撃波が起こったのが分かる。ミドたち以外の食事を楽しんでいた客たちが爆発音のする方向を見て沈黙する。ミドたちも固まって音の方を見る。


「なに! 何の音なの!?」

「近くの建物が爆破されたんだ! またテロリストの仕業じゃないのか!?」


 次の瞬間、一斉に周囲の人たちが騒ぎ始めた。


「待てよ! もしかしたらここも爆破されるんじゃないのか!?」

「じょ、冗談じゃない! 巻き込まれてたまるか! お、オレは逃げるからな! 後は好きにしてくれ、じゃあな!」


 ドタドタドタドタドタドタドタドタドタドタドタドタドタドタドタドタ!


「置いてかないでくれ! 私も逃げる!」

「そんな、まさか! 絶対安全だって聞いてたからこのホテルを選んだんだぞ! 何で近くで爆破テロが起きるんだよ!?」


 バタバタバタバタバタバタバタバタバタバタバタバタバタバタバタバタ!


「邪魔だ、退け!」

ってぇ!! 誰だこの野郎ォ! 押すんじゃねぇ!」

「ちょっと! 早く行ってよ!」


 ホテルのバイキングで優雅に食事を楽しんでいた旅行客たちが慌てて逃げていく。どうやらホテルの外で爆破事件が発生したようだ。


 するとホテルも被害に遭うのではないかと一人の客が騒ぎ出したことがきっかけで、周囲の人たちが慌てて逃げ始めた。そして、あっという間に大勢の人が出口に密集して大騒ぎ、パニック状態になってしまった。するとマルコが言った。


「ボク、外を見てきます!」

「ちょ! 待つっスよ、マルちゃん!」


 マルコが走り出してしまい、慌ててフィオも追いかけて行った。


 マルコ、フィオ、ミドの三人が外に出ると遠くの建物に大きな穴が開いているのが見えた。爆破はホテルの近くにあった五階建ての無人廃ビルで発生したらしい。爆破によって生まれた破片が周囲の建物や看板などに当たって破損した形跡がある。


「フィオさん! アレです! あの建物が爆発したみたいです!」

「ちょ、ちょと……ま、マルちゃん、速すぎる、っスよ。ハァハァ……」


 マルコの走る速度について行けず、遅れて到着したフィオはじんわりと汗をかいて膝に手をついている。すると、マルコに難なくついて来ていたミドが人ゴミからいきなり現れてフィオに言った。


「フィオ、ちょっとアレ借りるよ~」


 そう言うと、ミドはフィオ背後に立って体をまさぐり始めた。フィオが喘ぐような声を漏らしてしまう。


「んあぁ……っ/// ちょっとミドくん! そんなとこ触っちゃダメっス! あーしが走って疲れて動けないことをいいことに! エッチ! ミドくんのエッチ!!」

「お! あったあった!」


 フィオのオーバーオールの胸に付いてるポケットから何かを取り出した。どうやら双眼鏡のようだ。それをミドは両目に当てて爆発のあった場所を凝視している。マルコがミドに訊ねた。


「何を見てるんですか、ミドさん?」

「はは……こりゃ参ったね……」

「なになに?? 何が見えたっスか!?!? あーしにも見せてほしいっスッ!」


 何かを見てミドは困ったように苦笑いをしていると、ミドから双眼鏡を奪ったフィオが向こう側を覗き始めた。すると爆破された廃ビル周辺をキョロキョロと頭を動かして見ていたフィオが急に叫び出した。


「あっ!?!?!? アレ、キールじゃないっスか!!?!?」

「え、キールさんがいたんですか!」


 フィオは双眼鏡を覗いたまま廃ビルの横を指さした。マルコは双眼鏡を見せてもらえていないため、驚きながらキョロキョロと必死に周囲を凝視し、ミドに説明を求めた。


 どうやら、ハンマーらしき物を持って並走している巨人族のような大男が見えたらしい。その近くにもう一人、誰かを担いで逃げる白髪はくはつの少女が大男と並走している。肩には金髪の男を担いでいたのが見えたと言う。


 つまり、ミドたちとは別に『キールを狙っている何らかの組織がいた』ということだ。


 ──最悪だ。今までのミドたちの作戦会議はなんだったのか。まさかこんな形ですべてがパーになってしまうとは……。人生の計画は、そう上手く行かないものである。


 しかし、今から作戦会議などしている余裕などない。今すぐなんらかの決断をしないと、今度こそキールの居場所を見失ってしまうだろう。最悪この国の外に出てしまったらほぼ追跡は不可能だ。それはキールとの永遠の別れを意味する。


 ──なら、やることは一つだ。


「追いかけよう! 今はキールを追うのが先決だ!」

「もぅ〰〰〰〰〰〰〰〰〰〰〰〰〰〰〰〰〰〰〰〰! 一体なにが、どうなってるっスかぁ??!」


 キールを背負って逃げていく少女の追跡をミドが始めた。フィオとマルコはミドと一緒にキールを連れ去った何者かを追いかけ始めた──。


                   *


「──あ、キールさん!」


 目を覚ますと少女の顔が視界に入った。どうやら今まで気絶していたらしく、キールはベッドに横たわっていたようだ。キールが目を覚ましたのを見た少女は安心した表情になって言った。


「良かった……。突然倒れたから心配しましたよ」

「……? ここ、は?」

「私たちの隠れ家アジトです」


 キールは周囲を確認するように目視する。一見すると普通の一軒家の一室ようだ。キールが横たわるベッドの横にはエイミーが嬉しそうにキールを見ていた。


 どうやらキールはエイミーたちに救出された後、気絶してしまったらしい。


 そういえば、この国に来てからルルを探すことで頭がいっぱいで、ずっと気を張りっぱなしだったからかもしれない。ミドともケンカ別れして、一人でラグナスタワーに乗り込んだ挙句、無様に捕まった。疲れがたまっていたのだろうか、気絶してしまうとは情けない話だ。


「………………」


 冷静に周囲をキールが観察している。そこにはキールを取り囲むように様々な種族がこちらを見ていた。犬の獣族らしき犬耳の男、炭鉱族ドワーフの屈強そうな女。鬼族と思われる長身の女も壁に寄りかかりながら腕を組んでこちらを睨んでいる。そして見覚えのある巨人族の男が自分の得物ハンマーを布のようなもので拭いているのが見えた。するとキールが言った。


「アンタは……オレを助けに来たときにエイミーと一緒にいた──」

「彼は巨人族のゴメズ、通称“ゴメちゃん”です」


 すかさずエイミーが大男の紹介をした。ゴメズと呼ばれた巨人族の男は、あまりしゃべらないタイプなのか無言でキールを見て頭だけ下げると、すぐに鈍器ハンマーの手入れに戻った。


 するとエイミーがそれぞれの人物の紹介を始めた。


「えっと、他のみんなを紹介しますね。鬼族のラムダさんと炭鉱族ドワーフのダリアさん。そして獣族のラッシュくんです」


 ラムダと呼ばれた長身の鬼族の女は壁に寄りかかって腕を組みながら「ふ~ん。やっぱり手配書通りの男前だねぇ、アンタ」と言いながら舌なめずりをしている。

 ダリアと呼ばれた炭鉱族ドワーフの女は椅子の上で胡坐あぐらをかいて朗らかに笑いながら「初めましてキールさん」と挨拶してくれた。

 最後にラッシュと呼ばれた犬系の獣族の男は木の箱にしゃがんで「がるるる……」とキールを睨みつけている。


 すると困りながらも嬉しそうにエイミーがしゃべり始めた。


「今朝のニュースを見て驚きましたよ。まさか、キールさんがこの国に来ているなんて」

「ん、ああ。ちょっと、わけがあってな……」


 気まずそうにキールは言った。キールの顔を見て察したエイミーはヘタに追求はしなかった。するとキールが続けて言う。


「世話になっちまったみたいだな……礼を言う、ありがとう、エイミー」

「いえいえ、気にしないでください」

「それで? 何が目的なんだ?」

「え」

「意味もなくオレを助けたわけじゃないんだろ?」

「……やっぱり気づいてましたか」

「当たり前だ」

「あ、あの! キールさんにお願いがあるんです」

「なんだ?」

「私たちの奴隷解放運動をしてて……その活動に協力してくれませんか?」

「奴隷解放って、この国の鬼族のことか?」

「ご存じでしたか! なら話は速いです。鬼族の奴隷を解放するために、キールさんの力を私たちに貸してほしいんです!」


 鬼族の奴隷のことは、ベガ・ラグナスに来る前に海で拾った鬼族の男、ニオから話は聞いている。それがきっかけでキールもこの国に来ることを決意したのだ。


 薄っすらとだが捕まる前にエレベーター内の謎の男が、話の中にテロリストについて言っていたことをキールは思い出した。まさか奴隷解放運動テロリストのメンバーに知り合いのエイミーがいるとは思わなかった。


 武装組織エイミーたちのことをニオは知らなかったのかもしれない。だからわざわざ国の外に出て助けを求めたのだろう。知っていたら真っ先に向かうのはエイミーたちの所へ行くはずだからな。


 それとなく探りを入れる様にニオについて、キールはエイミーに訊ねた。


「ニオって男、知ってるか?」

「ニオ? いいえ、知りません。キールさんの知り合いですか?」

「ああ、そんなとこだ……。いや、知らないならいいんだ」


 どうやらエイミーはニオを知らないらしい。もしかしたら、また別の偽名を使って接触していた可能性も捨てきれないが、それ以上考えても切りがないからやめておこう。


「キールさん、お願いです! 私たちに力を貸してください!」


 再度エイミーが懇願こんがんした。するとベッドから立ち上がってキールがエイミーに言う。


「……助けてもらっておいて申し訳ないんだが……協力は、できない」

「え……どうしてですか?!」


 キールの答えを聞いて、閉口したエイミーが何かを考えている。すると恐る恐るエイミーがキールに問いかけた。


「……もしかして、ルルって鬼族が関係してるんですか?」

「!?」


 キールはエイミーの口からルルのことが出てきたことに驚いている様子だ。エイミーにルルをことを話した覚えはないはずだ。動揺しているキールを見てエイミーが続けて言う。


「やっぱり……。関係してるんですね」

「どうして、そう思うんだ?」


 声のトーンが低くなったエイミーに、キールが応える様にたずねた。するとエイミーは唇を尖らせながら言った。


「だって……寝言で言ってたので」

「な!?」


 ミドにバレたときもそうだったが、キールは寝言をよく言ってしまうタイプらしい。キールは動揺を隠しきれずにいたため、エイミーたちにあっさりバレてしまった。


 エイミーもルルのことは知っているようで、鬼族の女のラムダから聞いているようである。その話によると、ベガに寝返って鬼族を売ったから、ルルは幹部のような立ち位置にいるのだと鬼族の間では言われているそうだ。


 ──鬼族の中では“ルルは裏切者”として扱われているらしい。


 その話を聞いていたキールは口を閉ざしたまま、両手の拳に微かに力が入っていた。そして、一呼吸してからキールが言う。


「その通りだ、オレはルルにいたくてこの国に来た。だがエイミーと協力したら、ルルと敵対することになる……それだけは避けたい。だから……協力はできない」

「………………」


 エイミーが沈黙する。すると後ろで黙って聞いていた犬の獣族の男が立ち上がって叫んだ。


「おいアンタッ! それァ、ちょっとねぇんじゃねぇのか! エイミーは命がけでアンタを助けに行ったんだぞッ!」

「やめてラッシュ!」


 血の気の多そうな獣族の男ラッシュがキールに凄むとエイミーが叫んだ。巨人族の男ゴメズがラッシュを止める。エイミーが言う。


「キールさんにとってあの鬼族のが、そんなに大切な人なんですか?」

「………………………………………………………………」


 キールは口を閉ざしている。するとエイミーが言う。


「もし……もしも、私たちに協力しないと、ルルさんを助けられないとしたら……どうしますか?」

「?! どういう意味だ?」

「キールさん一人では、ルルさんを助けることはできません。それどころか、また奴らに捕まって今度こそ世界正義犯罪粛清機構WJCPに引き渡されるでしょう」


 キールはエイミーの言葉の意味が理解できずに硬直する。すると犬の獣族の男、ラッシュが言う。


「ハッ! 協力したくねぇってんならサッサと出てけよ! そんでまた捕まって勝手に死にやがれ!」


 ゴッツン! 犬の獣族の男、ラッシュの頭頂部にラムダの拳骨げんこつが落とされた。


「あて!」

「言葉を慎な、ラッシュ」

ってェな、この尻軽ビッチ女! いきなり殴ることねェだろ! ぶっ飛ばすぞ!」

「あぁ? アタシと喧嘩やろうってのかい? 犬っコロ……!」


 バチバチッ! ビリッ! ビリリッッ!


 威勢よくキールを煽ったラッシュがラムダに反抗する。しかしラムダに凄まれると一瞬で「きゃいん!」と大人しくなった。するとラッシュの頭部をチョークスリーパーをしているラムダがエイミーに言った。


「コイツはアタシが押さえとくから気にせず続けな」

「あ、ありがとうございます。ラムダさん」


 エイミーは話を続けた。


「もう一度言います。キールさん一人では、ルルさんを助けることはできません」

「どうして言い切れるんだ?」

「ベガとルルさんが主従契約を結ばされているのはご存じですね? 当然それは奴隷の契約です。つまり奴隷契約を解除しない限り、ルルさんを助けることはできません。あるじであるベガと離れることは『死』を意味しますから」

「確かに契約を解除できるのは奴隷のあるじのベガだけだ。だが契約を解除する方法はそれだけじゃない。“ヤツが死ねば”自動的に契約は解除されるはずだ。そうすれば粛清プログラムも起動できなくなる」

「……確かに、そうですね」

「ベガは、必ずオレが殺すつもりだ」

「……それは不可能です」

「なに?」


 キールの目を真っ直ぐ見てエイミーが言い切った。まるで当然のことのようにベガには勝てないと言いきられてキールが言い返す。


「どうして勝てないと思うんだ?」

ベガあの男が……『勝利の女神』に偏愛あいされているからです」

「な! 女神だと?!」

「そうです。ベガがメディアで語っている『自分は勝利の女神に愛されている』の意味は、単なる言葉の言い回しなんかじゃありません。ベガは女神の絵本を読んで呪われ、勝負という場において“100%敗けない力”を持っているという意味なんです……」

「はぁ!? 100%敗けない力!?」


 勝利の女神は不条理な呪いちから。一対一だろうと一体多だろうと、すべて勝利の女神が微笑んでくれる。勝利の女神は、すべての『勝負』という条件下の中で確実な勝利を与える女神なのだとエイミーは言った。


 世界中のカジノで奇跡的な連勝を可能にしたのも女神の呪いチカラがあったから可能だったのだ。胴元がいくらイカサマをしても、それをくつがえすほどの女神の強制力で勝利を手に入れてきたのだ。それで得た莫大な資金で島を買い、そこに自分の帝国を作った。それがこの『カジノ・ザ・ベガ・ラグナス』という国である。


 エイミーは続けてキールに言う。


「ベガと勝負をすると、強制的に敗北させられるんです」

「ちょっと待て、ならエイミーたちは、どうやってヤツを倒して奴隷契約を解除するつもりだったんだ?!」

「安心してください。ベガと戦って勝つ必要はありません。私たちの目的は“奴隷たちの解放”なんですから」


 わざわざ勝利の女神を攻略する必要はないとエイミーは言った。理解できていないキールが言う。


「戦う必要がない……? エイミーはどうやって奴隷たちを解放するつもりなんだ?」

「奴隷を解放するには呪印を解除する必要があります。ベガが鬼族たちに付けた奴隷の呪印は、そもそも何なのかご存じですか?」

「たしか特殊なプログラムの呪文コードを詠唱すれば超常現象を起こせるっていう森人エルフ族が使う魔法だろ?」

「その通りです。女神の絵本の不条理と違って、魔法プログラムは書き換えたり、消したりすることもできるんです」


 鬼族たちの体に書き込まれた魔法プログラム呪文コードを消去してしまえば良いとエイミーは言った。それなら粛清魔法プログラムを起動しようとしても、エラーが生じて魔法プログラムによる爆破は発動しない。


 エイミーの説明を聞いていたキールが言う。


「なるほど……。呪文コード自体がなくなれば、奴隷契約の拘束力もなくなるわけか……」

「その通りです。ですが呪文コードを消すには呪印をパスワードで解除して魔法プログラム内部に侵入ハッキングする必要があるんです」

「その『パスワード』ってのはどこにあるんだ? 場所の検討はついてるのか?」

「はい。この島には発電所が三つあるんですが、それぞれにパスワードを分散させて保管してるようなんです」

「分散?」

「セキュリティを高めるためだと思います。一つの発電所にパスワードを保管したら、一度でパスワードをすべて奪われてしまいます。ですが複数に分けておけば色々とリスクを回避できますから」

「なるほどな。でもなんで発電所なんだ?」

「発電所の電力は鬼族の奴隷たちの雷臓によって生み出された電力が主な供給源です。もし何か問題が発生したときに職員の権限で鬼族の奴隷を粛清処分するためだと思います。パスワードは一つだけでも魔法プログラムの発動に使えますから」

「そこまで分かっているならエイミーたちだけでも出来るんじゃないのか。一つ一つ発電所を潰して行けばいいだろ。どうしてオレの助けが必要になる?」


 目的と方法が分かっているなら、すぐにでも行動に移せるはずだ。わざわざ捕まる危険を冒してまでキールを助けに行く必要性はなかっただろう。


 解せない表情のキールに、エイミーが言った。


「一つずつなら私たちだけでも何とかなるでしょう……。ですがそれではダメなんです……。仮に私たちがパスワードを一つ手に入れたとしても敵は奪われたパスワードを“別のパスワード”にすぐに書き換えて更新するでしょう」

「そうか……。モタモタしてるとパスワードを更新されて、せっかく手に入れたパスワードは役に立たなくなると?」

「はい。ですからパスワードの奪取は“三つ同時”が必要条件になります。三つの発電所を同時に襲撃。奪ったパスワードをその場で全仲間に一斉送信して情報を共有。その場で三つのパスワードを使って魔法プログラム内部の呪文コードを消去。すべての奴隷を解放します!」

「……なるほど」

「一度でも魔法プログラム呪文コードを消してしまえば再び契約して呪印をつけるのは困難です。一人一人鬼族たちと接触する必要があるからです。その前にこの国から鬼族たちを脱出させれば私たちの目的は達成です!」

「………………」

「この方法なら、ルルさんの呪印も消去できるんですよ」

「……っ!」


 エイミーの話を聞いてキールは思考を巡らせている様子だ。そしてキールが問いかける。


「同時ってことは……オレを含めると六人だから、一つの発電所に対して二人で動くってことか?」

「そうです。北の発電所はラッシュくんとラムダさん。西の発電所はゴメちゃんとダリアさんにお願いしてます。そして南東の発電所に私と……キールさんに一緒に来てほしいんです」

「………………」

「お願いです……私一人じゃ失敗する可能性が高いんです。キールさんが一緒に来てくれたら絶対に成功します!」


 キールは沈黙してしまった。エイミーはキールの返答を待っている。しばらく目を閉じていたキールが、ついに口を開いた。


「………………わかった、オレもエイミーたちに協力する」

「本当ですか! キールさんがいてくれたら私も心強いです!」


 エイミーは嬉しそうに両手を合わせて満面の笑みで喜んだ。

 鬼族の女のラムダがエイミーの肩に手を置いて笑顔を見せ、その後ろで獣族の男のラッシュが腕を組んでキールを苦々しそうに睨んでいる。するとキールが言う。


「なら善は急げだ。必要な準備ができたらすぐに行こう」

「え、体は大丈夫なんですか?」

「大丈夫だ、エイミーたちに助けられたおかげでしっかり休めたからな……ぅぎッ!?」


 ベッドから起き上がろうとしたのだが身体の痛みを感じてキールが苦しむ。それをエイミーが背中をさすりながら心配そうに見つめていた。


「まだ万全じゃありません。しっかり栄養を摂って体力を回復させてからにしましょう」

「ああ……そうだな。何から何まですまない、エイミー」

「こういうときは謝るんじゃなくて“ありがとう”って言ってほしいです」

「ん? そうか、そうだな……ありがとう、エイミー」

「……////」


 キールが素直に感謝を伝えると、頬を赤らめてエイミーは嬉しそうに笑った。それを見ていた犬の獣族のラッシュが噛みつくようにキールに言う。


「おい! 何が『準備ができたらすぐに行こう』だ! てめェが仕切ってんじゃねェ! リーダーはエイミーだぞ! てめェは一番後輩なんだからオレのパシリにでも使ってや──」


 ゴっツン!


「あでェ!!!」

「パシリはアンタだよ。さっさと飯の支度しな!」

「なんでオレなんだよ! ソイツにやらせればいいだろ!?」

「分かんないのかい? 彼は今回だけの協力者であって大事な戦力だよ。体力が有り余ってるのはアンタの方なんだから当然だろ? まさか怪我人にやらせる気かい?」

「オレだって今までの作戦行動で疲れてるってんだよ!」

「へぇ~、逃げ足だけは一番早いくせによく言うね。もしかして逃げ回ってるから余計に疲れてるってことかい?」

「アレは戦略的撤退だ! 大体なんでソイツばっかり優しくすんだよ! ちょっとばかしツラがイイからって女だしてんじゃねぇよ尻軽ビッチ女!」

「どうやら……殺されたいらしいねぇ、犬っコロォッッッッ!!!!」


 ビリリリッッ! バチバチバチバチッ!!!


 激しく放電するラムダに首根っこを掴まれて、ラッシュは「きゃいん!」と鳴いて大人しくなる。そして二人はそのまま部屋で出て行った。続いて巨人族のゴメズと炭鉱族ドワーフのダリアも続いて部屋を出て行った。


 部屋に残されたのは、エイミーとキールの二人だけだ。エイミーがもじもじしながら言う。


「……/// それじゃあ、私も」

「ああ」


 そう言ってエイミーは部屋を出て行った。扉を閉める瞬間、キールと目が合ってエイミーは顔を赤くしていた。


 誰もいなくなった部屋、俯いたキールがつぶやいた。


「……ルル、必ず解放してやるからな」


 扉の向こうには、まだエイミーがいた。キールの独り言が聞こえたかどうかは分からないが、とても寂しそうにしていた。


                   *


 ──現在時刻、朝の8時14分。ラグナスタワー、ベガの書斎の一室。エイミーたちにキールが奪われてから時間はあまり経っていないときである。


「みすみす奴隷解放運動武装組織テロリストどもを逃がすとは……失態だな、ルル」

「申し訳ありません……ベガ様」


 カーテンを閉め切った部屋の中。安楽椅子に座って前後に揺れているベガが言う。その背中に向かってうついたルルが謝罪の言葉を述べた。顔を上げたルルがベガに嘆願たんがんする。


奴隷解放運動武装組織テロリストを逃がしてしまったのは私の責任です。ベガ様、どうか私に……ルルに行かせてください。必ずやキールさ……侵入者を取り返し、武装組織の連中も潰してみせます!」


 ルルの嘆願にベガは何も答えない。不快な間が生まれ、ルルは額に汗をかき始めて言う。


「お願いです! どうか──」

「ダメだ」

「!」

奴隷解放運動武装組織テロリストの始末は“プロの彼ら”に任せることにする。ルルはその傷を治すことに専念しなさい」

「そんな……!」


 するとルルの背後から声がした。


「──やっと私たちの出番なのかしら?」

「待ちくたびれちゃったヨ……くふふ★」


 声を聞いて、ルルが振り返る。


 そこにいたのは、包丁を腰に差して腕組みをしている血濡れの女淫魔『ゾイ・ゲルヴィラ』。

 そして、トランプの束を左手から右手に飛ばして嗤っている気狂いの道化師キチガイピエロ『ドナルド・ワイズマン』だった──。

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