ミドの生命線が切れた!? ボクも終わったと思いました。でもあの人が現れて──

 プツン──。


 ゴムのように弾力のある糸が、限界まで引き伸ばされて千切れるような音が響き渡った。その糸はユラユラと宙を揺らめいており、そばに倒れている霊体と繋がっている。その霊体は緑色の髪をした少年で、その両目は紅く染まっているが瞳に光が見えない。まるでガラス玉で作られた人形の瞳のように見えた。


「……ミド、さん?」


 傍らにいたマルコが倒れている霊体に声をかける。ミドと呼ばれたその霊体からは千切れた生命線がユラユラとマルコの目の前で揺らめいていた──。


「マルちゃああああああああああああああああああああああああん!」

「フィオさん!」


 マルコが呆然と立ち尽くしていると遠くから少女の声が聞こえてきた。栗色の短い髪で背中には奇妙な武器を背負った少女である。フィオを呼ばれたその少女はマルコを見て驚いて言う。


「大丈夫、っスか! 怪我とか、ない、っスか!?」

「だ、大丈夫ですか?」


 フィオは息を切らしながらマルコの肩を掴んで疲れた笑顔を向ける。どうやら全力で駆け付けたらしく、フラフラの彼女は今にも倒れそうである。マルコは状況の変化についていけずに困惑しながらフィオに言った。


「フィオさん……どうして?」

「んっ……はぁ、はぁ。ミドくんの、叫び声が、聞こえたから、急いで、来たっスよ!」


 そう言うとフィオは水筒らしき筒状のものを取り出して一口飲んだ。

 ゴクゴクと喉を鳴らし、息をフ〰〰っと吐いたフィオは少しだけ落ち着いた様子だ。今まで何をしていたのかマルコはフィオにたずねる。フィオはゆっくりと答え始めた。


 今から少し前に時間を遡る。フィオはマンボウ号から王家の墓の上空を飛んでいた。今回の件が全てを解決した後、パプリカ王国からいつでも逃亡できるように準備と待機をしていたそうだ。


 好奇心に勝てず、敵情視察と称して覗きをしていたら速攻でドッペルフに見つかってしまい、炎弾によってあっさり墜落させられた。なんとか少しだけ残っていた湖の水面に不時着して大破は免れたのだが、マンボウ号の側面は酷くへこんでいた。それで修理が必要だと判断し、今まで点検と簡易的な修理をしていたそうだ。


 フィオがマンボウ号の内部を点検をしていると、外からミドの叫ぶ声が聞こえて慌てて甲板に飛び出したそうだ。


 フィオが最初に目撃した光景は、王家の墓を包み込んだ大樹の上から木偶棒デクノボウが飛び出す光景である。今までの経験カンで、ミドが何かをやってのけたと確信したフィオ。急いで火炎放射器を背負って王家の墓の上を目指して来たと言う。


 ミドの森羅が生み出した大樹は王家の墓の入口を完全に塞いでおり、非常に困難をだったが、何とか登ってこれたらしい。


「険しい道のりだったっス……。あーしのスーパーミラクルエキセントリックハイパーブレインによる計算では、八〇キロほどのダイエット効果が期待できるっスね……」


 水を飲んで少しは落ち着いたのか、フィオはいつもの調子で元気を取り戻したようである。しかしマルコの腕を見てフィオが叫ぶ。


「んぎゃああああああああああああああああ!!??!! ちょ、マルちゃん!!?? 腕が四本になってるっスううううううううううううううううううううううううううう!??!???!」


 フィオはマルコの腕が四本になっていることに両目を見開いている。それも当然だろう。マルコの腕は両脇の下から「だらん……」とぶら下がっているのだ。


「あ、いや……これは、違います」


 取り乱すフィオと違ってマルコは冷静だった。するとマルコがフィオに事情を説明した。


 マルコの話を要約すると、ミドに腕を掴まれた時、マルコは肉体と霊体を分離させられたという。ドッペルフの生命線を握って意識を奪うために必要だったそうだ。


 ミドはマルコの腕の霊体のみを掴んで、若干だが肉体から引き剝がしたのだ。その結果、マルコの腕だけが微妙に幽体離脱した状態となる。マルコは腕のみを幽体離脱させていたため、ドッペルフの生命線を掴むことができた。


 初めは二重にブレているだけだったのだが、気が付けばそのまま肉体の腕からさらにズレて、現在にいたる。


 マルコが霊体の腕と肉体の腕を重ね合わせると、霊体が磁石で吸い寄せられるように肉体の中に消えていった。ゆっくりとマルコが腕を持ち上げると肉体の腕が持ち上がる。再び腕が四本になることはなかった。


「もう~、ビックリさせないで欲しいっスよ。そういえばキールは無事っスか!??」


 フィオも一安心したように表情が柔らかくなる。


「そうだ! 結局なにがどうなったっス!?」


 すると思い出したかのようにフィオはマルコに尋ねる。マルコは自分の知っている範囲でフィオに説明をする。


 現在キールは重症で一時離脱していることを聞いたフィオは「なんスと!?」と慌てて探しに行こうとした。しかし命の別状はないことをマルコから聞かされて口を膨らませてプリプリ怒りながらも、ホッとしている様子だ。どうやらフィオもキールのことが心配だったようだ。フィオが平静を装って言う。


「ま、まぁ心配してなかったっスけどね! まったくキールも無茶するっスねぇ~。でも半分吸血鬼なんスから、美味しいもの食べて放っとけばすぐ元気になるっス! ところでミドくんはどこにいるっスか? 勝利の余韻に酔いしれてる場合じゃないっスよ! 早く幽体離脱から戻らないと生命線が切れて本当に死んじゃうっス!」


 フィオは安心しきった表情でマルコに訊ねた。


「………………………………………………………………………………………………」


 すると辛そうにうつむいたマルコが口をつぐんだ。フィオは真顔になって固まる。


 マルコが振り返って後ろを見る。フィオは嫌な予感に耐えながら、ゆっくりとマルコと同じ方向を見た。そして、声を震わせてつぶやく。


「ミド………………くん?」


 フィオが目を向けた先には、



「──────────────────────────────…………」




 生命線が切れたミドが、倒れていた──。














 ──真っ白い世界が見渡す限り広がっている。


 どっちが上で、どっちが下なのかも分からない。どこまで行っても何もないんじゃないかと思わせるほど白い、白い世界である。まるで白紙の裏紙に描かれたまま、取り残された落書きような気分になる。


「………………………………」


 そこに大の字で仰向けになっている緑髪の少年がいた。少年はボーっとしていたが、不意に声を発する。


「ここ……どこだろ? 今まで何してたんだっけ?」


 緑髪の少年は動かずにゆっくりと何度も呼吸を続ける。両眼を閉じて記憶を遡っていく。そして今まで戦っていたことを思い出すが、最後の方だけ記憶があいまいだった。


「えっと〰〰木偶棒デクノボウを伸ばして……ドッペルフが消滅して……それから──」


 そこでやっと緑髪の少年は思い出した。


「そうか、最後に生命線が切れて……死んじゃったのか。はは、こりゃ参ったね~」


 ヘラヘラと笑いながら緑髪の少年はつぶやく。


「――ミドさん」

「?」


 その時、聞き覚えのある声が耳の奥に響いてきた。ミドと呼ばれた緑髪の少年が反応する。


「私は今、あなたの心に直接語り掛けています」

「おお!? なんか神様っぽい声が聞こえる!」


 ミドが上半身だけむくりと起きあげて左右をキョロキョロ見ながら言う。そしてピタリと止まって、ゆっくりと後ろに振り返った。


「うふふ……。一度言ってみたかったんですよ、このセリフ」


 後ろには美しい女性が木製の椅子に座って微笑んでいた。


 肩にかからない程度の金色こんじきの髪の毛、とても薄い肌着のような純白のワンピースは無地で肩が広めに露出している。体に密着するほどタイトで、長さは足首まであり、足元は何も履いておらず裸足である。


 肩から見える肌は傷一つない白い肌をしている。腰のくびれ、お尻がとても女性的で、美しい曲線を描いている。微かにだが、全身からほんのり光を放っていた。


 それを見たミドは一瞬で、目の前の女性が誰かに気づいて言う。


「こうやって話すのは、初めてですね。アンリエッタさん」

「そうですね。ミドさん」


 ミドは地べたに座ったまま胡坐をかいて飄々と挨拶をする。


「改めましてご挨拶を……。ボクはミド・ローグリーと申します」

「私はマルコの母、アンリエッタです」


 ミドは目の前のアンリエッタに対して挨拶をすると、アンリエッタも返答する。そしてミドが言う。


「マルコのお母さんが、どうしてボクに?」

「ずっと、ミドさんとお話がしたいなって思っていたんです」

「これはこれは、あなたのような美しい女性に誘われるなんて光栄です」

「うふふ。無理しないでください。自然体でいいんですよ」


 ミドは飄々とした態度で言った。しかしアンリエッタは、実はミドが女性慣れしてないことを一瞬で見抜いて言った。


「ミドさんって、以外と可愛い人なんですね」

「……////。いや、その。あはは、こりゃ参ったな~」


 年上の女性を無理して口説こうとしている少年を見るような、優しい瞳でアンリエッタはミドに微笑んだ。アンリエッタに内心を見抜かれて、ミドは恥ずかしそうに笑う。


 すると聞きづらそうな表情でミドは、アンリエッタにたずねた。


「えっと~。ボクは……死んだ、ってこと……でいいんですよね?」

「ええ、先ほどミドさんの生命線が切れてしまいました」

「あはは……そう、ですか……」


 アンリエッタはミドの質問に簡潔に答えた。ミドは、やっぱりといった表情で困り笑いをしている。哀しみを隠すようにミドは飄々として言った。


「いや~、死んじゃったか~。残念だな~。もっと世界を旅したかったんだけどな~。連載作品なら人気がなくて打ち切りってヤツですね~。先生の次回作来世にご期待くださいってところですかね~」

「──生き返りたく、ありませんか?」

「!」


 アンリエッタのつぶやくような声を聞いたミドは飄々とした態度を一変させて、真面目な顔に切り替わる。ミドがアンリエッタを見つめる。噓でも冗談でもなさそうな真剣な表情でアンリエッタはミドを見つめ返した。ミドは唾をゴクリと飲んで、深呼吸をしてからたずねる。


「……できるんですか?」

「ええ。私の魂に残っている生命力を使って、ミドさんの生命線を肉体に繋げることができます」

「それはそれは、ボクとしては願ったり叶ったりですが……」


 ミドは薄々だが、そんな都合のいい話があるはずがないことは分かっていた。恐らく何らかの等価交換があるに違いない。ミドが言う。


「ボクの聞き間違いじゃなければ、今“魂を使う”って言いましたよね?」

「察しがいいですね、その通りです。わずかに残された魂を使えば……私は二度と生き返ることはできないでしょう」


 ミドは真顔でアンリエッタを見つめる。アンリエッタはミドの変化に気づくと、ニッコリ笑って言った。


「気にしないでください。もとより私は、生き返るつもりはありません」


「マルコは、あなたのために頑張ってきたんですよ? それなのにボクみたいな旅人にいいんですか?」

「ええ」


 アンリエッタは寂しそうにしながらも、どこか納得した様子で頷いた。そして続けて言う。


「ただし、条件があります」

「何ですか?」

「マルコを……ミドさんと一緒に外の世界に連れて行ってくれませんか?」

「マルコをですか?」


 ミドは目を丸くした。アンリエッタは話を続ける。


「あの子には、私のせいで辛い経験をさせてしまいました。母親として失格です……」

「………………」

「あの子は王国の中しか知りません、だから世界の広さを知って欲しいのです。王国民はマルコの事情を知りすぎています……だから差別されてしまう」

「………………」

「人は正直なものです。マルコの中に私の、竜の血が流れていると知っている以上、決して受け入れることはありません。自分と違う存在ということは、それだけの恐怖なのです」


 良くも悪くも人は『集団から逸脱した存在』を攻撃する習性がある。有能な者が多数派マジョリティであれば無能な者は見下されて弾かれるだろう。逆に無能な者が多数派マジョリティであれば有能な者ほどイジメられるものだ。


 ミドが寂しそうに笑いながら言う。


「確かに、そうですね」

「でも外の世界は違う。マルコのことなど一切知らない。でも、だから良いのです。マルコの行い次第で受け入れてもらえる可能性が広がるはずです」

「………………」

「人は、生まれや外見だけが判断材料ではありません。その者が“何をしたのか?” 私はそれが重要だと考えています。当然マルコが酷いことをすれば、再び差別され、迫害されるでしょう。でも大丈夫だと信じています。必ず味方になってくれる人は現れます。あの子は優しい子ですから……そう、優しすぎるくらいに──」

「そうですね。味方は多いに越したことはない」


 ミドは静かに同意する。人は『味方が多い者』を無意識に避ける習性があるのも事実なのだ。

 いじめの標的ターゲットは消去法で『味方が少なそうな者』が選ばれる。本人が弱そうだとしても裏にたくさんの味方ファンがいる場合、余計なちょっかいを出せば、たちまち袋叩きにされるのが世の常である。


 ミドはアンリエッタに同意しながらも、背中を向けて言った。


「ボクは世間じゃ『緑髪の死神』なんて言われてる凶状持ちの極悪人ですよ。そんな悪人が約束を守ると思いますか?」

「ミドさんとマルコのことは、今までずっと見ていました。パプリカ王国を出て、ドラゴ・シムティエール迷宮に向かい、王家の墓に戻ってくるまで、ずっと……」

「え!? 全部見てたと? いや~これはこれは、お恥ずかしい姿の数々を……」

「ずっと見てたから、あなたにお願いしたいのです」

「………………」


 ミドが飄々とした態度で返すが、真剣な表情でアンリエッタが真っ直ぐミドを見つめる。ミドは目だけは微笑んだまま口を閉じた。アンリエッタは続けて言う。


「ミドさんと一緒にいるときのマルコは、とても楽しそうにしていました。ミドさんがマルコのことを本当に信頼してくれていたからだと思います」

「買いかぶりすぎです。ボクはマルコが役に立ちそうだと思っただけですよ」

「人の役に立つことは悪いことではありません。ミドさんがマルコの良い面を見ようとしてくれたから、マルコの本当の力に気づけたのではありませんか? 初めから忌み嫌って避けていたらマルコの才能の片鱗など見えなかったはずです」

「………………」

「マルコには、もう私は必要ありません。必要なのは、あの子を信頼してくれる『他人』なのです」


 アンリエッタは両手を胸でグッと握り、祈るように目をつぶった。ミドはその姿を見て、ゆっくりと息を吸って、肺の中の空気をすべて出し切るようにゆっくりゆっくり息を吐いた。するとアンリエッタが言う。


「私の願い、叶えていただけますか?」

「かわいい子には旅をさせろ、ですか?」

「ふふ、そうですね」


 ミドは少し考えるように沈黙して笑顔で答えた。


「分かりました。その願い、叶えましょう。マルコはもう、ボクの仲間共犯者ですから」

「ありがとう……優しい死神さん──」


 そう言うと、アンリエッタの頬を一粒の涙が流れ落ちていく。そして全身が輝きだす。するとその光の粒子がミドを包んでいった。とても温かく、人肌の温もりで抱き締められるような感覚が全身に広がる。ミドはその心地良さに全身をゆだねる。


 そして薄れゆく意識の中で、そっとまぶたを閉じていった──。

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